第28話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」10
ポルスカからの伝令が陣営に駆け込み、
言上した直後に息絶えるという出来事が
あった翌日。
この日も朝から「軍義」と言う名の
時間浪費が始まっていた。
伝令の言上を耳にし、その姿を見たはずの諸侯たち。
いくらかは思う所があるかもしれないが
やはり、ザビネ公爵を気にして誰も口を開こうとしない。
エドワードが補給作戦を提案しようとした時だ。
「ポルスカの士気を回復させるため、
小規模な攻撃を行いましょう。」
そう提案したのは、現オストリーベ公爵・カリウスだった。
「このまま、にらみ合いを続けても
方策を見つけられないのであれば
様子見に一当たりするのが良いかと。」
カリウスは「強行偵察をしてみよう」と言っている。
強行偵察とは、
ある程度の戦闘力を持たせた部隊を
敵地域へ侵入させる偵察行動である。
敵地域へ軍を進ませる事で敵の反応や伏兵の有無の確認をしたり、
こちらが把握していない陣地を見つけるなど、
敵軍に反応をさせて、それを見定めるという任務を担う物だ。
敵に反応を強いる以上、反撃で損害を受けることもある。
もし、こちらの想定以上の敵戦力と遭遇すれば、
兵力の3割以上を失って、組織的な戦闘を継続できなくなる
「全滅」をする事さえ有り得る。
しかし、それさえも許容されてしまうと言う苛酷な戦闘行動が
強行偵察と言う物なのだ。
そんな作戦をカリウスは提案した。
(いくら戦う事が必要だと言っても…余りにも無謀だ。)
カリウスは凡庸な公爵では無い。
あのクラウスの息子なのだ。
飛び抜けて優秀では無いかも知れないが
決してバカでは無い。
その彼が無謀すぎる作戦を?
エドワードは違和感を覚えて、カリウスの顔を覗くと
なにやら意味ありげな視線を、エドワードに流した。
エドワードは思い出す。
「貴族の常套手段」と言うヤツか!
カリウスは自分の提案を通しやすくするための
地ならしをしてくれているのだ。
最初に「無謀過ぎる案」を出して置けば
次に出す「多少は無謀な案」の無謀さの度合いを下げる
演出が出来る。
「カリウス殿、どれ程の兵力を投入するお積りか?」
ザビネ公爵の派閥に属する伯爵が問いただす。
「歩兵2000と騎兵が1000。3000もあれば十分でしょう。」
伯爵は哀れむような表情を作って答えた。
「それでは、全滅確実ですぞ!
だいいち、敵の布陣は判明しており、
その戦力も以前の戦役から、かなりの確度で推定できる。
その作戦は無駄どころか、我が軍を不利に陥れますぞ。」
伯爵の言う通りだ。
20万の敵兵に3000の兵が突撃すれば確実に全滅するだろう。
その有様を見た味方は、士気を落とすに違いない。
ただでさえ、5万の兵力差がある。
勝利するためには一兵でも惜しい状況で、
無駄に消耗して良い兵など存在しないのだ。
「しかし、このままでは戦わずしてポルスカは落ちます!
何らかの手を打たねば…」
カリウスは食い下がった。
「カリウス殿の気持ちは理解できる。
しかし、現実として5万の兵力差がある以上、
敵の糧食切れを待つ方が得策なのだ。
貴殿の領兵を無駄死にさせてはなるまいぞ。」
ザビネ公爵の言葉に唇をかむカリウス。
しかし、その瞳には「してやったり」と言いたげな
輝きが宿っていた。
少しうつむいて見せた事で、ザビネ公爵たちからは見えなかっただろうが。
全滅覚悟の無謀な作戦の提案。
それは「裁可される事が無い事」を前提とした確信犯的な行動だった。
それを理解したエドワードは、
将来の「義兄」カリウスに心の中で頭を下げた。
補給作戦を提案するのは、ここだ!
エドワードは口を開く。
「では、ポルスカへの補給をしてはどうでしょうか?
ポルスカの問題は糧食不足と士気の低下です。
どちらか一つでも解決できたなら、ポルスカは、まだしばらくは
持ちましょう。」
ザビネ公爵は嘲りを含んだ笑顔を見せつつ答えた。
「補給?包囲陣を突破して強行するのかね。」
「そうです。もしお許しがあれば、我が領軍でやって見せましょう!」
とうとうザビネ公爵は声を上げて笑い始めた。
「ノルデン公爵。どうやるつもりかね?
だいいち、その補給に使う物資は?輸送用の馬車はどう手配するのだ?
確かに、現状、我が軍の補給は足りておるが、
ポルスカに渡す余裕などこにも無いのだぞ?」
言われてみれば確かにその通り。
帝国軍の輜重部隊は補給を途切れさせてはいない。
だがそれは、15万と言う大軍を陣営させるために消費されるものだ。
余分な物資など有りはしない。
しかし、エドワードは知っている。
補給作戦に使える物資が、馬車がある事を。
クラウスの補給部隊について、ここで口にしても良いのか?
エドワードは迷った。
その時、マルティネス4世が口を開く。
軍議の席では、まるで空気のように存在感を消していた
皇帝の発言に一同は驚いた。
「昨日、夕刻に、余がポルスカに潜らせている者から鳩が来た。
ポルスカ公は糧食の足しにと、愛馬を含む騎馬隊の全軍馬を
解体したそうじゃ。」
それを聞いた高位貴族たちは息をのんだ!
「馬狂いのダリウスが愛馬を…」
ポルスカの状況はそれほど悪化していたのか。
改めて現状の厳しさを聞かされた彼らは思考を巡らせる。
このままでは、本当に開城してしまうかもしれない。
帝国として受け入れがたい敗北が迫っているのだと
この席の誰もが感じた。
いや、一人だけ違う事を思った人物がいる。
ザビネ公爵。
彼はそれを聞いて、内面でほくそえんだ。
(順調だ。私の思惑通りに動いている。
ダリウスの奴が破滅するまであと少しだな。
私には開城後、取り返す手段がある。
ポルスカを取り返せば、私が救国の英雄だ!)
皇帝の言葉は続く。
「ポルスカ公が覚悟を見せた事で
領軍の士気は最高潮に達したそうじゃ。
ここで、我らが動けばポルスカ防衛の目も出てくるの。
補給作戦、ぜひとも実施したいとおもうのじゃが…」
まずい!
ザビネ公爵は皇帝の言葉に焦りを覚えた。
一種のお飾りとは言え、皇帝の権力は公爵家を優越する。
皇帝が命じてしまえば補給作戦が実施されてしまうのだ。
成功すればポルスカは持ちこたえてしまう。
自分の構想に狂いが生じるかも知れない。
「されど、陛下。
先ほども申し上げたように、物資の余裕はありませぬ。
さらに、馬車の手配もすぐにと言う訳には…」
ザビネ公爵がマルティネス4世に反論している時であった。
「前オストレーベ公爵、クラウス・オストレーベ様が来られました!」
天幕の外から大音声でクラウスの到着が知らされた。
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