第37話 「前公爵クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」19

反撃態勢を整えたバクラ軍。

先に動いたのは西側の隊列だった。


ポルスカ北東門前に展開していた10000の内、

西側に配置された6000はノルデン騎兵隊の奇襲を受け

瞬く間に壊走した。


しかし、門前の包囲陣のさらに西側に配置された

5000の友軍と合流し、士気を立て直した彼らは、

自分たちを惨めな潰走に追い込んだノルデン軍に復讐せんと、

瞳をぎらつかせて、己が武器を構え直したのである。


敵との距離はおよそ700m。


彼らを蹂躙した騎兵隊2000は、敵歩兵が横陣を構えた100m前で

集結しようとしている。


「また、騎兵突撃をするつもりだろうが、そうはいかんぞ!

鉄楔アイアン・カイル前進せよ!」


バクラ軍指揮官は自信を持って2個部隊の鉄楔に命令を下した。


鉄楔は騎兵に対して絶大な効果を持つのは経験から分かっている。

伊達に「騎兵殺し」と呼ばれてはいないのだ。


鉄楔が緊密な三角陣を組んで騎兵隊に迫る。

それを見た騎兵隊は北東方向へ退避した。

どうやら鉄楔の突撃で損害を出すのを嫌ったようだ。


ならば、と彼らは歩兵隊の横陣へ目標を定める。


槍先を揃えて突進する鉄楔の突撃は、

騎兵突撃にも匹敵する衝撃力を持つ。


この一撃で敵陣を突破すれば、

街道を駆け抜ける馬車列を蹂躙することも可能だ!


バクラ軍の精鋭たる鉄楔隊は勝利の予感を感じながら

敵の横陣に向かって行った。


敵陣列まであと300m。

後続のバクラ歩兵とは200mの間隔が開いた。


すると、敵騎兵の小集団が2つ接近してきたのである。


一つの集団の数はおよそ200。

それぞれ、鉄楔の1部隊に対応して速足はやあしで接近してくる。


「我らに騎兵で対抗するとは愚かなり!各隊、敵を蹂躙せよ!」


バクラ軍指揮官の檄に鉄楔は、小集団へ槍先を向け直して

突撃を再開する。


あと100m。


その時、正面から向かってきた騎馬隊は左に進路を変えた。

鉄楔から見れば右手側に走っていく事になる。


それを見たバクラ軍指揮官は、違和感を覚えた。

騎兵突撃は「縦に」行うはずだ。

横腹をみせて眼前を突っ切るなど有り得ない。


だが、これは我が方にとって願ってもない状況だ。

敵の数は200しかいない。

500の鉄楔がこのまま突入すれば騎兵を壊滅できる!


「各隊!突撃に移れーっ!」


その命令を下した瞬間である。


鉄楔の最前列の兵たちがバタバタと倒れ始めたのだ!

彼らの身体にはクロスボウの短い矢がつき立っていた。


弓矢の優位性の一つに「静か」に相手を攻撃できる事が挙げられる。

射手いてが出す音は弦を弾く音程度。

これを聞きつける事はまず出来ない。

見通しがきかない森などで弓隊の伏撃を受けた場合、

敵の位置が判明しないまま自軍が壊滅的打撃を受ける事すらあるのだ。


クロスボウの場合、通常の弓よりは出す音は大きい。

だが、騎乗しているため、走る馬の馬蹄の音にかき消され

無音での攻撃が出来ている。


これは恐ろしい。

バクラ軍の精鋭たる鉄楔隊は自分たちが、

なぜ倒されているかを把握しきれないのだから。


おまけに、騎兵隊が装備しているクロスボウは

レバー機構によって連射が出来る最新型だ。

鉄楔隊の兵員は次々と倒されて行った。


しかし、彼らは騎兵隊への突進を継続する。

槍さえ届けば敵を倒せるはずなのだ。


だが、騎兵隊は巧みに距離を保って

鉄楔の間合いには入ることは無かった。


騎兵隊が進行方向を変えるたびに鉄楔隊も槍先を構え直す。

それを何度も繰り返すうちに、緊密な三角陣は次第に形を崩していった。


「よし、敵に突入するぞ!全員、槍を構えろ!突撃!」

パターソンは命ずると愛馬を全力疾走へ移らせた。


200の騎兵小集団。

それは、「義勇軍」ことオストレーベ騎士団であった。


彼ら400の騎兵の内、

クロスボウを装備しているのは半数の200。


これをどう使うか?


パターソンは思案した結果、敵の動静を見て判断する事にした。

彼らの任務は敵の鉄楔を撃破・排除する事。

であるならば、出て来る鉄楔の数に合わせて戦うようにした方がよいだろう。


「出たとこ任せ」と言うべきか「柔軟な戦闘指揮」と言うべきか、

意見の分かれる所であろう決断を胸に義勇軍を前進させる。



街道西側の北東、待機していた丘から1500mほど前進した地点で

パターソンは敵軍を観察していた。


陣列を立て直した西側から、

鉄楔が2部隊、突進を始めるのを確認して

パターソンは部隊を2っに分けた。


それぞれクロスボウ騎兵100、通常の騎兵が100。


これは、クロスボウ騎兵だけだと突撃の威力が

大幅に下がる事が分っていたからである。


クロスボウ騎兵も馬の鞍に槍を括り付けてはいる。

しかし、クロスボウを「片付けて」槍に持ち替えるのは手間がかかる。

時間が惜しい戦場でそれを行うのは合理的ではない。


それに、弓矢の攻撃だけだと思ったら騎馬突撃が来るのだ。

きっと敵の混乱に拍車がかかるに違いない。


義勇軍・騎馬隊200 対 鉄楔500。

数の上では2倍以上の敵との対戦ではあるが

離れてクロスボウを打ち込み、

敵の数を減らせば十分、勝機はある。


パターソンはそう判断したのである。


いざ、戦闘を開始してみると、

敵の間合いに入らず、一方的に攻撃できる優位性に驚愕した。


クロスボウの連射によって敵兵はバタバタと倒れていく。

もちろん自軍の損害はゼロだ。


5分ほどで敵の鉄楔隊は半数ほどにまで減った。


いささか損害が大きいと思われるかもしれないが、

これには理由がある。


鉄楔アイアン・カイルの優位性はその移動速度にある。

通常の歩兵よりも素早く機動して敵に突撃する事で

対応する時間を与えずに敵を撃破する。


それが鉄楔の戦術なのである。


それを実現する為に、頭を守る革製のヘルム以外の

防具は着用していない。


「我らは常に移動し続ける。

それが攻撃力であり防御力でもあるのだ!」


鉄楔アイアン・カイルを創設したバクラ軍の将軍は

防具が無い事に不安を感じていた兵にそう語ったそうである。


しかし今回の戦いではそれが完全に裏目に出た。


距離によっては金属製の鎧すら貫通するクロスボウの威力。

防具を付けていない兵などひとたまりもない。

それが、30秒ごとに放たれるのだ。


ましてや三角形に密集している鉄楔である。

外す方が難しい状況でクロスボウ兵は連射を続けた。


その結果、短時間で鉄楔は多数の兵を失う事になったのだ。


陣形も乱れが目立ってきたのを見て取ったパターソンは

全隊に突撃を命じる。


鉄楔隊はこの突撃を受け止める事は出来なかった。


敵騎兵に対する切り札と言える鉄楔アイアン・カイル隊は

新たな兵種たる「騎馬弓兵」によって壊滅したのである。

時間にして10分程の戦闘であった。


鉄楔と義勇軍の戦闘が決着するころ。

後続していたバクラ軍はノルデン軍と戦闘を開始した。


お互い横陣で激突したのだが、

装備の質でノルデン軍がまさっていた事もあり、

バクラ軍は戦列を突破できずに一進一退の様相を見せていた。


そこへ、一時的に北東へ退避していた騎兵隊が敵側面から突入。

これによりバクラ軍は再び西へ後退を余儀なくされた。


こうして、西側の反撃はひとまず撃退に成功したのだった。



































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