第37話

「はいっ、これ欲しかったんだろ?」


「……これは、」


 そうして俺が取りだした物は、ローズが欲しがっていた2つのクマの指人形だった。どさくさに紛れてしっかりと景品は確保しておいた俺。デキる男だろ?


 ローズはおずおずとそれを受け取ろうとするが……俺はヒョイと腕を引き、指人形をローズに渡さない。

 おいおい、そんな泣きそうな拗ねた顔するなって。

 ちょっと意地悪するだけじゃないかー。


「なぁ、この指人形は一応俺が参加して入手したものだから所有権は俺にあるよな?」


「え、あはい。それは……そうですけど」


「なら、俺はこれを好きにできる訳だ」


 例えばローズには渡さない、とかね。

 何となく俺の意図が伝わったのか……ローズは見てわかるほどにオロオロし、さらに涙を滲み出す。

 ……ってうそうそ。ちゃんとあげるから。そんな泣くなって。


「俺がこれをプレゼントする上で提示する条件は一つ。……さっきの事はもう気にしない事。良いね?」


 俺はそれだけ言ってポイとローズに2つのうち1つを投げ渡した。ローズはぽすんとそれを受け取る。

 てか、うひょーーっ!!これってつまりペアリング、お揃いって事だよな!?仲良い男女がやるやつ。俺にはそんな機会一生ないと思っていただけに、めっちゃ嬉しい!!

 そう考えるとやはり肉ダルマ君と戦ってよかったと思えるよなぁ。


「ふふっ……強制なら、仕方ないですね」


 ローズはぽつりぽつりと自分に言い聞かせるように話し始めた。そうそう、強制だから仕方ないの。


「可愛い……麗乃様、本当にありがとうございます」


「……ぐほぁっ!?」


 その時のローズは……多分、今まで見た中で一番可愛いかったと思う。その小さな手でクマの指人形を大事そうに優しく握りしめるローズはどこか母性を感じさせた。聖母マリアみたいだな。めっちゃ麗しい。

 う、うぐ……もう神々しすぎて、直視出来ん。というか……え?めちゃくちゃ非科学的だけど興奮しすぎて鼻血でてんだけど。……って異世界にそんなもんを求めるのは間違ってるねはい。


(はぁ……これは、本格的に不味い)


 俺は頭を抱える。このままいったら本気でローズに惚れてしまいそうだった。……いやいやこれマジで。

 こんなに優しくされたの初めてなんだもん。


「……ふふ、ずっとだいじにします」


 労わるようにクマ人形を撫でているローズは、まるで子供をあやしている母親の様だった。

 ……子供、子供。誰の?俺と……ローズのぎゃあああああああぁっ!?妄想でもそんなこと考えちゃいかんだろ!!ローズは公爵令嬢だ。いつかは俺よりもずっと良い男と婚約して…………あれ?なんか胸がズキズキするなぁ。…………それは…………嫌だなぁ。


 でも……俺は、SSSランク犯罪者で……ローズから見て余所者で……無関係者で。いつまでもここに留まる訳にはいかない。きっと迷惑がかかるだろうから、その前にこの都市から出ていく必要がある。


 分かっているのに……分かっているのに、こんなにも胸が苦しいのはどうしてだろう?

 自分でもとても不思議な感覚だった。ローズに依存し堕落してはいけない、今後の逃亡生活がきつくなるだけだ。ただそう言い聞かせても、俺の心は何故か乾いていくような感覚を味わっていた。


 今思えば、こんな人目のない場所で……こんなに無防備に過ごしていたのが悪かったのだろう。思考に没頭して周りの警戒を怠った。俺がローズを守らなければいけないのに。

 


 突然、隣から「きゃあっ!!」という叫び声に似た小さな悲鳴が発せられるのを俺の耳が捉えた。

 俺はすぐさま思考を中止。頭で考ええるよりも速く、俺は反射神経に任せて、素早く顔を向けた。


 馬鹿な、何故、誰が、どうやって……そんな考えが頭に浮かぶ。

 さっきまでは、嬉しそうにクマの指人形を弄っていたローズ……




 ──俺の隣には何故か、その姿は無かった。




「……っ!!?」


 刹那、驚愕と困惑を感じながらもベンチから飛び上がった俺はすぐさま直感で視線を上に……上空に投げかける。


 ──そこには……数としては恐らく数十ほど、全てを飲み込むように真っ黒な黒い外套を纏った人影が存在していた。


「レノ様ぁっ!!」


 そしてそこに、ローズの姿が存在していた。……外套を纏う人影のうちの一人に、腰を抱き抱えられていたのだ。

 SSSランク犯罪者としての感覚が告げる。かなりの手練、一人一人が実力者だという事を。現に上手く関節の動きを妨害されており、ローズはじたばたと必死にもがくがその腕から抜け出すことは出来ていない。


「『身体強化』『感覚操作』『思考加速』『領域展開』『天衣無縫』『空中歩行』ッ!!ローズを………………返せぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 しかしそんなことを認識する時間も勿体ない。

 俺は自信が今持っている限りの身体能力系統スキルを重ねがけする。都市内であろうと関係ない。

 肉体にものすごい負荷がかかるが、そんな事はどうでも良い。正体がバレるかも、などという考えは微塵も浮かばなかった。


 ──ローズヲカエセ!!


 そのまま、野生動物のごとく我武者羅に……全力全開で地面を──それこそ、地面のコンクリート石が広範囲に蜘蛛の巣上に砕けるほどに──瞬足で蹴った。

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