第5話 姉の身代わりとして1
ゼルス王の言葉によってエデルの運命は決まった。
その直後からエデルは自由を失った。万が一にもエデルが逃げることあってはいけないと周囲の者たちが憂いたからだ。エデルはウィーディアの身代わりとなったのだ。運命が決まった夜、エデルの少女時代は終わりを告げた。
「この服地はわたくしのドレスを仕立てるために、特別に西方の国から取り寄せたものよ! それをどうしてエデルなんかのために使うのよっ」
軟禁されている部屋へずかずかと入ってきたウィーディアは、エデルの目の前で金切り声をあげた。ちょうど花嫁支度のための衣装合わせをしているときのことだった。
エデルは春前には東の隣国へ向けて出立をし、そしてオストロムの王の妻となる。
戦利品として召されたゼルスの王女ではあるが、この国にもそれなりの矜持というものがある。愛妾の娘であろうと、ゼルス王の娘として嫁ぐのだ。エデルも驚いたが、父王は一応それなりの支度品を持たせてくれる心づもりがあるらしい。
「ウィーディア様……たしかにエデル様には分不相応であることはわたくしたちも十分に承知してはいるのですが……。これは、国王陛下と大臣たちが取り決めたことなのです」
第一王女の剣幕に女官たちがすかさず言い訳を口にする。
短期間の間で仕上がったドレスはどれも一級の仕立てのものばかり。精緻なレース飾りや刺繍が設えられていて、手の込んだ意匠ばかり。
「たかだか愛妾の娘のくせに。生意気な。しかもオストロム風情に嫁ぐのにそんなドレスも宝飾品も必要ではないわ」
ウィーディアはぎりりと唇を噛みしめる。エデルは唇を引き結び、じっと嵐が収まるのを耐える。
「ええ、ええ。もちろんですとも。わたくしたちもそのことは十分に承知しております」
宮殿の奥に仕える女官たちは、なんとかウィーディアの機嫌をとりなそうと必死になる。エデルに加担していると思われると、ことだからだ。
「オストロムの国王は大男で、剛力で粗野で乱暴者だそうじゃない。東の国々なんて未だに前時代的な暮らしをしている野蛮な国だと聞くわ。必死でわたくしたちの真似をしているそうよ」
ウィーディアはそこで話を止め、顔に嘲りの笑みを浮かべた。じっと見据えられ、エデルはごくりと息を呑む。北向きの、昼間でも薄暗い部屋の中は、一見すると豪華な装飾の施された部屋ではあるが、三階にある部屋の窓は全て開かないよう鍵が掛けられ、出入り口の前にもまた、王妃の息のかかった召使が始終見張りに立っている。
「野獣のような男に、文化水準の足りない国民たち。そんな人間のために、こんなドレス必要ではないのではなくって」
ウィーディアは笑みを消してエデルを真正面から見つめる。やおら腕を伸ばし、つっと人差し指で胸のあたりから下へとエデルの体に指を這わせる。背中がぞくりと粟立った。
「いくらわたくしの身代わりとはいえ……。立派な馬車も花嫁支度もおまえには似合わないわ」
冷酷な声が部屋を支配している最中、扉ががちゃりと開いた。
「まあ、ウィーディア。ここはあなたのような娘がいるような場所ではないわ。こんな昼間でも薄暗くて陰気な場所」
入室をしてきたのは王妃イースウィアだった。後ろには彼女の筆頭女官であるバーネット夫人が控えている。
「お母様。だって、見て頂戴。この娘にこんなドレス不釣り合いだわ」
実の母の登場にウィーディアが不満を爆発させた。イースウィアは娘を一瞥し、小さく首肯する。
「わかっておりますとも。けれども、この娘はあなたの身代わりとして野蛮な黒狼王の元に嫁ぐのです。ゼルスにも体面というものがありますからね。王の取り決めには逆らえませんよ」
「でも」
「もうすぐ嫁ぐこの娘に、わたくしは王妃としての言葉を授けなければなりません。しばらく二人きりにさせなさい」
イースウィアが命令を下すと部屋にいた女官たちがしずしずと退出をする。ウィーディアも不承不承母の言葉に従い、やがて薄暗い部屋の中はエデルとイースウィアの二人きりとなる。
イースウィアがエデルの方へ近寄った。反射的にエデルは足を一歩後ろへ下げる。昔から数えきれないほどの悪意を向けられてきた。王妃はエデルを憎んでいる。王の寵愛を奪った女の子供であるエデルを目の敵にしている。己を裏切った証でもある娘を視界に入れなくてはいけない、王女として育てなければならない怒りを全身でエデルに向けている。
エデルのすぐ手前で立ち止まったイースウィアは彼女の双眸をしっかりと見据えた。
「王も、わざわざこのような支度を整えなくてもいいものを……。おまえが王妃。蛮族の王とはいえ、王妃……。ああ、本当に憎いわねぇ」
イースウィアはやおら手を伸ばし、エデルの頬に触れた。エデルはびくりと体を一度震わせたが、足から根が生えてしまったかのようにその場から動くことができない。
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