第33話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」15
エドワード、クラウス、コレットの3人が茶飲み話をしている応接用天幕へ
ピーター大佐がやって来て報告する。
「閣下。お時間となりました。大天幕までお出ましください。」
「分った。兵たちの様子はどうか?」
ピーターは少しの笑みを浮かべながら
「長対陣に飽き飽きしておりましたからな。
みな嬉々として、武器の手入れや装備の確認をしております。
あと1時間ほどで準備は整いましょう。」
そう報告した。
クラウスがそれを聞いて口を開く。
「婿殿。この作戦は実施する時間も重要なのだ。
夕刻から日暮れにかけての時間に実施したい。
故にな、兵たちには腹ごしらえをしてもらえぬかの。」
なるほど、今は正午頃だ。
準備中の兵たちは昼飯など食べている余裕はない。
夕刻まであと4時間ほどある。
「ピーター大佐。準備が終わった隊から食事をさせよ。
充分、いや、腹がはち切れる程にくわせてやれ。
その後は昼寝を許可する。
装備を付けたままでは寝にくかろうが、
しっかり休んで気力も満点にせよ。
命令があり次第、動けるように配慮することを忘れるなよ。」
ピーターは直立不動で敬礼する。
「はっ!了解であります。」
ピーターが駆け去った後。
エドワードは椅子から立ち上がった。
「では、軍議へと参りましょう。クラウス殿。」
「コレットも同席せよ。」
クラウスの言葉にコレットが頷く。
「承知いたしましたわ、お父様。」
コレットがこの戦いのキーパーソンであるなら
軍議の席でその役割が明かされるだろう。
エドワードはそう感じてコレットの同席に異議は唱えなかった。
そして、彼女が立ち上がったところで、その手を取りこう言った。
「さぁ参りましょう。
いささか殺伐とした所ですがエスコートさせて頂きます。
大天幕の前まで、ですが。」
コレットは、はにかんだような表情を浮かべつつ
エドワードの右腕に自分の腕を絡める。
「よろしくお願いします。旦那様♪」
夜会に出掛けるような2人の様子を見て、
クラウスもほの温かい笑みを浮かべて後に続いた。
大天幕にはノルデン公爵領軍の中枢と言うべき面々が揃っていた。
エドワードの入室を見てすかさず起立する。
10,000の歩兵を率いる、ピーター・ストラグル大佐。
2000の騎兵を率いている、マーレ・ドランゴス中佐。
1500の弓兵を束ねる、アルド・ストリングス少佐。
そして、「義勇軍」騎兵、400の指揮官、
フリッツ・パターソンである。
(彼はオストレーベ騎士団・団長であり、
帝国軍の階級では少佐相当の人物であるが、
今回は「義勇軍」を名乗っているため階級を付けていない)
他には、輜重や情報を担当する参謀など、
エドワード、クラウス、コレットを合わせて10人程が
ここに集っている。
エドワードは自身が着席すると、他の皆に着席せよと促した。
「では、軍議を始める。
先に報せた通り、皇帝陛下より勅命を賜った。
「ポルスカへ補給物資を届けよ!」との事だ。
ポルスカは、糧食が底をつき非常に苦しい状況となっている。
我が軍は敵の包囲網を食い破り、物資を満載した馬車を
ポルスカへ送り込まなければならない。
元より困難な作戦である事は承知だ。
しかし、成功させねば、ポルスカは早晩、開城するであろう。
帝国にとって受け入れがたい敗北を避けるため、
何より包囲下で苦しむ民のために、
この作戦は成功させねばならない!
諸君らの奮闘を期待する!」
ピーター以下のノルデン軍が着席したまま腰を折って頭を下げる。
「義勇軍の方々も、宜しくお願い致します。」
「はっ!このパターソン、閣下の命に従いまする!」
パターソンも頭を下げた。
義勇軍とはあくまで
「個人の意志によりにより戦闘に参加する」兵である。
ノルデン軍の指揮系統には入っていない。
極論すれば、戦場に来たものの、
戦況次第で「不参戦」を決め込むことすら出来てしまう。
それ故に、エドワードは、「義勇軍」を束ねる
パターソンに「依頼」するのである。
実態はオストレーベ騎士団であり
クラウスの命によって与力するのであるから
不参戦など有りえなかったのだが、
形式を整えなければ「義勇軍」として扱えないのだ。
もし彼らが、オストレーベ騎士団と見なされたのなら、
現公爵・カリウスは「騎士団の領外活動」の罪で
処罰を受けるかも知れない。
将来の「義兄」に傷を付ける事。
エドワードはそんな事はしたくなかった。
「作戦の詳細を伝える。」
エドワードはテーブルに広げられた地図へ指示棒を指した。
「我が軍は、ポルスカへ延びる北東街道を使って
馬車を送り込む。
北東門の前面には敵軍が1万程展開している。歩兵のみの編成だ。
街道には逆茂木が2段置かれていて、騎馬隊・補給隊の進行を阻害している。
我々はこの敵軍と逆茂木を排除して、ポルスカへの道を切り開くのだ。」
エドワードは兵の配置と行動について説明をを続ける。
街道を中心として、右側へ歩兵4000、左側へ6000を配置。
敵歩兵へ突撃を掛ける。
弓隊は補給馬車の前面に配置され、
突撃準備射撃の後は補給隊の直掩部隊として彼らの両側に展開する。
(弓兵は自衛用として剣も装備している。
彼らは弓を射た後、剣士として戦う事になるのだ。)
騎兵は全て右側へ配置され、北東門前面の歩兵部隊を蹂躙する。
「この作戦は敵を撃滅するのが目的ではない。
北東街道を一時的に開通させ、ポルスカへ馬車を送り込むのが目的である。
補給路の確保は2時間程度で大丈夫のはずだ。
補給馬車の最後の一台がポルスカに収容されたら、直ちに離脱せよ。」
エドワードの指示を聞いていた指揮官たちは勝算を計算してみた。
やれるかもしれない。ただし、援軍が来なければ。
歩兵隊指揮官のピーターが質問する。
「我が軍が突入を開始すれば、敵援軍が来ます。
南東側に布陣する敵、2万が来れば補給路を持たせる事は難しいかと。
それに、
補給隊の馬車は餌食にされてしまうのでは?」
「騎兵殺し」とも呼ばれる鉄楔。
騎兵突撃を鈍らせる彼らが自由に動いたなら
こちらの攻撃は頓挫してしまう可能性が大きい。
「それに、義勇軍の方々の配置が示されておりません。
どうされる、お積りですか?」
エドワードは答える。
「義勇軍の方々は、対鉄楔に特化した
新戦術を用意されているそうだ。そうですな、パターソン殿?」
「はっ!我らの鍛錬の成果を御覧に入れましょうぞ!」
どこかの正規軍のような返答であったが、
その場にいる誰もが気づかない振りをした。
「そういう訳であるから、義勇軍には対鉄楔の遊撃戦をお願いしたい。
配置、部隊構成はお任せする。また戦闘開始の権限もお渡しする。
存分に戦っていただきたい。」
指揮下に無い部隊に命令は出来ない。
こちらで制御できないなら自由に戦って貰った方が良い。
それに、彼らは「オストレーベ騎士団」である。
戦機を見極める事については鋭敏な感覚を持っているはずだ。
エドワードはパターソン、
いや、クラウスが育て上げた騎士団が
やり損う事はないと確信していた。
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