第29話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」 11
天幕入り口の帆布が開けられ、
クラウスが胸を張って入って来た。
中央に据えられたテーブル。
それを囲んで着席している諸侯たち。
正面に皇帝が座り、その右側列にザビネ公爵とその派閥貴族が
左側列にその他の貴族が着席している。
カリウス、エドワードも左側だ。
クラウスは左側を通って皇帝へ近づき、跪いて、言上する。
「クラウス・オストリーベ、命により、
我が領から補給部隊を率いて、ただいま到着いたしました。」
「クラウス、大義。楽にせよ。」
皇帝の言葉にクラウスは立ち上がり休めの姿勢をとった。
「今、ポルスカ救援策を検討しておる所じゃ。
そう言えば、其方は武勇にも優れておったな。
何か、良い策は無いか?」
エドワードは心が浮き立つのを押さえきれずに声をかけた!
「前公・クラウス殿!
その物質、私に譲っていただく事は可能だろうか?」
「ノルデン公爵!
陛下の御下問を遮っての発言とは不敬であろう!
それに、物質は「帝国軍の物」。
勝手に「融通しろ」とは言語道断!」
ザビネ公爵の怒声が響く。
「まぁ、落ち着け、ネウロイよ。
クラウスに尋ねたい事がある故にな。」
マルティネス4世の言葉にネウロイ・ザビネ公爵は
口をひきむすんだ。
「クラウス。補給部隊はどの道を使ってここまで来たのだ?」
「は、オストレーベより西進。
ノルデン領、ヴェストベルガー領を経由し、
北東街道を南下して参りました。」
クラウスの答えにザビネ公爵以下は首を傾げる。
補給部隊は今回の戦役において、帝都の集積所を経由して
前線に送られる事になっているはずだ。
ノルデン・ヴェストベルガーを経由すると
帝都は通らない。
「では、直接、こちらへ来たと言うのだな?」
「その通りでございます。
我が領からこちらへ来るには、それが最も早うございました。
王命には「できる限り早く」補給を送れとありました故。
帝都を経由すると3日程、余計に掛かりますからな。」
クラウスは事も無げに答える。
「待って頂きたい!
クラウス殿、帝国軍への補給は集積地を経由するのが手順のはず。
それを手前勝手な判断で変えてしまえば、
計画に狂いが生じるばかりか到着後に現場が混乱する事も必至。
そのような事をなさるのは、いささか無責任ではござらんか!」
ザビネ公爵が再び食って掛かる。
それに対してクラウスは心外だと言わんばかりに言葉を返した。
「なにをおっしゃる。
臣下は王命を「正しく」遂行するのが務めではないか。
ワシは命令書に記された通りに行動しただけじゃよ。」
そう言ってクラウスは懐から書面を取り出す。
マルティネス4世からの正式な命令書であった。
ザビネ公爵は、それを確認して顔をゆがめた。
クラウスの言葉は詭弁に近いものであるが、
確かに命令書には「出来るだけ早く補給せよ」と
書かれているのだ。
実際には、そんな命令はされていない。
昨夜の密談において、急遽作成されたものである。
クラウスが物資を自由にできる根拠を与えるための細工なのだ。
「であるなら、その物資はいまだにクラウスの手にあると?」
「そうなりますか。ワシが自領から持ってきた物ですからな。」
クラウスの返答を聞いてマルティネス4世はニヤリとした。
「実はな、先ほどノルデン公からポルスカへ
補給作戦をしてはどうかと提案があった。
余としては裁可してやりたいが、
物資や輸送用馬車の手配をどうするのか?と
ザビネ公から懸念が示されたのじゃが…。
其方の物資と馬車、使わせてもらうが、良いかの?」
「ははっ!御意のままに!」
クラウスは再び跪いて頭を下げた。
「エドワード・ノルデン公爵。
前公爵・クラウス・オストレーベが用意した
物資・馬車を用いて補給作戦を遂行せよ。
これは、勅命である。」
エドワードは立ち上がり腰を折って頭を下げる。
「はっ!ご下命いただき、ありがたき幸せ。
必ずや、成功させて御覧に入れます!」
「うむ。作戦の詳細はノルデン公に一任する。
ポルスカの状況は一刻を争う。急ぐのだぞ。」
こうして、ポルスカへの補給作戦は裁可された。
「ノルデン公よ、先程、領軍のみでやると言っておったが
少々、心細くはないか?
諸侯の内、いくらかを与力させても良いが?」
マルティネス4世の言葉に各貴族はギョッとする。
作戦は裁可された。
しかし、成功の見込みはそれほど高くないだろう。
損害も馬鹿にならないはずだ。
敵はあと少しで糧食切れを起こし、撤退する。
彼らはそう思い込んでいる。
自軍に損害を出さずに済むならそれに越したことは無いのだ。
ここでこの作戦に参加させられる貧乏くじは引きたくない。
諸侯はエドワードの返答を待った。
そこへ、クラウスが口を開いた。
「陛下。北東街道への門付近に布陣する敵勢はおよそ1万。
その南東側へ隣接する敵軍が2万でございます。
この3万の敵を何とかすれば良いのです。
ノルデン軍は13000の小勢とは言え、
最新の武器・最良の防具を備え、兵の練度も充分以上の
やれないことはございません。」
「では、与力は必要ないと言うのか?」
皇帝の問いに、クラウスは口角を上げて答えた。
「それに、このワシがノルデン公の傍に付きますでな。
ご心配は無用じゃて!」
満面の笑みに表情を変えて言い切るクラウス。
エドワードはそれを見て。
(何やら策を用意しているようだけど…。何をやるつもりなんだ?)
頼もしく思う一方で不安も感じていた。
クラウスの言葉を聞いた諸侯は安どの息を吐く。
どうやら与力をしなくても良さそうだ、と。
その時。
「失礼いたします!ヴェストベルガー公爵さま!
御領地からツバメが飛んで参りました!」
天幕の入り口から伝令が、そう報せたのである。
「ツバメが飛んで来た」。
これは最優先で知らせるべき情報を持った
早馬が着いたという意味の符丁だ。
テーブル左列に着席していた、
ダーメンド・ヴェストベルガー公爵は立ち上がり、皇帝に願い出た。
「陛下。領地にて何やら騒ぎが起きたようでございます。
しばし、中座させていただいても宜しいでしょうか?」
ヴェストベルガー公爵。
小太りの40代で頭髪は両側にあるだけの禿げ頭が目立つ男である。
昨夜、モルコスとクラウスが冗談のネタにした
「どこぞの公爵閣下」とは彼の事だった。
「よい。火急の報せであるなら、そちらを優先せよ。」
ヴェストベルガー公爵は一礼すると天幕の外へ向かった。
(さて、仕込みは十分じゃな。これからが本番じゃよ。)
クラウスはヴェストベルガー公爵を見ながら
ほくそ笑むのだった。
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