第38話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」20

街道西側のバクラ軍の反撃は撃退した。


今度は東側のバクラ軍が相手だ。


彼らは1個軍団20000名の精兵である。


歩兵・騎兵・弓兵の揃った部隊編成は

単独でいかなる状況にも対応できる、「完結された」物。


しっかりとした隊列を組んで、ノルデン軍へ接近中である。


対するノルデン軍は、街道から300mほどの所で

歩兵が横陣を組んで待ち受ける。


バクラ軍団は西側、北東門前の戦闘に気づいて

戦闘準備を整えた。


流石は精兵と言えるだろう。

兵員の完全装備には15分程しか掛からなかったのだ。


隊形を整え、前進開始と言う所で

西側から味方の潰走してきた兵たちを収容することになり、

しばらくは混乱する事になる。


しかし、バクラ軍団長は冷静であった。


「北東門前隊は、我らの陣地にて待機!

我が軍団はこのまま敵に強襲を掛ける。前進せよ!」


潰走してきた兵を吸収して再編成するには時間がかかる。

現状は街道上の敵補給部隊がポルスカに収容されるのを

防ぐことが重要なのだ。


時間を掛けていてはそれも出来なくなる。


軍団長はそう判断して、軍団20000のみで

ノルデン軍へと向かった。


補給作戦開始から1時間。


街道東側のバクラ軍団は、

ノルデン軍にその威容を見せつけつつ

駆け足より多少遅い並足なみあしで接近を開始した。


ノルデン軍の陣容を見てみよう。


歩兵1000の大隊が5部隊。街道から300mの所で

平行に並んだ横陣形で展開している。


その後ろ、150mの所には弓隊1500が陣取っている。


その弓隊には護衛として500の歩兵が付いていた。

彼らは先ほどの戦闘で死傷者が出た1個大隊を再編成した部隊である。

弓隊の護衛と歩兵隊の予備戦力として配置されている。


弓隊を率いるアルド・ストリングス少佐は苦笑しながら

接近してくるバクラ軍団を眺めていた。


「俺たちの仕事が無くなったと思ったら、

キッチリ、出番がやって来たか…。」


計画において、弓隊は北東門前の敵に

突撃援護の射撃を行った後は補給馬車の両脇に展開し、

直掩部隊として行動するはずだった。


ところが、騎兵隊は援護射撃を待たずに突撃を開始。

ピーターの歩兵隊もそれに引きずられるように突撃した。


そして、敵軍は脆くも敗走したため、

弓隊の出番は無くなってしまったのだ。


戦場においては事前計画通りに行動する事は難しい。

戦況の推移によっては計画が破綻する事も珍しくはない。


今回の場合は致命的ではないものの、

それなりに影響は出ていた。


ただし、自軍にとって有利な影響ではあったが。


アルドは事前計画を台無しにしたドランゴス中佐に

悪態を付きながらも、新たな行動命令を出した。


「全隊、前進!

街道の左右に展開しつつ、味方を援護する!

状況によっては敵と真っ向から対決する事となる!

気を引き締めていくぞ!」


こうして前進を開始したノルデン軍弓隊は、

味方歩兵の背後へ展開を開始した。


ポルスカまでの道を進む彼らに、エドワードからの指令が届く。


「街道東側へ展開し、バクラ軍団の反撃に備えよ」


西側を見れば敵部隊を騎兵隊が蹂躙している。


これなら西を気にせずとも良いだろう。


ストリングス少佐は指令に従って東側の歩兵の背後へ

全部隊を展開させたのである。


この時代の戦闘の流れは、

1.戦場に軍が陣を構えて相対あいたいする。

2.互いに弓兵による攻撃を行い敵陣列を弱める。

3.歩兵による突撃で敵軍を攻撃する。

4.陣形が乱れた敵軍に騎兵が突撃して勝敗を決する。

と言う物だ。


弓兵の「矢戦やいくさ」の後は歩兵の激突となり、

その後は騎兵隊の突撃が来る。


騎兵には騎兵で対応するのが常道だがノルデン軍騎兵は

街道の西側へ回された。


敵軍団は騎兵を持つのに、ノルデン軍は歩兵と弓兵のみ。

これを見ればバクラ軍団が圧倒的優位なのだが…。



「敵には騎兵がおらんようだな。

西側へ全騎兵を回すとは、敵指揮官は馬鹿なのか?」


バクラ軍団長はいぶかしがりながらそのまま前進を命じる。


ノルデン軍と500m程まで接近した時、

自軍の前衛である歩兵隊を白いかすみのような煙が覆い始めた。


霞はそれなりに濃いようで敵軍を見通す事がしにくくなった。

しかし、敵影は透けて見える事から、軍団長は前進の継続を命じた。


ノルデン軍弓兵隊は満を持して待ち構えていた。


「第一列、構え! 射て!」


ストリングス少佐の命令で弓兵隊から500の矢が放たれる。

その矢は敵前衛の前衛に降り注ぎ、歩兵の足を遅くさせた。


ここで敵弓兵からの応射があるのが普通なのだが

バクラ軍団は前進を継続させていた。


軍団長は矢戦やいくさで時間を使う事より

敵の補給馬車を阻止する為に突撃する事を選択したようだ。


バクラ軍団の前衛である歩兵2000は、

霞に覆われつつ、ノルデン軍に接近を続ける。


さらに100m程、前進した時。

戦場には似合わない、華麗なホルンの音が響いた!


その旋律は帝国において、

高貴な人物が到着した時に鳴らされる物である。


前進中のバクラ兵は、その響きが聞こえてきた方へ視線を向ける。

戦場の北方だ。


そこには小さな丘がある。

頂上に6つの人影があった。


折しも夕刻の西日を正面から受けて、

彼らの姿はキラキラと輝くように見えている。


中央に居るのは、燃えるような赤毛をなびかせた女性である。


身に着けた衣装も灼熱を現したような深紅のドレス。

オレンジ色のマントを背中に流し、

左手には身長と同等ぐらいの杖をたずさえている。


顔の鼻から上は白磁の仮面で覆われて、

その人物が何者であるかは解らない。


ただ、その風貌から魔術師であると、見た者の全てが、そう感じた。


その脇にはべる5人の戦士。

彼らがまとう鎧の色は、水色・緑・茶色・黒・白。

それが何を意味するかと言えば、

水・風・土・闇・光の属性を持った「精霊騎士」の装束なのである。


西日に照らされた彼らの中央。

深紅、いや、紅蓮ぐれんのドレスを身に着けた女性は

両腕を掲げて、バクラ軍団に向かって言葉を紡いだ。


「我が祖国をおかす悪魔の尖兵せんぺいよ!我が力にひれ伏すが良い!」


演劇部で鍛えた発声は伊達ではない。

彼女の言葉は500m以上離れたバクラ軍団の兵たちにもハッキリ聞こえた。


そして、彼女は力ある呪文ワードを解き放つ。


炎壁ウォール・オブ・フレイム!」


その言葉の響きが消えると同時に、敵前衛を覆っていた霞が炎と化した!


ドゴォォォォォォン!!


大音声が響き、前衛を覆っていた霞が晴れる。


誰もが、今見た光景を目に焼き付けた後に

改めて眼前の光景を確認した。


そして、戦場に沈黙が降りた。


そこに見えるのは。


ノルデン軍に攻撃を掛けるべく接近中だった前衛軍2000が

倒れ伏している姿だった。




































































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