第31話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」13
ノルデン軍の陣営へ戻るエドワードの隣には
クラウスが歩いている。
「あそこまで、すんなりと提案が通るとは…。
昨日、口にされた「仕込み」が効いたのですね?」
「婿殿。夜は、眠るためだけの物では無いのじゃ。
時間は有限であるからの。出来る限り有効に使わねばな。」
その言葉にエドワードは
クラウスが昨夜の内に皇帝と面会した事を察した。
確かに皇帝はエドワードの提案を支持した。
だが、ザビネ公爵の主張に決心が揺らぐような表情を見せた時、
時機を計ったようにクラウスが現れて
あっという間に作戦の裁可が下りた。
まるで舞台の脚本があるような成り行きである。
いや、実際にあったのだ。
「ポルスカの戦い」と言う舞台劇。
第3場「決意の軍義」
主演:マルティネス4世。
助演:クラウス 、エドワード 、カリウス。
敵役:ザビネ公爵。
演出:クラウス・オストレーベ。
(いつか、この戦いが舞台劇となったら
見せ場の1つになるに違いないな…)
そんな事をエドワードは考える。
その時、彼は婚約者であるコレット・オストレーベの事を
思い浮かべた。
(そういえば、コレットは国立学園では演劇部に入っていたな。
さっきの場面を目にしていたら、どう評価するのだろうか…。)
ノルデン軍の陣営にクラウスと共に戻ってきたエドワードは
天幕の外で部下と話している将校に声をかけた。
「ピーター・ストラグル大佐、陛下からの勅命だ!
我が軍は準備ができ次第、ポルスカへの補給を行う。
兵には戦闘準備をさせよ!
各隊長、参謀は1時間後に大天幕に集合。
詳細を詰める軍議を行う。
連絡漏れ無きよう、よろしく頼む。」
ピーターは直立不動の姿勢をとり復唱した。
「はっ!戦闘準備、および軍議招集の件、了解いたしました!」
敬礼をしたピーター。
各部署に連絡するため、すぐにでも
駆け出していくはずだが…。
直立不動を崩さず立ったままである。
「どうした?何かあるのか?」
怪訝な表情をエドワードは浮かべてピーターを見やる。
「閣下にお会いしたいとおっしゃる方が来ております。」
客人だと?
この忙しい時に…いったい誰だ?
「その方は、どちらに居られる?」
「閣下の天幕であります!
応接用天幕にご案内しようとしたのですが、
『
個人用の天幕に居座っているだと!
家族でもなければ勝手に入るなど無礼に過ぎるぞ。
うん?
家族でもなければ…。
まさか…まさか?まさか!
ピーターをその場に残しエドワードは自分の天幕へと走った!
天幕の入り口、その帆布を開いて中に飛び込む。
中央に寝台が置かれ、その脇にはサイドテーブル。
さらに隣には椅子が二脚付けられたテーブルがある。
その寝台に腰掛けているのは…
「お帰りなさいませ。あなた♪」
クラウスの末娘、コレット・オストレーベだった。
エドワードは少し目眩を覚えたが、
なんとか気持ちを立て直してコレットに話しかける。
「ようこそ、おいで下さましたコレット嬢。
しかし、ここは私の個人用天幕。
ここへ入り込むのは、いかに婚約者とは言え、
さすがに礼を失するとは思いませんか?」
「あら。私は貴方の婚約者ですのよ。
夫と起居を共にするのが夫婦と言う物ではなくって?」
「まだ、夫婦ではないでしょうに!
未婚の男女が二人きりで天幕の中で過ごすなど!
周りから見たらどう思われるか?
エドワードは温厚な人柄で知られている。
その彼をして、大きな声を出さなくてはならない状況である。
未婚の男女が人目を避けて二人きりで会うと言う事は…。
先ほど、歩きながら第4種補給物品について
クラウスから説明を受けたばかりのエドワードは
色々と混乱してしまった。
それ対してコレットはクスリと笑みを浮かべる。
「それでも私は構いませんわ。」
「私は貴女の評判に傷が付くことを懸念しているのです!
公爵令嬢ともあろう方が、ふしだらな振る舞いをしていると
揶揄されるのですよ。」
それを聞いたコレットは笑みを深めてエドワードに問いかける。
「あらぁ、私の事を心配してくださるの?」
コレットがエドワードを見つめる瞳はキラキラしている。
「当たり前です!
貴女はクラウス殿にとっても、私にとっても大切な方だ。
そんな貴女が傷つけられる事に平気でいられませんよ!」
コレットは素早く立ち上がり、エドワードを抱きしめた!
「嬉しい…旦那様に愛されてる事を実感するわ…。」
コレットに抱きしめられたエドワード。
頭半分ほどコレットより低い背丈のエドワードは
コレットの首筋から胸元にかけての部分に顔が押し付けられている。
成熟へと向かう女性特有の甘い香りが、体に感じる彼女の胸の感触が
エドワードを攻撃する。
そばには自分の寝台が存在することに気づいたエドワードの
理性が決壊しかけた時である。
「うおっほん!二人の仲が良いのは充分に分かった。
流石に、そこから先へ進むのは、ちーと早いと思うがの。」
天幕の入り口の帆布。
その隙間から首だけを出して、クラウスが声を掛けたのだった。
応接用天幕に移動した3人。
エドワードは少し顔を赤くしたままだったが
クラウスとコレットは平然としている。
それを見てエドワードは、
(さっき、あんな事があったと言うのに、それを億尾にも出さない。
やはり、私には公爵としての経験が足りないな…。)
自分の未熟さを痛感させられたのだった。
天幕の中には3人の他に、メイドが2人いる。
彼女たちはコレット付きの世話係、兼、護衛である。
彼女たちは流れるように動き、瞬時に紅茶の用意を済ませて
テーブルに着いた3人に提供する。
口元にカップを持って行ったエドワードはその香りで
コレットの気に入り銘柄だと分った。
たとえ何処であろうとも、仕える主に快適な生活を過ごして頂く。
そんな、メイドの矜持を見せられたように感じた。
なお、紅茶が提供されたのは、
コレットがこの場を取り仕切る
アピールでもある。
彼女たちは、既にコレットをノルデン公爵夫人として、
奥向きの最高権力者、正妃に対する態度で仕えている。
公爵家への客人の応接・接待は正妃が取り仕切る物。
本来格上のクラウス、エドワードの二人が
コーヒー党であるにも関わらず、コレットの好みを優先した事は
将来の奥向きがどうなっていくかを示唆していた。
エドワードは。
コレットの尻に敷かれる未来が確定しつつあるようだと、
諦念にも似た考えを浮かべながら
紅茶に口を付けた。
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