第32話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」14

ノルデン公爵軍が戦闘準備を始めている中で、

エドワードはクラウス、コレットの二人と

応接用天幕で紅茶を楽しんでいる。


なぜかと言えば、この戦場と言う場所に

コレットが現れた為だった。


コレット・オストレーベは16歳。


背丈はエドワードよりも頭半分ほど高い。

帝国北部の人間らしい金髪・碧眼の

美少女と呼ばれる美貌の持ち主だ。


体つきは未成熟な女性としては標準的だろう。

ただし、目立つ一部分が存在する。


国立学園へ通っており、成績は常に上位。

貴族演劇部の部長を務めている、

才色兼備と言う言葉を体現している人物として

学園内に名を轟かせている。


学友たちからの評判は、

「公爵令嬢と言う立場を鼻にかけない、気さくで付き合いやすい人」

「誠実に物事に対処する真面目な生徒」

「過去の演劇の台本を書き換えて、

より素晴らしい物にした才能あふれる女性」

など、絶賛と言ってよい物ばかり。


「16歳にして既に完成された貴族女性。

今すぐ嫁入りしても、奥向きを取り仕切れるだろう。」


コレットを自分の息子に娶らせ、オストレーベ公爵家との縁を

結びたがっている伯爵から、そんな評価も受けている彼女。

(その伯爵はコレットがエドワードと婚約を結んだことに

地団駄を踏んで悔しがったと言う。)


だが、エドワードは知っている。

コレットはお茶目で、悪戯好きで、甘えたがりな

年相応な一面を持つことを。


母親を幼い時に無くして以来、

オストレーベ公爵家唯一の女性貴族として、

メイド長の助けを受けながら、

奥向きを取り仕切ってきた彼女が身に着けた振舞いは、

彼女自身と公爵家を守るための鎧である事を。


エドワードはコレットが優雅に紅茶を口にする姿を見つつ

(私の天幕では「家族の時間」だったけど、

ここでは「公爵令嬢の時間」なのだろうか?)と思った。


エドワードの視線に気づいたコレットは表情を緩めて

言葉を紡ぐ。


「あら、なにか気になりまして?あなた♪」


どうやら、まだ「家族の時間」のようだ。


「気になるも何も。

なぜ貴女あなたがここに来られたのですか?

出征前にお会いした時、

帝都で「無事のご帰還をお待ちしております。」と

送り出して下さったではありませんか。」


それを聞いたコレットは拗ねたように口を尖らせて言葉を返す。


「だってぇ、この戦は2週間でケリが付くって聞いていたんですもの。

それなら「会いたい気持ち」を押さえる事も出来ると思ったのよ。

ところが既にひと月が過ぎてしまった。

もう私の我慢も限界にきたの!」


「家族の時間」と言う事でコレットの言葉遣いは

まるで平民の娘のようになっている。


「だから…来ちゃった。てへっ♪」


少し舌先をだしてニカリと笑うコレット。


エドワードはコレットの可愛い、

しかし「貴族令嬢としては、はしたない」表情を見て

彼女の気持ちを嬉しく感じた。


最初は政略結婚だと、

冷めた物を抱いていたエドワードだったが

今ではしっかりコレットに惚れている。


会いたい気持ちを抑えきれずに戦場まで来てくれるなんて…。


まて!

いくら愛する人への気持ちが強いとはいえ、ここは戦場だ。

後方にいれば安全度は高いかも知れないが

何があるか分からないのが戦場だと、

昨日クラウス殿に自身で口にしたではないか!

たとえ、彼女自身が望んでも周りが止めないはずが無い。


と言う事は…。


エドワードはクラウスに向かって問いかける。


「クラウス殿。なぜコレット嬢を呼んだのです?」


「はて?どうしてそう思うのじゃ?

これは、コレットの其方への愛情の表出じゃよ。

実に健気ではないか。」


クラウスは表情を変えない。

いや、少しだけ面白がるような光が瞳に宿っている。


「誤魔化しは無しにしていただきましょう。


貴方が溺愛されているコレット嬢が、

僅かばかりでも命を失う危険がある戦場に

出て来る事を許すなど考えられない!


ならば、答えは一つ。

貴方自身が、コレット嬢を呼んだのです。」


クラウスは声を出して笑った。

実に愉快そうに、そして満足気に表情を大崩しさせながら。


「婿殿!よく気が付いたの!

婚約者から、あのようにうれしい言葉を聞けば

舞い上がって冷静な判断が出来なくなって

しまうであろうに。


しかし、ちゃんと気が付く事が出来て、嬉しいぞ。

言葉や態度の裏に隠された「真意を見抜く」事。

それが出来ねば、貴族連中とは付き合えんからのぅ。」


エドワードは冷たい表情になった。


では、コレットの先ほどの言葉と態度は「偽り」だと?

何かを隠すための擬態なのだろうか?


「お父様!私の力が必要だと言って

ここへ来させたのでしょう?

それに、エドワード様に会えるぞと言って、

私をその気にさせたではありませんか!」


コレットが大きな声で抗議する。

天幕の中に響き渡る圧力さえ感じる声だ。

演劇部で鍛えているだけの事はある。


「コレット、お前もノリノリだったでは無いか。

ここへ来るために新しい下着を買ったり、

道中では「彼氏をその気にさせる20の方法」と言う本を

読みふけったり…」


「それ以上、言わないでくださいませ!」


コレットの顔が真っ赤になった。


その顔を見たエドワードは表情を緩め、

コレットの気持ちが本物であると判断した。


しかし、愛する者の言葉や態度すら

疑わなければならない事もあるなんて…。

貴族とは実に因果な生き物だと、エドワードはそっと溜息をついた。


一方でコレットは、

自分のプライベートが筒抜けになっていることに衝撃を覚えた。

下着の買い物についてはともかく、

道中の馬車で読んでいた本の内容まで知られているなんて!


カバーをかけ替え、演劇部の次回公演の台本に見せかけていたのに。


そこでコレットは父、クラウスがよく口にする言葉を思い出した。


「我が影は実に有能じゃのぅ…。」


コレットは2人のメイドに、

自分のプライベートを父公爵へ流さないように

強く命令しようと決心した。


「クラウス殿。コレット嬢の役割は何ですか?

この戦に彼女の力が必要とは思えません。

戦いは兵士が行う物です。

コレット嬢が彼ら以上の武勇を誇るとは思えませんが?」


エドワードはコレットの役割について追撃の問いを放つ。


「婿殿。戦は実際に刃を交えるばかりではない。

敵軍の心理状態を揺さぶる事も、補給を脅かすことも立派な戦いじゃよ。

此度の戦では「コレットを使って」、

敵の心を揺さぶる事が勝利へのカギなのだ。」


クラウスは真剣な顔つきを取り戻してエドワードに答える。


コレットを使った心理作戦?

どう言った物なのだろうか。


「一つだけ確認しますが。

その作戦はコレット嬢を危険にさらす事は無いでしょうね?」


「わが娘を、敵の手柄として渡すことを許す訳もなかろう?

コレットには時機を見て「一声だしてもらう」だけじゃ。」


エドワードには理解できなかった。


コレットの声を響かせるためだけに、戦場へ呼んだと言うのか?


それがどう敵兵の心理状態を揺さぶると言うのだろう。


「婿殿。少しだけヒントを出してやろうぞ。」


クラウスはエドワードの目を真っすぐ見て口を開く。


「それはな「魔法」じゃよ。」

































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