第21話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」3

「さて、婿殿。この重たい空気はどうした事かの?」


クラウスは着席すると、エドワードに問いかけた。

眼前のテーブルにはポルスカを中心に

現在の両軍配置が記された地図が拡げられている。


ポルスカは直径4kmほどの円形の

城壁に囲まれた都市だ。

バラク王国軍が城壁に沿って配置され

ポルスカを包囲している。


彼らは西側から進撃してきた。

ポルスカの直前で2つに分かれて南北から

包んで行く。

そしてポルスカの東側で合流して

包囲を完成させたのだ。


その兵力配置には偏りがある。

ポルスカから南東に伸びる街道を起点に

中央軍6万人を配置。

その両翼に4万人づつ。さらに両翼を伸ばして

2万人づつが配置されている。


つまりバラク王国軍はポルスカの南西から東にかけて

18万人を配置して、北東から南西にかけては2万人で薄く包囲している状況だ。


バラク王国軍は救援軍を撃破した後にポルスカを落とす

「後詰め決戦」を狙っていると推測された。


「なるほどのぉ。ザビネ公以下が慎重になるのも道理じゃ。

しかし、ザビネの奴は別の意図も持っていそうだがの。」


クラウスは右手で顎をしごきながら

地図を眺めてそう言った。


「で、婿殿はいかがする積もりじゃ?」


エドワードはしばらく無言だったが…


「ポルスカの士気低下は食料不足と

救援軍が行動を起こさない事が原因でしょう。

どちらか片方だけでも打開出来れば

もうしばらくポルスカを持たせる事が出来ると思いますが、

我が軍だけで動く事も出来ず…。

実際、お手上げと言う所です。」


エドワードはクラウスの目を見ながら

正直な感想を口にした。


「そうか。ところで、補給計画についてはどう聞いておる?」


クラウスは微笑みを浮かべつつ

エドワードに尋ねた。


「2日後に大規模な補給部隊が到着すると聞いて…えっ?」


参謀に確認をしたエドワードが驚愕の表情を浮かべる。


「それがワシが率いて来た連中じゃよ!

ちょいと工夫をしたのでな。早く着いてしもうたわ!」


クラウスは笑みを大きくしてエドワードに告げた。


「しかし!補給部隊到着の報せはありませんでした。

彼らはどこにいるのですか?」


「北東街道。ここから3時間くらい掛かる所で待機させておるよ。

少々、急がせたからな。休息も必要じゃろ。」


「ですが!補給部隊は全軍の輜重の要。

一刻も早く到着を知らせるべきでは?」


エドワードはクラウスの意図を読めずに困惑した。


「なに、補給部隊は『計画通り』到着すれば良い。

工夫をしたと言ったであろう。

それを『元通り』にしなくてはいけないのじゃよ。」


工夫?元通り?


エドワードはクラウスの言葉に理解が追いつかない。


「ま、見た方が早いな。

工夫した馬車でここまで来たから、それを見せよう。」


そう言うとクラウスは席を立った。

エドワードと参謀たちはクラウスの後に続く。


天幕から少し離れた開けた場所にその馬車は停まっていた。


4頭引きの大型馬車である。


(うん?4頭引きだって?)


エドワードは目をしばたく。

帝国軍の補給馬車は通常、2頭引きのはずだ。

それに御者席には3人が座っているではないか。


そのうち2人はどう見ても御者には見えない。

盛り上がった筋肉を見る限り精強な戦士、あるいは騎士なのではないか?

これが工夫なのか?

どうにもエドワードは理解できない。


「お前たち、ノルデン公爵閣下に『工夫の成果』をお見せしろ!」

「はっ!」

クラウスの命令により戦士らしき2人が御者台から飛び降り

行動を開始する。


彼等は縦に二頭づつ繋がれた馬の内、前列の二頭を馬車から外す。

そして鞍や鐙を据え付け騎乗準備を完了した。

さらには自らも鎧を装着し武装も整える。

最後にひらりと馬に飛び乗った。


エドワードは感嘆した。

目の前には『通常の補給馬車』と完全武装の騎士が2人いる!

しかもこの換装に要した時間は5分ほどであった。


「クラウス殿。これが工夫ですか?」


「そうじゃ。工夫の一つじゃよ。

あの2人はオストレーベ騎士団の精鋭でな。

此度の戦に増援として連れて来た。」


「お待ちください。各公爵家の騎士団は自領から出て

活動することは禁じられているはずでは?」


帝国では公爵家に限り騎士団の所有が認められている。

それはあくまで自領防衛の為であり、

そこを離れる事は帝国法により禁じられているのだ。

精強な騎士団が他領に入る事はすなわち宣戦布告と取られ、

大規模な紛争が勃発しても不思議ではない。

あるいは、帝国に対する反乱として各公爵家から討伐軍が派遣される事態に

なるかもしれない。

事程左様に騎士団の投入はリスクが大きすぎる。


「心配するでない。この2人は『義勇軍』じゃからして。」


クラウスの発した言葉にエドワードは絶句した。























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