第77話 11月22日記念SS
「お兄様が眠るところなんて、想像がつかないわ」
それは、リンテの何気ない一言だった。
剣稽古のあとのお茶会。もはや日常と化したこの時間、エデルとリンテは王族としてではなく、十代の女の子同士の話題に花を咲かせる。
「オルティウス様も人間だもの。夜は眠っていらっしゃるわ」
「そうだけどぉ。そうなんだけどね」
リンテはむぅっと眉間に眉を寄せている。
ここにガリューでもいれば、きっとリンテと一緒に盛り上がったのであろう。
だが、この場にいるのは少女二人のみ。仕える侍女や女官たちは主たちの会話には口を挟まず、すまし顔を作ったままである。
「だって、黒狼王って呼ばれているくらいだもの。一週間くらい眠らなくても元気いっぱいそうじゃない?」
リンテの頭の中では、オルティウスはもはや超人らしい。
確かにオルティウスは凛々しく、武具の扱いにもたけている。いつか見た騎馬訓練の勇姿は今もはっきりと思い出すことができる。
つい微苦笑を浮かべてしまうと、リンテがずいっと顔を寄せてきた。
「お義姉様は、お兄様の寝顔を見たことがあるの?」
「わたし?」
「そう」
そういえば……。
エデルはちょっぴり難しい顔を作ってしばし考え込んだ。
(オルティウス様の寝顔……)
夜、エデルは暖炉に爆ぜる炎をぼんやりと見つめながら、頭の中では別のことを考えていた。
そういえば、エデルはオルティウスが眠っているところを見たことがない。
大抵自分の方が先に眠りについてしまうからだ。
朝起きるときも同じだ。
いつも目を覚ますと彼の方が先に目覚めている。「起きたのか」と声をかけられることばかりで、夫を起こした経験がない。
それに思い至れば、エデルの中でむくむくとある欲求が湧いてきた。
オルティウスの眠っているところを見てみたいというものだ。
寝支度を整え、少し時間が経ったところでオルティウスが寝所の扉を開けた。
「まだ起きていたのか。夜は冷えるだろう。先に眠っていて構わない」
本格的な冬が到来したオストロムである。
夜ともなれば気温が一気に下がり、冷え込みは厳しいものがる。
とはいえ、エデルは同じ北国であるゼルスで生まれ育ったのだ。この気候にも慣れている。
「オルティウス様をお待ちしていました」
多忙な彼とは朝と晩の限られた時間しか触れ合うことができない。
愛おしい人に会えた嬉しさで顔をほころばせると、オルティウスも釣られたように口の端を持ち上げた。
オルティウスがエデルの額に口付ける。
寝台の上でぴたりと肌を寄せ合いながら、その日の出来事を話しながら眠りにつく日々が愛おしい。
ようやく戻ってきた平穏だった。
エデルはオルティウスよりもあとに眠るよう頑張った。
頑張ったのだが……。
温かな腕に包まれていると、ふわふわと夢の階が降りてきてしまうのだ。
「起きたのか、エデル」
次に意識が覚醒した時。
いつもの夫の声に、エデルはいつの間にか寝落ちしてしまったことを理解した。
「おはようございます、オルティウス様」
「おはようエデル」
今日こそは彼よりもあとに眠りにつこう。
そう意気込んだのだったが、やはり結果は同じで。
エデルの挑戦はその後も続くのだった。
☆--☆☆☆--☆☆☆--☆☆あとがき☆--☆☆☆--☆☆☆--☆☆☆--☆☆
本日はいい夫婦の日ですね
Twitterで大好きな漫画作品のいい夫婦記念日イラストを見まして、
よっし、わたしも頑張ると一発本番書きしにやってきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます