第24話 「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」 6

エドワードの手に収まるクロスボウ。


通常の5分の4サイズで作られたそれは

通常のクロスボウよりも軽く取り回しもよい。

果たしてどう使うのだろう?


「バクラ王国軍に対するときに厄介なのは鉄楔アイアン・カイルじゃ。

あれのせいで騎兵の損耗が馬鹿にならん。」


鉄楔は500人ほどで隊形を組み戦場を駆け回る。

常に前進し続け、こちらの騎兵を狙ってくるのだ。


「騎兵殺し」。

鉄楔はそんな風に呼ばれることもある。


「だが。奴らにも弱点があるのじゃ。」


クラウスはエドワードの目を見ながらそう口にした。


(これは、口頭審問だな。正解を出してみよって感じだ)

エドワードはそう思いつつも思考を巡らせる。


奴らの強みは揃えられた槍。

それを前進させる強固な意思。

しかし、移動速度は騎兵にかなわない。


うーん。なにか引っかかるな………。


速度?意思?槍?


敵を倒すのに必要なのは…槍!


槍ならば近接戦…そうか!


「鉄楔は近接攻撃しかできない!

ならば槍が届く範囲外から攻撃すれば良い!」


「うむ、正解じゃ。」


クラウスが頷くのを見てエドワードは口元をほころばせた。


「では、どうやって範囲外から攻撃すればよいかな?」


(くっ!お代わりかよっ!)

エドワードは再び思考を巡らす。


ここにクロスボウあるのだからこれを用いるのが前提だ。


鉄楔を攻撃するのに離れていなければ被害を受ける。

しかし、射程は150m程。

快速を誇る鉄楔なら距離を詰めるのに

20秒と掛からないだろう。

クロスボウ隊が徒歩なら

あっという間に接敵されて蹂躙されるな。


接近される前に逃げるという手もあるが、

おそらくクロスボウを担いだ兵より足が速い。

追いつかれて潰される。


移動速度が問題だな…待てよ?

もしかして………。


「騎兵にクロスボウを持たせるつもりですか!」


「よくわかったのぅ!流石は婿殿じゃ!」


クラウスは満面の笑みを浮かべた。


「騎兵にクロスボウを持たせ、

接近と離脱を繰り返しながら矢を放ち続ける。

正面から、横から、あるいは後ろに回り込んで矢を放つ。


槍は届かんから一方的に射ち放題じゃ!

奴らはその度に対応しなくてはならない。

陣形も崩れようぞ。

そうなれば通常の騎兵突撃で粉砕できるわ!」


エドワードは舌を巻いた。

隠居した身とはいえ、やはりクラウスは武勇・知謀に長けた傑物だ。

それをまざまざと見せつけられた気がした。


「しかし、騎兵がクロスボウを満足に扱えますか?

それに射る時には停止しなければなりません。その隙に接近されるのでは?」


エドワードは疑問をぶつける。


「ふん。我が騎士団の兵を見くびるでない。

選抜した者たちで充分な訓練を重ねておる。

今では走りながら矢を放ち、その命中率は驚くほどになっておるわ。」


「よく思いつきましたね。目から鱗です。」

騎兵にクロスボウ。

こんな大胆な用兵を思いついたクラウス。

エドワードは手放しで称賛した。


「実はな、領地内を見て回っておった時に

東国との境にある村の祭りで見かけた

『ヤプサメー』と言う神事からヒントを得たのじゃ。

馬を直線に走らせ、その馬上から馬場の真横にある

的を射ると言う物だったわ。


騎手は手綱から手を放し、半弓を用いて的を射ておった!


素晴らしいバランスで馬を走らせ的確に的を射抜く。

その姿に大興奮してな。

共の者に「はしたないですぞ」と、たしなめられてしまったわい。」


年甲斐もなくはしゃぐクラウスの姿をエドワードは想像しようとしたが

目の前のクラウスからはとても想像できなかった。



「しかし、クラウス殿。

領内視察の時に見かけたのは運がよかったですね。」


「視察などしておらぬぞ?」


どう言う事だ?


「共を連れて領内を見て回るなら視察でしょう?」


「そんな大げさにしたら民たちの素が見えぬではないか。

彼らの暮らしぶりや、領主・貴族に対する考え。

それを正しく知るためには、こっそりと覗くのが一番だと思わんか?」


「では、『お忍び』で、ですか?」


「うむ。ワシは中堅酪農家・ソルベの隠居、クルトと名乗ってな。

共に騎士団の新鋭、スケッテラーとカクロンを連れて

物見遊山の旅に出たのじゃよ。

他にも影としてユーミとヤシークが付いておった。

オンボロ馬車での3人旅は面白かったぞ!」


クラウスが隠居して最初にしたのがこの「お忍び」であった。

彼は半年ほどを掛けて領内の隅々まで見て回ったのである。

その道中で、いくつかのトラブルを解決したり、

はたまた隣国から仕掛けられた陰謀を阻止したりしていたのであるが

それはまた別の話になる。


「なぜ、そのような事をされたのですか?」


クラウスは瞳に少しばかりの真剣さを浮かべてこう言った。


「答え合わせじゃよ。ワシの治世が正しかったかどうか?のな…。」





































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