第40話「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」22

クラウスはノルデン領の最高機密を知っていた。


その事にエドワードは背中に冷や汗を感じながら口を開く。


「確かに炭鉱での爆発事故は起きています。

それが今回の「策」とどう繋がるのでしょうか?」


「実はな、その事故原因が判明したのじゃよ。」


クラウスの言葉に大天幕の空気がざわめく。


今まで幾度も調査したにも関わらず判明しなかった原因。

それをオストレーベ領が解明した?


エドワードはクラウスに続きを促した。


「我が領でな、粉ひき用の風車で爆発事故が起きたのだ。

お抱えの学者どもに調査をさせたのだが、

最初は原因不明だと言っておった。


学者の一人が「他に同じ様な事例があれば

比較検討して原因を突き止める出来るかも知れない。」

と言うのでな、国中の爆発事故を調べさせた。


ノルデン領の事例も集めたのじゃが、

その中に領主殿の一件もあったのじゃよ。」


エドワードは、「なるほど」と納得しかけた。


まて。

確かに事故の報告書は公開されている。

そこには領主死亡の原因となったことは書かれていないはずだ。

にも関わらず知っているとなると…。


官僚の中にクラウス殿の「影」が潜んでいる?

まさか重鎮の中にいるのか?


いや、今はそれを詮索する時ではない。

クラウス殿の策を話してもらわなければ。


「それで、何か分かりましたか?」


クラウスは答えた。


「それが、よく分からんと言う結論だったわ。」


聞いていた全員がガクッと肩を落とす。


「しかしな、

学者と言うのは諦めが悪いと言うか、執念深いと言うか。

今度は爆発を再現してみようと言い出してな。

粉ひき風車で何が起きたか?それを分析し始めた。」


オストレーベ領で起きた粉ひき風車の爆発事故。

その詳細は以下の通り。


オストレーベ領の農村にある粉ひき風車。

それを管理している農夫は風車から

白いかすみが立ちのぼっているのを発見した。


時刻は夜明けまであと15分と言った所。

この時代、ランプなどの照明は普及して来てはいるが

それらは贅沢品扱いで、必要のない限りは使用しない。

「夜が明けたら働いて日が沈めば眠る」と言う生活スタイルは

農村においては当たり前なのだ。


彼は働き者で知られていた。

その日もいつも通り、夜明けの少し前には起床して

身支度を整え、粉ひき風車へ向かった。

そこで、異常を発見したのである。


彼は「火事か?」と思い、粉ひき風車に駆け付けた。

しかし、熱くはない。

火事なら近寄れないくらいの熱を感じるはずだ。


彼は火事ではなさそうだと安心して風車小屋の扉を開けた。


入り口からかすみと言うより

濃霧と言うべき物があふれ出してきた。


しばらく、そのまま放置して霧が薄くなるのを待つ。

霧の正体はどうやら製粉された小麦粉のようである。


薄くなってかすみ程度の状態になったのを見計らって

農夫は風車小屋へ入った。


部屋の中央。

地面から2m程の所に風車で回す石臼が台座に設置されている。

臼の外周には雨樋あまどいのような枠があり、

挽かれた小麦粉がそこに落ちていくと言う仕掛けだ。


溜まった小麦粉は樋に沿って回転するヘラで集められ、

樋に一か所だけ開いている穴から下へ落ちる。


穴から木製の筒が延びており、その先では麻袋が設置されていて

小麦粉を受け止めるようになっていた。


普段なら、夕方に空の麻袋を設置しておけば

翌朝まで溢れる事は無いはずだ。


農夫はかすみを透かして状況を確認した。

どうやら設置したフックから麻袋が落ちて収納されず、

土間に落ちた小麦粉が舞い上がっているらしい。


彼はダメになった小麦粉と、

これからの後片付けの事を考えて溜息を付くと、

ランプを灯すために火打石を使った。


夜は明けたが、小屋の中は暗い。

作業をするには灯りが必要だったのである。


火花が散った瞬間。


風車小屋が爆発した!


板葺いたふきの屋根は吹き飛び、農夫は爆風で放り出された!


農夫は入口付近に居たため、草原に飛ばされてゴロゴロと転がった。

髪の毛やひげは焼け焦げ、顔にも火傷を負ったが命に別状はないようだ。

爆風と炎は小屋の屋根へ向けて行ったため、

彼には致命的ダメージを与えなかったらしい。


爆発音を聞いて駆け付けた村の者たちが彼を救護し、

ある者は代官へ報せに走る。

報せを聞いた代官はすぐさま領都へ早馬を出した。


翌日、領都から学者たちが到着し調査を始める。

しかしながら、原因不明と結論付けて領都に帰還した。


これがオストレーベ領で起きた爆発事故の顛末てんまつである。


「爆発が起きた時の状況を農夫から詳細に聞き取った結果、

火打石の火花が爆発を誘発した事は間違いない、と言う事になってな。

では、なぜ爆発したのか?と言う議論が学者どもの間で始まった。


風車小屋の中にあったのは小麦粉のかすみだけで、

燃えるものは無かった。なのに、爆発が起きたのだ。」


それを聞いたピーター・ストラグル大佐が発言する。


「最近、燃える空気があると聞きました。

その小屋にそれが溜まっていたと言う事は考えられませんか?」


ピーターも貴族の一員として教育は受けている。

科学的な知識も多少ではあるが持っているのだ。


クラウスは左の頬に力を入れ、口角の左側だけを上げてピーターを見やる。


「燃える空気か。それは、「ガス」と言う物じゃな。」


クラウスは楽し気にピーターに答えた。


「あれは基本的に沼や鉱山の坑道で発生する物でな。

平地で湧くことは無い。故に今回の場合、爆発にガスは

関わってはいないと学者たちは言っておった。」


燃える物が無いのに爆発した。

可能性としてピーターが出した「ガス」も否定された。

では、どうして?


天幕に集合している指揮官・参謀は首をひねった。


クラウスは続ける。


「解明が行き詰った時、学者の一人が

『そもそも燃えると言う事はどんな事なのかを考えてみよう』と

言い出してな。燃えるための条件を議論し始めた。」


それを聞いた者全員がが呆気にとられた。


この時代の常識としては「なぜ燃えるか?」と問われれば

「火があるから」と答えるのである。


それは経験則から導き出された物であり、

科学的なアプローチなど考えられなかった。


自分たちの身近にある現象について、

「実は何も知らないのではないのか?」


クラウスが話した内容は、彼らの常識を疑わせ

更なる解説を待ち望むと言う状況を生み出した。


「学者どもが議論した結果。物が燃える為には、

『燃える物がある事。一定以上の熱がある事。そして空気がある事。』。

この3条件が揃ったときに『物が燃える』のだそうだ。」


今度はマーレ・ドランゴス中佐が言葉を挟む。


「お待ちください。風車小屋の件ではその3条件の内、

空気と熱については条件を満たしますが、燃える物が有りません。

これについては?」


「ドランゴス中佐。

条件を満たしていないとすれば、爆発は起きていないはずなのだ。

だとしたら、そこに燃える物が存在していたのだよ。」


エドワードの言葉にマーレは口を引き結んだ。


「その通り!婿殿、確かに燃える物はあったのじゃ。」


現実を分析し、論理的に正解を導き出す聡明さ。

(婿殿はワシが考えていた以上に頭が切れるようじゃ…。)


エドワードの言葉を聞いてクラウスは頼もしさを覚えた。


「では、クラウス殿。そこにあった燃える物とは?」


エドワードの問いにクラウスはこう応じた。


「分かっておるのであろう?」


「小麦粉ですね。」


エドワードの答えにクラウスは笑みを浮かべた。






































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