第30話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」 12

ヴェストベルガー公爵が退出するのを目で追いながら

マルティネス4世はクラウスに問いかけた。


「クラウスよ、其方が用意した物資はいかほどかな?」


「はい、大型補給馬車にて200台ほど。」


それを聞いて諸侯は驚きの表情を浮かべた。


1万人の師団が2か月ほどで消費する量に相当する。

それを、オストレーベ領単独で用意したというのか?


流石はオストレーベ公爵家。

それほどの力を有しているとは。


彼らはオストレーベ公爵領の持つ財力・生産力に

改めて目を見張る思いがした。


「では、ノルデン公爵。補給作戦にどれ程必要か?」


「出来る限り多くの物資を届けねばなりません。

全量、頂きたいと存じます。」


そこでクラウスが口をはさむ。


「ノルデン公爵。さすがにそれは無理じゃよ。

この陣営の消費量を考えると、通常の補給部隊1個分、

50台程度は渡さねばなるまい。」


そして、ザビネ公爵以下の右側列の諸侯を見やってこう言った。


「すでにこの対陣は1ヶ月に及んでおる。

諸侯の方々には、恋しくなっておる物もあるはずじゃ。

今回の補給では、それ用の準備もしてきておるのだ。


第4種補給物品…とかな。」


第4種補給物品!

それを聞いた諸侯は目を輝かせた!


軍隊を十全に機能させるには補給が欠かせない。

体力維持のための糧食。

戦闘力を整える武器。

士気を維持するための嗜好品。


そして、女 だ。


軍人のほとんどが若い男である以上、

性欲の処理は非常に大きな問題なのである。


兵員の戦闘力は禁欲することによって高まるのだが

度が過ぎれば、占領地で強姦などが頻発し、

占領軍に対する住民の印象は最悪となる。


それを避けるためにも、

ある程度は兵員に性欲を発散させる手段が必要だ。


古来から、大規模な戦役では、

戦場の近くで兵の性欲処理を担う女たちが集まり

仮の集落のようなものを建てて、そこで兵たちの相手をしていた。

彼女たちは「戦場娼婦」と呼ばれている。


時には、10万を超える若い男たちが集まっているのだ。

どれ程、容姿が悪かろうと、彼らの欲望を満たす「穴」さえあれば

引く手あまたであった。


兵士たちは戦場にいる間も給料の支払いを受けている。

しかし、使う所など、どこにも無い。

そこで、戦場娼婦たちに金を使うと言う訳だ。


だが、上級貴族ともなると、

そのような娼婦たちの世話になる訳にもいかない。


何しろ世間体が悪すぎる。


平民相手の娼婦を抱くなど「貴族の権威」を

落とすことでしかない。

また、「見境の無い色狂い」などと、揶揄される事にもなるだろう。


上級貴族は抱く娼婦に対しても「格」を求めると言う

やっかいな嗜好の持ち主なのだ。


その解決策が、「第4種補給物品」である。


帝国軍が王都そのほかの都市にある娼館に募集をかけて

高級娼婦たちを前線に送り込む。


これは、さすがに大っぴらにできる事ではないので

「第4種補給物品」と言う符丁を付けているのである。


ザビネ公爵の側近。いかにも好色そうな伯爵が尋ねる。


「クラウス殿。第4種は、いかほど持ってこられたのだ?」


「20と言った所ですかな。」


と言う事は、貴族序列の上位20名は高級娼婦を抱けるのだ!

それ以下の者たちも、おそらくは上位者の翌日か翌々日には

その女を抱けるチャンスがあるだろう。

彼らはしばし、その情景を思い浮かべ、

にやけ顔を浮かべるのだった。


「明日には到着致します。楽しみにお待ちくだされ。」


エドワードは首をひねった。

「第4種補給物品」とは聞いたことが無い。

一体、どういった物なのだろう?


いまだ14歳のエドワードはそちらの興味が薄かった。

ましてや戦場でその手の話が出て来るとは

想像も出来なかったのだ。


後にクラウスに尋ねて、内容を知ったエドワードは

顔を真っ赤にしてクラウスを睨んだそうである。


「では、150台を頂きます。

それであれば、ポルスカを2週間ほど持たせる事が出来ましょう。」


マルティネス4世は大きく頷いてエドワードに言った。


「なかなかに難しかろうが、其方の成功が必要なのだ。

頼むぞよ。」


そこへ、ヴェストベルガー公爵が戻ってきて皇帝に言上する。


「ツバメより、我が領にて大規模な騒乱が

起きておると報せがございました。

代行を任せております、わが妻が対応するには

ちと、荷が重いとの事。

私が領地に戻る必要がありまする。」


それを聞いたマルティネス4世は少し眉を曇らせて答えた。


「うむぅ。其方の領軍は4万ほどじゃな。

領地へ戻るとして、誰が指揮をとるのだ?

指揮官不在で4万の兵を遊ばせておくにはいかぬぞ。」


ヴェストベルガー公爵が返答する。


「弟のダロス・ベルゲード伯爵を代行に任命致します。

対陣を維持するだけなら充分やれるはずです。


それに、補給作戦が成功すれば、決戦まで猶予が出来まする。

それまでに、私が戻れば問題は無いかと。


もし間に合わなくとも、ダロスは一騎当千の武辺者。

私の代わりに、陛下のお役に立つ事、間違いないはずでございます。」


「そこまで、手配できておるなら良いだろう。

後ほど、その者を余の所に来させよ。激励してやる故にな。」


マルティネス4世の言葉に深く頭を下げて、

ヴェストベルガー公爵・ダーメンドは退出した。


「皆の者。ノルデン公爵の準備が整い次第、作戦を実行する。


実働するのはノルデン軍のみじゃが、

諸侯も戦況をしかと目に焼き付けよ。


後の決戦に役立たせるために、その頭に刻み付けるのだ!

さすれば、この戦の勝利は揺らぐまい。


諸侯の決戦における奮戦を期待しておるぞ!」


皇帝の激で軍議は解散となった。


諸侯が退出する中、エドワードは皇帝とクラウスが顔を近づけて

何やら小声で会話しているのを目撃した。


「これで、良いのだな?」


「あぁ、ネウロスの奴も黙らせた。

ここは、婿殿に功績を独占させる仕掛けじゃ。

間違いなく作戦は成功させる。

婿殿の戦いぶりを御覧じろ、じゃな。


それと、ヴェストベルガー公爵領の一件は

補給作戦の成功後に行う決戦用の仕込みじゃよ。


もっとも、諸侯たちの考えておる「決戦」とは

有り様が違うかもしれんがのぅ。」


「まだ、策を持っておるのか。して、それは如何なる物じゃ?」


「秘策とは胸の内に秘めてこそ、であろう?」


2人は他の者たちに気づかれないように

瞳だけでニヤリと笑みを交わしていた。











































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