第42話「前公爵 クラウス・オストレーベは暗躍を楽しむ」24
未知と無知?
突然の問いに全員が戸惑う。
先ほどクラウスは「粉塵爆発」でバクラ軍団を
足止めすると言った。
そして、爆発の物理的な力だけではなく
「心理的な効果」を付け加えて
より効果的な物にすると。
その為にコレットに一言、「唱えて」もらう。
それに関連する事だと思うのだが…。
クラウスは天幕内の全員がキョトンとしているのを
見渡して、口を開いた。
「軍議の開始から随分と時間が経っておるゆえ、
少々、駆け足で話すとしよう。
未知とは、ある事象について
「知識はあるが自らは経験していない」
と言う事であり、
無知とは、ある事象について
「知識を一切持っていない」と言う事じゃ。
これを戦いに当てはめると、
敵の攻撃手段について、何らかの知識があるのか?
それとも何も知らないのか?と言う事になる。」
クラウスはエドワードに問いかける
「婿殿。敵が未開の蛮族で弓矢を知らないとする。
弓を向けたとして彼らは
「弓を知らないとしたら、そんなことは無いでしょう。
それを使って何をするか知らない以上、
それは無い物と変わりありません。」
エドワードの答えにクラウスは
「つまり無知である物に対しては恐怖することも出来ないのだ。
そのまま突っ込まれて弓兵を撃破されてしまう事も起きうる。
だが、彼らが弓を知っていたら。
次に起きる結果を想像して足を止めるかも知れない。
この、知っているが故の恐怖や
利用するのが心理的な攻撃と言う事じゃよ。」
弓隊指揮官アルド・ストリングス少佐が疑問を投げかけた。
「そのお話ですと、
粉塵爆発は敵にとって「無知の物」と言う事になりませんか?
であるならば、恐怖を抱くこともありません。
足止めにならないのでは?」
クラウスは少し口角を上げてストリングス少佐を見やった。
彼の質問はこういった議論でよく出て来る物だ。
先ほど話した前提に引っ張られて
誤った結論を導き出してしまう事は学者たちの議論においても
まま見受けられる。
最新科学知識である粉塵爆発をバクラ軍団が知るはずはない。
であるならば、「無知なる物」である。
だから、恐怖することも無いだろう。
ストリングス少佐はそう結論付けたのだ。
「少佐。粉塵爆発自体には無知でも、
爆発が起きると言う現象は知っているだろう?
敵は爆発の仕組みには無知でも、
その現象がどんな結果をもたらすかは知っている。
つまり、粉塵爆発は「未知なる物」なのだよ。」
エドワードがストリングス少佐に答えると
クラウスは笑みを深めた。
「その通り。
未知なる物と出会ったとき、我々はそれを理解しようとする。
そのために自分の知識と照らし合わせて類似した物を探すのじゃ。
知識の中にある物に当てはめて理解することで、
精神的な安定を得る事が出来るのじゃな。
そして、その知識は実在している物でなくても良い。
物語などを読んで得た知識でも構わないのだ。
戦場に突然として
さて、諸卿は何を思い浮かべるかね?」
クラウスの言葉に全員が思考する。
「魔法ですな。」
義勇軍代表のフリッツ・パターソンがぼそりと口にする。
なるほど。
確かに戦場で突然爆発が起きるなどは、
冒険物語でよくある事だ。
魔法使いが呪文を唱え、
大火力で敵の軍勢をなぎ倒し
そんな物語を読んで胸を躍らせる経験を
誰もが一度はしているだろう。
歩兵隊指揮官ピーター・ストラグル大佐が
少年時代に読んだ物語を思い出しながら
「魔法か…。魔法使いをどこから連れて来るのだ?」
それを耳にしたクラウスが答える。
「魔法使いなら、ここに来ておるぞ。」
そして、コレットに視線を流した。
あっ!そうか!
天幕内の指揮官たちはコレットの役割を理解した。
コレットは立ち上がり、完璧なカーテシーを決めて、
優雅に一礼して見せた。
「どれほど皆様のお役に立てるかは分かりませんが、
精一杯、務めさせていただきます。」
魔法に見せかけて粉塵爆発で敵を攻撃する。
未知の攻撃を受けた敵は、自分の中にある
物語の知識から「魔法で攻撃された!」と
誤認するだろう。
しかし、そう上手くいくだろうか?
未知なる攻撃を受けたとして、
それを魔法だと認識するとは限らない。
「コレットには魔法使いの衣装を着てもらい、
爆発直前に「呪文」を唱えてもらう。
戦場北東の丘で敵から見える位置に立つ。
作戦時間は夕刻だ。
西日に照らし出されてコレットの姿はよく目立つだろう。
丘に立つ時にはホルンを鳴らし敵兵の目を引き付ける。
さらに、粉塵爆発を起こした後、仕込んでおいた影どもが、
「魔法で攻撃された!」と言う流言を広めるのだ。
こうして誘導してやれば、
魔法だと誤認させる事は出来るであろうな。」
クラウスは敵兵の中にまで影を潜らせていると言う。
流石は「帝国の大狸」。
すでにそこまで仕込んでいるとは!
エドワード以下、ノルデン軍の指揮官たちは
クラウスの手際に感服するのだった。
だが、エドワードは疑問を投げかける。
「コレット嬢の役割は理解しました。
しかし、補給作戦を成功させるだけなら
粉塵爆発の物理的な衝撃だけで十分足止めできるのでは?」
「婿殿。この心理的な攻撃は補給作戦成功の為だけではない。
その後に続く「決戦」への布石なのだ。」
クラウスは続ける。
「この作戦の結果は、当然、敵司令部に報告される。
『魔法で攻撃された』と言う流言と共にな。
上層部の貴族たちは「魔法など存在しない」と思っているだろうが、
実際に魔法のような手段で攻撃されたとなれば、
疑心暗鬼を生じるだろう。
「魔法は存在するかもしれない」と。
敵に魔法使いが居ると想定して
布陣も変えなくてはならんであろうし、
何より敵兵の士気を下げる効果は大きかろう。
人知を超えた力で自分達が粉砕されるかもしれない。
となれば、腰も引けようと言う物じゃて。」
クラウスは補給作戦だけではなく
ポルスカ開囲の決戦を優位に進めるために、
粉塵爆発を利用しようとしている。
二手、三手先を見据えたクラウスの構想に
エドワードは舌を巻いた。
(知識と経験から神算鬼謀を生み出す
クラウス殿にはかなわないな。
だが、必ず追いついて見せる…。)
「最後に一つ。
この粉塵爆発作戦を使うのは今回限りじゃ。」
クラウスの言葉に全員が目を見張った。
「何故ですか?
これほど画期的で有効な作戦を一回だけとは?
敵が対抗策を持たないのであれば、
繰り返し使えると思いますが?」
騎兵隊指揮官マーレ・ドランゴス中佐が食って掛かる。
「粉塵爆発を未知の物とし続ける為じゃ。
最初の1回は大きな衝撃を与える事が出来るが、
2回・3回と使用すれば敵も慣れて衝撃は小さくなる。
そして、粉塵爆発の仕組みは、いずれ解明されてしまうだろう。
それまでの時間をより長くするためには、
敵に使用する回数は少ない方が良い。
さらに、「魔法」であると誤認させれば、
粉塵爆発の解明に時間を掛けさせられる。
この作戦が成功すれば、バクラ王国は我が国に侵攻する時に、
常に「魔法攻撃」を意識しなくてはならない状態になるのだ。
たとえ、再度の侵攻を企てるにしても、
「未知の攻撃」を受けるとなれば
この作戦は、バクラ王国の侵攻に対する抑止力となるのだ。
少なくても数年、長ければ10年程に渡る物となろうぞ。」
ただ1回の奇策をもって敵の侵攻を長きに渡って防ぐ。
その構想は指揮官たちを震撼させた。
クラウス・オストレーベ。
まさに「帝国の大狸」の名に相応しい策謀家であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます