第18話 居場所1

 エデルはぱちぱちと瞬きをした。久しぶりに体が軽い。

 ゆっくりと起き上がる。


 エデルの体調はすっかり回復をした。


 部屋へとやってきた女官長のヤニシーク夫人がエデルの体調を慎重に確認をしていった。侍医も頷きエデルは久しぶりに寝台から出ることを許された。熱を出してしまいずいぶんと心配をかけてしまった。申し訳ございませんと謝れば逆に謝罪をされた。バーネット夫人の凶行を止めることができなかった責任を彼女は感じていたからだ。エデルはゆっくりと頭を横に振った。


 暖かな布で体を拭いてもらうととてもすっきりした。

 はちみつで味付けをしたパン粥をゆっくりと食べるとお腹の中が暖かくなった。


 夕方近くになりオルティウスがエデルの元を訪れた。

 暖炉には火が入れられ、部屋の中は夏のように暖かだ。


「まだ本調子ではないのだから、寝台の中にいたほうがいい」

「はい。陛下」


 エデルはオルティウスの言葉に素直に従った。彼がエデルのことを気に掛けてくれていることは知っている。彼は夜の間中エデルの側に居てくれているのだという。寝台はエデルが独占しているため、彼はなんと長椅子で眠っている。まだ夜は冷えるというのに。それに長椅子は狭くて窮屈なのに。


 エデルが寝台に潜り込むとオルティウスは手近にあった一人掛けの椅子を寝台の側に置き座った。


「あの」


 エデルはおずおずと切り出した。


「なんだ」

「あの……。わたしはもう元気ですので……その……これ以上陛下のお手を煩わすわけには……」


 言外に夜はいなくても結構ですと伝えるとオルティウスは眉を顰めた。


「さすがにまだ一緒に眠るわけにはいかないだろう。……病み上がりのおまえをすぐに抱くとかそういう意味ではない。そこは誤解をするな」


「……はい」


「ただ……おまえのことが心配だ。俺はいつもおまえの側に居てやることが出来ない。そのせいで今回おまえが殺されそうになった」

「いいえ。今回のことは陛下のせいではありません」


 エデルは知っていた。ゼルスの王妃がエデルを殺したがっていることも、その目的のためにバーネット夫人が送り込まれたことも。


 それをオルティウスに伝えなかったのはエデルだ。

 さすがに言えなかった。怖かったからだ。


 言うとエデルが国から大切に扱われてもいない、いないも同然の姫だとばれてしまう。そんな姫を送り込まれたと知れば、きっとオストロムの人々は怒るだろう。

 この婚姻を軽視していると、馬鹿にされていると感じるかもしれない。


 それに、エデル自身怖かった。

 自分でどう責任を取っていいのかも分からなかった。


「だが……」


 精悍だが、近寄りがたい雰囲気を纏うオルティウスの青い瞳がエデルにのみ注がれている。エデルはさっと視線を下に逸らした。


 なぜだか胸の鼓動が早まった気がしたからだ。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」

「それは、何に対しての謝罪だ?」


 オルティウスの返事に、エデルは言葉に詰まった。バーネット夫人のこと、それから熱を出して寝込んだこと。エデルが偽物だったこと。様々なことに対する謝罪だった。


「バーネット夫人は国へ帰した」


 短い言葉は独り言だろうか。それともエデルに聞かせるものだろうか。

 エデルは彼のつぶやきに、心の底からホッとした。


「おまえがウィーディアの妹だということも知っている。俺の部下が調べてきた」

「申し訳―」

「謝るな。おまえもゼルスの白い薔薇だろう?」


 それは姉を讃える言葉だ。ウィーディアは誇らしげに嬉しそうにエデルに国の民たちが自身のことをそう呼び讃えていると口にしていた。


「そんな……。わたしはお情けで宮殿に置いていただいていた身です」


「おまえの父親はゼルスの王だ。王の娘なら宮殿で育つのは当たり前のことだ」

「ですが……わたしは……」


 エデルはぎゅっと瞳を閉じた。


 エデルの母は、王妃から王を奪った存在だった。ずっとそう教えられて育ってきた。母は身持ちの悪い娘で、その女から生まれたエデルも悪い子だった。


「おまえはゼルスの王女で、今回の婚姻もこのまま継続だ」

「っ……でもっ……」


「今ゼルスに使者を遣わしている。婚姻の書類にはウィーディア・エデル・イクスーニ・ゼルスと書かれてあるが……。まあどちらでもよい。おまえとウィーディアは双子ということでゼルス側に承認させる。今更本物のウィーディアと入れ替わられるのも面倒だ。おまえはここにいろ」


「で、でも……わたしは……わたしのせいでオストロムの皆さんにも多大な迷惑を―」


「エデルが本名なのだろう? ゼルスと交わした書類はこのままだが……ウィーディアだけ無くすか、エデルという名をオストロム風に改名をするか……考えておく」


 国と国の和平のための結婚のはずなのに、相手がエデルではその役目も果たせないのではないか。それなのにオルティウスはエデルをオストロムに留めておくという。そんなことをしても彼にメリットがあるはずもない。


 エデルが尚も口を開きかけるとそれを制してオルティウスが言い放つ。


「おまえは、ゼルスに戻りたいか?」


 エデルは沈黙した。

 戻ってもエデルに居場所などあるはずもない。


 この国に居ても利をもたらす確約もできない。

 エデルは小さな口を開く。


「わたしは……」


「ユウェンというのは……おまえにとってどんな存在の男だ?」

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