第36話「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」18

北東街道をポルスカに向かって右側、

すなわち西側に陣取っていたのは

バクラ軍歩兵6000だった。


彼等はノルデン軍騎兵隊の突撃に

僅かな抵抗しか出来ずに

さらに西側に陣を構える友軍へと敗走した。


討ち取られた兵は800ほど。

残りの5000はノルデン騎兵隊の蹂躙から

逃げおおせたのである。


しかし、その兵たちの流れは

800mほど進んだ所で止まった。


彼等の西側に配置されていた、5000の友軍と

合流し、指揮官達の声を枯らした指示によって

兵たちは落ち着きを取り戻し隊列を組み直す事に成功したのだ。


「この攻撃は陽動、あるいは嫌がらせだ!数は決して多くは無い!

東側の軍団と挟撃すれば難なく潰せる!街道まで押し返すぞ!」


指揮官の命令に兵たちは武器を構え直す。


ただ、敗走した5000の兵の内、

まともな装備をしているの1000程でしかない。


そのほかの兵は主たる武器の槍ではなく、

副装備の短剣を持つだけである。

防具の装備に至っては皆無であり

戦力としては当てになるか微妙ではあったが。


「それに、鉄楔アイアン・カイルも2部隊いる!

敵の騎兵など恐れることは無い!」


バクラ軍は反撃の準備を整えて行った。



騎兵隊が敵陣に突入してから5分。


ノルデン軍・歩兵隊は駆け足で平原に侵入。

隊形を横陣に組み直しつつ、バクラ軍へ迫った。


街道の西側では、騎兵の突撃で崩されたバクラ軍が

さらに西側に展開している部隊へと向かって走る姿が見える。


ピーター・ストラグル大佐は

「ここまで脆いとはな…。」と拍子抜け気味だった。


「西側の部隊は逆茂木の撤去を急げ!

それが済んだら横陣で展開!

西側からの反撃に備えるのだ!」


街道の東側ではバクラ軍4000が

慌てて戦闘態勢を整えようとしている。


通常なら、歩兵1000人の大隊を1単位として

陣列を組むのだが、

現状、200人程度の集団がいくつか、

横陣形を取ろうとしているだけだ。


ノルデン歩兵隊は駆け足を続けながら

横隊へ隊形を変化させていく。


厳しい訓練で知られるノルデン領軍。

その錬度を見せつける見事な機動だ。


バクラ軍との距離が50mになった。


「突撃したら、敵を東側へ押し出すんだ!

街道付近から排除せよ!」


ピーターは剣を抜き、振り下ろしながら命じる。

「喚声突撃、用意!

総員、突撃にぃ移れーっ!」


駆け足から全力疾走へ移った歩兵隊は叫びながら

バクラ軍が激突する。


その勢いにバクラ軍は一気に戦列を砕かれ、東西に二分された。


東側に2500と西側に1500。


東側は、さらに東側のバクラ軍と合流すべく潰走していく。


ノルデン軍にとっての問題は西側にちぎれた敵軍である。


街道西側ではノルデン軍騎兵隊が

配置された包囲部隊を蹂躙している。

その乱戦に突っ込む訳にもいかず、

彼らは街道上に陣列を組むしかなくなった。


バクラ軍の指揮官はそれなりに優秀だったのだろう。

散らばった兵をまとめ上げ、何とか横陣を組み上げた。


兵がまとまって戦えるなら、時間稼ぎくらいはできる。

そうして東の軍団の来援を待てば、

敵を撃退できると考えたのだ。


「くそ!脆すぎるが為の状況か!」

ピーター・ストラグル大佐は顔をしかめた。


街道の両脇から敵軍を排除しつつあるのに

北東門前に敵が隊列を整えつつある。


排除は出来るが、時間がかかってはマズい。


補給馬車の突入を一刻も早く始めなければ

東西両側の敵軍が押し寄せてくる。


(損害覚悟で突入するしかないか?騎兵を呼べれば…。)


ピーターが突撃命令を出すか逡巡した時。


ポルスカの北東門が開き始めた!


「敵はこちらに背を向けているぞ!

救援軍に加勢し門前の敵軍を排除せよ!」


門の向こう側に姿を現したのは

ポルスカ領軍2000名の歩兵であった。


彼らの内1000名は、

二日前に自らの愛馬を糧食に差し出した騎兵隊である。


愛馬かぞくの仇は必ず取る!』


その決意をたぎらせた騎兵隊は

門前に展開するバクラ軍の背後から徒歩かちで突撃した。

騎士が下馬して戦うなど、屈辱にも程がある。

ポルスカ領軍はその怒りも門前の敵軍に叩き付けたのだ。


前後を挟まれる形となって、バクラ軍はパニックを起こした。

指揮官の懸命な指示・命令も統制を取り戻す事はできず、

兵たちは右往左往するばかり。


結局、彼らは1000程が討ち取られ、残りは散りじりとなって

西側へ逃走した。


こうして、ノルデン軍は街道の

東西500mほどの地域からバクラ軍を排除。

補給馬車の通路を確保したのである。


ピーターから合図を送られた馬車隊は前進を開始する。

ここまでに掛った時間はおよそ45分。

エドワードの想定より15分も短い。


だが、補給馬車は150台である。

全部の馬車がポルスカへ収容されるまで

1時間以上は掛るはずだ。


それまでノルデン軍は通路を確保し、

それが終われば撤退しなくてはならない。


(まだ半分も終わっていない。敵の反撃に備えなければ…。)

エドワードは気を引き締める。


エドワードが今いる所はバクラ軍が包囲のために設置した

天幕群のあたりだ。

ポルスカの城壁からは500mほど離れている。


騎乗したエドワードを100名ほどが取り巻いて護衛していた。

参謀は下馬し、天幕を調べている。

バクラ軍の現在の状態を確認するためだ。


装備や糧食の状況の確認。

さらには敵本営との連絡文書などが発見できれば

後に控える「決戦」に有益な情報となる。


参謀たちは周りの状況を気にしつつ、

出来る限りの情報を集めるためは走り回った。


その様子と東西の戦場を眺めていたエドワードの所へ

ポルスカ領軍の兵が走り寄ってきた。


「ポルスカ領軍、騎兵隊第2中隊長、ヤルク中佐であります!

ノルデン軍の救援、感謝いたします、閣下!」


敬礼するヤルクにエドワードは答礼して答えた。


「1か月にわたる包囲に耐えてこられた貴官らに、

心よりの敬意を表します。」


続けてエドワードは眉を下げて言葉を続ける。


「今回は解囲作戦で無いのが残念だが…。」


「これは、総攻撃の端緒では無いのですか!」

ヤルク中佐は目を見張った。


「帝国軍司令部は、未だ様子見の気配が濃厚だ。

だが、ポルスカへの補給が絶対必要とねじ込み、

我がノルデン軍単独で補給作戦を実施した。」


話すエドワードから少し離れた街道上を、

補給馬車の列が走っていく。


「帝国軍上層部には、敵は遠からず撤退すると言う者も多い。

だが、皇帝陛下はポルスカの市民や領軍の苦しみを

これ以上、長引かせたくないと仰られた。」


エドワードはヤルクを見つめる目に力を込めて続ける。


「帝国はポルスカを決して見捨てたりはしない!

中佐。あと少しだ!あと少しだけ持たせてくれ。」


ヤルクはエドワードの言葉に問いを返した。


「失礼ながら…。あと、どれ程持たせれば、よろしいのですか?」


軍人としては曖昧な命令で命を懸ける事は出来ない。

総攻撃の明確な日時を知らなければ対処の仕様が無いのだ。


エドワードは一瞬、目を閉じた後、

もう一度、ヤルクに言葉を紡ぐ。


「5日だ!5日後までには総攻撃かけるように

私が司令部を説き伏せる!」


さらにエドワードは目に力を込めた。


「もし、司令部が動かない時は、

我が軍だけで解囲作戦を実施する事を約束する!」


ヤルクは直立不動の姿勢を取ってエドワードに敬礼する。


「閣下のご覚悟、しかと承りました!

我らは最低でも5日後までは持ちこたえてみせます!

総攻撃の際には我らも打って出て、

バクラの奴らを追い払って御覧に入れます!」


「よろしい。頼んだぞ!」


エドワードの言葉にヤルクは表情を引き締めて頷くと

ポルスカへ走り出した。


その後ろ姿を見ながらエドワードは胸の内で

どうやって総攻撃に持って行くことが出来るか思案していた。


(現状では、ザビネ公爵が反対すれば実施できないな。

ヤルクに啖呵たんかを切った手前、その言葉を

反故ほごには出来ない…。)


さて、どうしたものか?


エドワードが思考を巡らせていると。


ピーターが大声で報告を叫ぶ。


「敵、東西から接近しつつあり!各員、戦闘用意!」


態勢を整えたバクラ軍の反撃が開始された。











































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