第39話「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」21

紅蓮ぐれんのドレスを纏った女性の呪文ワードが放たれた直後。

白い霞に包まれたバクラ軍団の前衛歩兵2000は爆音と炎に包まれた。


その衝撃は、街道東側の戦場から一切の物音を消し去り、

沈黙が戦場を支配すると言う異様な光景を現出させる事となった。


なぜなら、前衛軍2000の歩兵がことごとく地に伏しているのを

両軍の兵たちが目の当たりにした為である。


呪文ワードが放たれる前に前衛軍を覆っていた霞は晴れている。

それ故に、歩兵たちを襲った攻撃がどのような結果を出したのかが

ハッキリと確認できる。


ある者は身体中が焼け焦げて。

ある者は喉を押さえて苦悶の表情を浮かべて。

地に伏した彼らは、もうピクリとも動かなかった。


最も多いのは、目を見開き、驚愕したような表情を浮かべて

倒れている者たちだ。

彼らは自身に何が起こったのか理解できないまま

冥府へ旅立つ事となった。


バクラ軍団指揮官はその凄惨な光景を見て命令を発する。


「全隊停止!敵の攻撃手段が判明するまで、むやみに進むな!」


前衛軍が倒れている場所まで、あと50mの所でバクラ軍団はピタリと停止した。


それを見たノルデン軍・歩兵隊指揮官ピーター・ストラグル大佐は

額の汗を左腕の袖で拭いながら安堵の溜息を漏らした。


(策が上手く発動してくれて良かった。

あのまま接敵したら、かなりヤバかったな…。)


敵の前衛は2000。

こちらの編成は1大隊が1000。


この1大隊に敵前衛が全力で殴り掛かれば

戦力比は2:1となる訳で劣勢となる。


攻撃を受けた大隊へ増援を送ると、

今度は陣形が乱れて、後続の敵兵に隙を見せる事になる訳だ。


そうなると敵騎兵の突撃を誘発して、陣列を突破されてしまう。


現状としては、こちらに騎兵が居ないため対応できず、

街道まで到達されて補給馬車を蹂躙されていただろう。


ピーターは起こりえた未来を思い浮かべながら、


(科学と言う物はいくさの有り様を変えてしまうのだな。)


と、感慨にふけった。



さて、時間を少し巻き戻す。


ノルデン軍が野営している陣営の大天幕。

そこでは今回の補給作戦の詳細を詰める会議が行われていた。


「閣下のご指名により、策を説明いたす。」


クラウスが話を始める。


「諸卿は、原因不明の爆発事故について

聞いたことはあるかな?」


そう問われた者たちは首をひねった。


「ノルデン領は炭鉱が多いと聞く。

そこで爆発事故が何件も起きていると聞いたのじゃが…。」


クラウスは続ける。


「何でも、前公爵殿がその爆発事故に巻き込まれて

亡くなったそうじゃな。」


エドワードはその言葉に凍り付いた。


エドワードが領主になった時よりも前、

父公爵の頃に石炭が発見された。


それは現在、薪に変わるノルデン領の燃料・熱源として

流通が始まっている。


父公爵は将来性が高い石炭の採掘と流通を拡大し

ノルデン領の発展に繋げようと考えていた。


炭鉱の開発は順調だったのだが。


時折、炭鉱で原因不明の爆発が起きて、

炭鉱夫が死傷すると言う事故が起きていた。


父公爵は原因解明のため何度となく調査をしたが、

結局、判明することは無かった。


そのうち、炭鉱夫の間で「この爆発は地の精霊の怒りだ」と言う

噂が流れて採炭作業が滞るようになる。


この世界で科学の発展はまだ端緒に就いたばかり。

迷信と経験則が世間の常識とされているのだ。


流石に貴族や学者などは教育により、

「精霊など居ない」と知っていたが

炭鉱夫たちは平民であり、旧来の常識から

「精霊の怒り」と言う結論を導き出してしまっていた。


父公爵は彼らの考えを理解していたが、

ノルデン領の発展に石炭は欠かせない。


彼は炭鉱夫たちに提案した。


「地の精霊に供物を捧げて祈祷する。

そうすれば怒りに触れることも無くなるだろう。

採炭は十分注意してやってくれれば、大丈夫だ。」


父公爵としては非科学的な「儀式」に頼る事には

大きな抵抗を感じたのだが、

炭鉱夫たちの不安を取り除くためには仕方がないと判断し、

炭鉱の1っ1っに小さな祠を建てて祈祷を行った。


しかし、それ以後も爆発事故は時折発生した。


それは、父公爵への不満を増すだけではなく、

祠に対しての信仰心を強化する事となる。


とある炭鉱で「精霊の御使みつかい」なる者が現れた。

彼は「地の精霊をあがめよ。

供物を捧げ、我に献金すれば安全は約束される!」

と説教して炭鉱夫たちから金を巻き上げていた。


父公爵は、彼が詐欺師である事を瞬時に看破したが、

現地の炭鉱夫たちは「精霊の御使い」を信じて

献金を止めようとはしなかった。


父公爵は「精霊の御使い」を放置することはできず、

炭鉱へ自ら出向いて彼を捕縛する事とした。


問題の炭鉱へ到着し「精霊の御使い」を

呼び出そうとした時である。


炭鉱で大規模な爆発が発生した!


坑口から、爆風と共に拳大の岩が噴き出してきて

周辺にいた人達に降り注ぎ、岩が命中した者はその場に倒れた。

父公爵も胸に岩を受けて倒れている。


辺りは大混乱となった!


「精霊の御使い」を捕縛するために父公爵に同行していた

領兵隊長が叫んだ。


「静まれ!怪我人が出ている!無事な者は救護に当たれ!」


その言葉に炭鉱夫たちはハッとした表情を浮かべ

倒れている者たちの救護を始める。


その現場の隅では、炭鉱夫たちが一人の男に詰め寄っていた。


「おい!お前に献金すれば安全なはずだよな!

これは、どうした事だ!」


炭鉱夫たちに取り囲まれて「精霊の御使い」はガクガクと震えている。


そこへ、父公爵がふらつきながら現れた。

岩の直撃を受けたものの、軽傷のようである。


「この者は、お前たちの不安に付け込んで

金を巻き上げようとする詐欺師だ!

精霊は御使いなど寄こしはしない。

この者の言う事は全て出鱈目でたらめだ!」


その言葉に炭鉱夫たちの視線が殺気を帯びた。

その先に居る御使いは腰を抜かしたのか、その場に

座り込んでしまった。


「この者の処分は適正に行い、諸君らの損害は私が補填する。

領兵隊長、この者を捕縛し領都へ連行せよ!」


「精霊の御使い」を名乗った詐欺師は領都で裁判を受け、

社会的影響が大きい重罪であるとして縛り首になった。


この一件はここで幕引きとなるはずだったが

そうはならなかった。


父公爵を直撃した岩は彼の肋骨を叩き折り、

尖った先端を肺へ突き付けていたのだ。


領都へ帰って五日後、彼は吐血して倒れた。

何かの拍子に、折れた肋骨が肺を突き破り

大出血を引き起こしたのである。


彼はそのまま床に就き、三日後に息を引き取った。


こうして12歳のエドワードは、公爵位を継承することになった。


領主の死をもたらした爆発事故。


ノルデン領の重鎮・官僚が総力を挙げて

原因解明に力を尽くしたが、

やはり原因を突き止める事は出来なかった。


この事故については、領主の死亡原因と言う事は伏せられて

公表された。


爆発事故で領主が亡くなった。

この事はノルデン領の最高機密として秘匿されたのである。


エドワードはクラウスを見ながら口を開く。


「それをどこで知られたのです?」


クラウスは表情を変えずにこう返した。


「我が影は優秀じゃからのぅ…。」




















































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