第22話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」4

義勇軍。

これは国家・組織の枠ではなくあくまで、『個人』として

戦争・紛争に参加する者たちを指す。

つまり彼等はオストレーベ騎士団員ではなく『個人』として

ノルデン軍に与力する…。


エドワードは右手で両こめかみを押さえつつクラウスに尋ねた。


「それで大丈夫なんですか?確かに個人の自由は尊重されるでしょうが、

他領の騎士団員が『義勇軍』として与力するなど聞いたこともありません。」


「何事も初めてと言う物はあろう。今回がそうだっただけの事じゃよ。

ほれ、見てみよ。2人の鎧を。どこにもオストレーベ騎士団の紋章は

入っておらぬぞ?」


クラウスはニヤニヤ顔をエドワードに見せつつ2人の騎士を指差した。


エドワードは2人を改めて見てみる。

確かにどこにもオストレーベ騎士団の紋章、獅子の横顔は入っていない。

と言う事は本当に『義勇軍』として参戦するつもりなのだろう。


オストレーベ公爵家。

「東方の獅子」と言う家名に相応しく勇猛苛烈な人と為り。

しかし、子猫を守る母猫のように慈愛に満ちた治世を行う

「最良の公爵様」として領民からの支持を受けている。


そんな公爵家騎士団の精鋭が参戦してくれる。

エドワードはこの思いがけない増援を頼もしく思ったのだが…。


「クラウス殿。『義勇軍』はどれ程の数がいるのですか?

一部隊を編成でき無ければ、意味がありません。」


そうなのだ。

「戦いは数だよ、兄貴!」

かつてそう言い放った将軍もいた。

どれほど戦力的に優越していても数がなくては

雑兵どもの餌食になるのは目に見えている。


「さて、どうだったかのぅ?あぁ、今回の補給部隊は200台だったの。

全部に工夫を凝らしておる故、400人…」


「オストレーベ騎士団の全人員ではありませんか!」


さすがにエドワードも怒鳴ってしまった。


自領を守護する騎士団の総員出撃!

いくら警護部隊が残っているとしても流石に防衛力が

手薄になりすぎだろう。


オストレーベ公爵領の東にはそれなりの大国が存在し

そことは決して友好的とは言えない関係である。

もし、手薄な事に気が付いた東国が攻めて来たらどうするのか?


「大丈夫じゃよ。東国とは話を付けてきた。

貿易関税を5年ほど停止すると提案したらホイホイのってきたわ!」


つまり、関税停止を材料に一時的な不可侵条約を結んだと。


流石は「帝国の大狸」。

やることに抜かりなしだ。


「待ってください。そう言った決済権限は領主カリウス殿にあるのでは?

隠居のクラウス殿が決済するのは如何なものかと。」


帝国は公爵家が集まった連邦国家。

公爵領は一つの国としての側面も有している。

その一つが『独自外交権』と言う物だ。

これは「国境を接する隣国との交渉・条約締結を

公爵領独自に行うことができる」事を規定している。

もちろん、その権限は領主に帰する物だ。

いくら前公爵とはいえ、クラウスが勝手に締結する事は出来ない。


「何を言っておる。領主が不在の時は「代行」が権限を持つと

帝国法に記されておるではないか。」


そうだった。


領主が領地に不在になることはままある。

帝都での会議や今回のような出征。

そんな時は代行が権限を掌握する。

領主が不在でも政務を滞りなく進めるためである。


クラウスは領主カリウスから代行に任命されている。

故に外交条約を結んでも問題ない…のだが?


「領主と代行が不在となると、今、オストレーベ公爵領の

最高権限者は誰なんですか?」


領主・代行が領地にいない。

こんな時はどうなるのだろうか?


「それはな、代行が別の代行を任命するのじゃよ。

今回はカリウスの嫁のレイチェルに押し付けて来たわい。

ちと、可哀そうな気もしたが領主夫人じゃしな。

大丈夫だろうて!」


じつにいい顔で言い放つクラウスを見て

エドワードはもう一度こめかみに手を当てるのだった。










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