第27話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」 9

皇帝マルティネス4世の寝所へ進んだクラウスは臣下の礼をとり

陛下に言上した。


「ポルスカ内の状況は最悪へと進みつつあります。

何か手を打たねば早晩、開城となりましょう。

一刻も早い攻撃を。」


マルティネス4世は少し顔をしかめてクラウスに言った。


「余と其方しかおらぬのに、その堅苦しさはなんじゃ。

椅子はないがの、余の寝酒の相手をしてくれぬか?」


それを聞いたクラウスは立ち上がり

寝台に腰掛ける皇帝を見下ろしながら口を開く。


「やれやれ、せっかく臣下らしくしたというのに。

マルティは相変わらず皇帝らしく無いのう。」


「貴様こそ。

とっとと隠居して、面倒事から逃げおったくせに。

のう、クラート。」


実はこの2人。

30年前の公爵継承の儀において意気投合し

お互いを愛称で呼び合う仲となっていた。

歳は15ほどもマルティネス4世が上だが

お互いを帝国治世における同志として

また、得難い友人として認め合ったのである。


マルティネス4世はクラウスの治世を参考にし、

自身の治世に取り入れたりもしている。

彼はクラウスを執政府長官に据えたがったが


「公爵領の治世で手一杯なわたくしです。

帝国全体の面倒は到底、見切れませぬ。」

と固辞していたのである。


そんなクラウスではあったが、マルティネス4世の治世が

安定するように陰から協力した。


民声情報室から得られた情報の内、

帝国全体に関わる物を皇帝に流していたのだ。

その情報は幾つもの危機を切り抜ける切り札となった。


そんな経緯もあり、マルティネス4世は、

「いかなる時も最優先で面会できる」アマリリスの一員に

クラウスを指名したのである。


「其方が言うからには、ポルスカはそれほど酷い状況なのか?」


「うむ。ワシが潜らせておる影から鳩を使って連絡が来た。

糧食が底をつきかけておるので領軍騎兵隊の軍馬を食用に回したと。

その際、公爵自身が愛馬の首を落として、最初に解体したと、な。」


「あの馬狂いのダリウスがそんなことをしたのか!」


ダリウス・ポルスカ公爵は

自領で良質の軍馬が生産できることもあり

馬に途方もない愛情を注いでいた。

それは、他の公爵から「馬狂い」と揶揄されるほどである。


その彼が、自身の命に次いで大切にしている愛馬を食用に解体した!


マルティネス4世はその行為の重たさに震えがくるようだった。


しかし、これはダリウスの側近として潜っている

クラウスの影が示唆・誘導した結果である。


影はダリウスに、こう進言した。


「打って出ないのであれば、馬たちを食用にしましょう。

馬たちへ与えるはずの食料を、持ちこたえている市民に

与えることが出来ます。


そして、閣下の覚悟を見せる事で、多少なりとも

士気を回復させる事もできるはずです。


奪還軍も間もなく動くでしょう。

その時、我が領軍が動けなくては敵を挟撃できません。

領軍の士気回復と体力の維持のため、どうかご決断を!」


こうしてポルスカ領軍の騎兵隊、1000名の愛馬たちは

糧食へと姿を変えた。


騎兵にとって愛馬はただの相棒ではない。

言わば家族であり愛情を注いで育て、

ともに苦難を乗り越えてきた戦友である。


それを戦で倒れる事も無いまま、食用にせよとは!


当然、彼らは激高した。

反乱の一歩手前まで騒ぎが大きくなった時。

ダリウスが彼らの前へ愛馬を引いてきた。


そして、従者から斬首用の斧を受け取るとためらいなく

愛馬の首へ振り下ろした!

愛馬はいななき一つ漏らさずにその場へ倒れ込む。


騎兵たちは静まり返った。


「これで、どれ程の者たちの腹を満たせるかは分らんが、

出来るだけ多くの者に食わせてやってくれ。頼むぞ。」


ダリウスは引き連れてきた肉屋に頭を下げて、その場を立ち去る。


とめどなく流れる涙もそのままであった。


領主の覚悟を見届けた騎兵たちは

それぞれの愛馬に自ら斧を振り下ろし、家族に別れを告げた。

それを終えた彼らの瞳には、今までになく強い炎が宿っている。


家族をこんな目に合わせる事になった敵を許すものか!

必ず蹴散らして、復讐の炎で焼き尽くしてやるぞ!


彼らはその決意を胸に、泣きながら愛馬の肉を

口にするのであった。


「ポルスカ領兵の士気は回復、いや、

これまでにないくらい上がっておるようじゃ。

しかし、これは一時的な物じゃろうて。

ここで我らが動かねば、彼らは見捨てられたと感じて

自暴自棄となるであろうな。


敵に突撃を掛けて壊滅するか、開城して楽になるか。

いずれにしても、ポルスカは落ちるの。」


「しかし、打つ手がない。

ネウロスと取り巻きが優勢な以上、総攻撃など出来ぬぞ。」


ネウロス・ザビネ公爵。

彼はこの戦役に最大兵力を出している。

その数、6万。

15万の動員兵力の4割を占めている。

それを動かすにはザビネ公爵を納得させねばならない。


だが。


皇帝選挙で対抗馬となるポルスカ公爵の勢力削減のチャンスと

思っている彼は動くまい。


そう考えた皇帝はしかめ面でクラウスに答える。


「そこでじゃ。

ワシが率いて来た補給部隊を使ってみてはどうかの?」


ニヤリと笑うクラウスを見て、

マルティネス4世は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。


クラウスから作戦の詳細を聞いて、

マルティネス4世は光明を見い出した。


それなら、ポルスカを持ちこたえさせ、

総攻撃の調整を行う時間の猶予を得ることもできよう。


「良いだろう。明日の軍議でノルデン公爵の提案を裁可する。

しかし、クラート。貴様の策略は相変わらず辛辣だな。」


「ネウロスのガキが皇帝になったら、この国は亡びるぞ!

そうせぬ為に策を巡らせておるだけの事よ。

出来れば、婿殿が皇帝になってくれるとよいのだがな。」


「婿殿?

あぁ、先ごろコレット嬢とノルデン公爵が婚約したのだったか。

であるなら、ワシも今しばらく、帝位を手放す訳にはいかんな。

あと5年程か…。

では、くれぐれも健康に気をつけるとしよう。」


「それなら、まず、寝酒の習慣を改めるべきじゃな、マルティ。」


「おいおい、皇帝と言う激務における唯一の楽しみを奪わんでくれ!」


2人は親しい友人のみに許される軽口を交わしながら

笑いあうのであった。












































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