第34話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」16

「義勇軍の戦闘方針は理解しました。

ですが、南東からの敵援軍はどうするのです?」


ピーター・ストラグル大佐は懸念を表す。


街道の左側に6000を配置するとは言っても

敵援軍の数はおよそ3倍。

軍事常識的には、勝ち目がほぼ無い戦力差である。


バクラ軍は

北東門の前面におよそ10000の歩兵。

その南東に1000mほど間隔を開けて

20000の一個軍団が配置されている。


軍団は歩兵・騎兵・弓兵が組み合わされており

単独で全ての戦闘に対応出来る「完結された」戦闘部隊だ。

もちろん、鉄楔も配備されている。


「今回の作戦を敵は想定していないだろう。

奇襲であるから、対応も遅れる。


それを考慮すると、敵増援が動き出すまでに30分、

こちらの左翼部隊と接触するまで1時間以内、と言った所か。


そこで、その時間差を利用して、ある策を実行するのだ。」


そこでエドワードはクラウスに視線を投げる。


「今回、私とクラウス殿で考えた策を実行する。

それについてはクラウス殿の方が理解が深いので

クラウス殿に説明を願いたい。」


今、エドワードが話している作戦の詳細は、

先ほど応接用天幕でクラウスから説明されたものである。


エドワードとしては、

作戦立案者としてクラウスを前面に押し出したい所なのだが、

クラウスはそれに待ったをかけた。


「よいか、婿殿。

この作戦は其方が考えた物としなくてはならん。

もし、ワシが立案をしたと知れば、兵たちは其方を侮るかも知れんのだ。」


エドワードではなくクラウスが作戦を立案したとすれば、

舅殿しゅうとどのに頼りきりの未熟な公爵」として

忠誠心が揺らぐ事も考えられる。


それは後のエドワードにとって、弱点になるかも知れない。


ここで軍事的な才能を見せる事で


「我々の主君はエドワード様の他にはない!」


兵たちに、そう思わせる事が必要なのだと、

クラウスはエドワードを諭したのである。


しかし、肝心な策について、

エドワードは理解しきれていない。

自分の説明ではボロが出てしまうだろう。


そう判断したエドワードは、

この策がクラウスの協力を得た物である事を示し、

クラウスが説明する事に根拠を与えたのだ。


「閣下からのご指名により、策の説明をいたす。」


クラウスが説明をするにつれて、

指揮官たちは驚愕の表情を浮かべた。


「そんな事が、出来るのですか?」

「理屈は理解しましたが、信じられません。」

「確実性は如何ほどの物なのでしょうか?

もし、発動しなければ、我らは壊滅しますぞ!」


彼らは口々に疑念と不安を口にした。


クラウスは顔色一つ変えずに返答した。


「我が領にて実験を重ねておる。発動率は8割を超えた。

これなら、十分、実用できると、

学者どもが太鼓判を押してくれたわ。」


この場で示された新戦術!

それは革命的な物だった。


確かに失敗する可能性はある。だが…。


「この策が決まれば、今回の補給作戦だけでなく、

後に控える決戦に、大きな影響を与えることが出来るのじゃ。」


策が成功した時の敵に与える衝撃は計り知れない。


敵が知らない、理解できない戦術で被害を受ければ、

その後の行動に疑心暗鬼を生ずる事となり、

敵軍の行動は鈍い物になるだろう。


「さらに、物理的な衝撃に加えて、

心に不安を植え付け、敵の戦意を下げるための仕掛けもある。

我が娘、コレットが、ただ一声「唱えれば」、

敵軍は恐怖と不安に沈むであろうぞ!」


コレットは立ち上がり、完璧なカテーシーを決めて、

優雅に一礼して見せた。


「どれほど皆様のお役に立てるかは分かりませんが、

精一杯、務めさせていただきます。」


16歳の美少女が微笑を浮かべる姿を見て

指揮官たちは息をのんだ。


将来のノルデン公爵夫人である、

か弱い少女が健気にもこの戦に身を投じようとしている。

我らも臆してはいられない!


そう決意した彼らの瞳は輝きを増した。


「コレットは戦場の北東にある丘の上に布陣する。

公爵閣下、コレットに護衛を付けていただけますな。」


「当然です。一分隊20名を付けましょう。」


「その内5名は、

儀仗兵のような見栄えが良い者でお願いしたいのじゃが。」


エドワードはクラウスの言葉に戸惑った。


護衛兵なら腕の立つ者で固めるべきだろう。

見栄えは特に気にする物ではないはずだ。


「これも、コレットの策を

完璧に近づけるために必要なのじゃよ。

我が娘の晴れ舞台。出来るだけの事はしてやりたいのだ。」


そうか!

クラウス殿はこの策も舞台劇の一場面として捉えているのだ。


コレットが主役のこの一場で敵兵に心理的な不安を植え付ける。

その道具立てが儀仗兵と言う訳か。


「ストラグル大佐。適任者を急ぎ選抜せよ。

臨時編成となるだろうが、調整をよろしく頼む。」


「はっ!心当たりがございます。

美しきご婦人の護衛となれば彼らもやる気を

倍増させましょうぞ!」


「だが、コレット嬢に惚れてしまいそうな兵は困るぞ。

私の婚約者なのだからな。」


エドワードの軽口にピーターは反論する。


「お言葉ですが。

これほど美しいご婦人に惚れるなと言われましても、

それは無理と言う物では?」


天幕の中は軽い笑いにさざめいた。


良い感じに緊張も解けたようだ。


そう判断したエドワードは指揮官たちに最終確認を取る。


「各隊は先ほど説明した通りに行動せよ。

何か、疑問・質問はあるか?」


各指揮官は一言も発しない。

ただ、その瞳に強い決意の光を浮かべてエドワードを見ている。


「よろしい。では、作戦開始は…2時間後とする。

諸君らも食事をして体力・気力を万全にしておけよ。」


そして、エドワードは一言、付け加えた。


「我らには「帝国の大狸」が付いているのだ!

必ず勝利できる!心配するな!」


クラウスは思わず顔をしかめてこう言った。


「婿殿!その名はあんまりじゃ!

ここは義父様おとうさまと呼んでくれまいか?」


天幕の中に大爆笑が響いた。















































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