第22話

「はぁ……大丈夫だろうか、ローズ」


 インデアル王国が誇る三大都市のうちの一つマルファスにあるとある巨大な屋敷……その執務室で、一人の男が書類を片手にそんなことを呟いた。

 顔立ち自体は整ってはいるが、しかしなかなか厳格な雰囲気を漂わせる。ガタイも良く、たてがみのような金髪も相まってこの男を獅子のごとく錯覚する人間もいるだろう。


 彼は公爵という大貴族である。そう、男の名前はウィリアム・マリーゴールド。このマルファスを治めるマリーゴールド公爵家当主であるのだ。


 幼い頃から教育を施されたのと、才能もあったことから彼はこの王国でも内政に関しては五指に入るほどに、優秀な功績を収めていた。

 ……しかし本日に限っては、話は別だった。とある事が気になりすぎて頭から離れず、ソワソワと全く集中できていなかった。


「やはりローズ……私の娘にもしかして、何かあったのだろうか?」


 そう、彼の悩み事……それは実娘であるローズ・マリーゴールドの事であった。先日学院を卒業して、本来の予定ではもう既に帰省しているはずであるのだが……しかし数日ほど待ってもローズが来ないためにウィリアムは動揺し不安を感じていたのだ。


 一応護衛の騎士を派遣したが、彼らからも定期連絡の隼は数日前ほどから来なくなっている。

 ……ということはつまり、ローズ達一行は何かトラブルに巻き込まれた可能性があるという事だ。


「……くそ。すぐにでも捜索隊を出したいのだが、」


 だがしかし今はとある事情でそんな私情にさく余裕はないのが現状だった。……まぁ客観的に見れば、領主の娘を捜索するというのは私情でもなんでもないのだが、しかしウィリアム自身はそう思っていた。


 無意識に拳に力を込めてしまう……ローズはウィリアムにとってかけがえのない大切な娘であるのだ。

 もちろんウィリアムに仕えるメイドや騎士たちもローズの事をとても大切に思っている。


 だがしかし実の娘がトラブルに巻き込まれている可能性があることで感じる不安感は、実際に体験してみないと気持ちはわかるなどとは言えないだろう。


 そのまま領主としての仕事をこなそうとするが……しかしやはり不安感は拭えず、ところどころミスが目立つ。


 ──このままでは、不味い。

 肉体的にではなく、精神的にであるが。


 ウィリアムが「……くそ、どうすれば」と、何も出来ない無力な自分自身に嫌気と失望を感じていたその瞬間……、


「──御館様!!」


 バンッ!!という豪快な音とともに、執務室の扉が勢いよく開かれた。

 扉を開けたのは、ウィリアムに仕える執事の一人である。顔全体に大粒の汗を滲ませて激しく呼吸を繰り返していた。


 歳を食っていて、かなりつらそうな様子が見て取れる。普通ならこのような事をすれば不敬だと言われてもおかしくないのだが、しかし元々ウィリアムはそんな事でいちいち怒る性格をしていないのと……それに今はローズの事でそんな気力はなかった。


「……どうした?」


 何かあったのだろうか、とウィリアムは考える。仕事が手につかない現状で余計な事はしたくなかったので少し不機嫌そうに口を開いた。


 ──だがしかし、その執事がウィリアムに話したのはその原因である……実娘、ローズの事であった。


「お嬢様がっ!!」


「っ!!」


 その言葉を聞いたウィリアムは疲労した精神などは忘れて、大きく目を見開きながら勢いよくその場に立ち上がった。


 ◆ ◆ ◆


「うわぁ……すげぇなさすが公爵家」


 場所はうつり変わって現在俺がいるのはローズの実家、マリーゴールド公爵家屋敷前だった。

 質屋でエルザから迷惑料代わりに奪った聖剣を売り払った俺はローズと共にその後も歩き続けた。


 やっぱり美少女と共に歩くのは楽しくて……だって実質デートだし?そんなこともあって目的地であるローズの両親が住んでいる屋敷へと到着したのだ。

 そして、そのあまりの大きさと迫力に感嘆を覚えずにはいられなかった俺であった。


 細かく手入れされている庭園に加えて、その中央に位置する巨大な屋敷。全体的に白ベースであるのだが全くと言って良いほどに汚れはなく、それはもう一種の芸術品となっていた。

 そして1番目を引くのが、この屋敷を守護するかのように設置されている巨大な防壁。高さも数メートルほどあり、何か特殊金属が使われているようだった。


「では行きましょうか」


 ローズと共に俺は正門に向かって歩いていく。

 ……なんか、俺だけはしゃいで子供みたいだな。

 ローズはまぁ自分の実家だし見慣れているのか、特にどうこう思ったりはしていないようだった。


 少し感慨深そうな様子が見受けられるような気がしないでもなかったけどさ。


「お嬢様!!」


「……ん?」


 ……と、しばらく庭園の外壁に沿って歩いていると正門の前に立ちずさんでいる兵士が数名こちらに駆け寄ってきた。

 ちなみに全員男。むさくるしそうな髭おっさんばっかり。……萎えそう。


「しばらく連絡がありませんでしたが……ご無事であったのですね!!」


 まるで絶望的な状況で、一筋の希望を見たかのような前のめりな姿勢でそう興奮気味に話す。……だからおっさんの興奮姿なんか見たくないんだけど。

 ……まぁそんな事は言えないけどさ。


「はい心配掛けましたね。こちらのレノ様がわたくしの危機を救ったくださったのです」


 おいおいローズ……そこで俺に話を振るの?ほらおっさん達全員こっちを見てきてるじゃないかぁ。

 ……はぁ、とりあえず何か言わないといけないか。


「……うす」


 って、やっぱり軽度のコミュ障が出てくるわけで。そんな事しか俺は話すことが出来なかった。

 ……しかしおっさん達はそんな俺を見ても感謝と感激の意を込めて、グイッと距離を詰めて話し出す。


「お嬢様を救ってくださって、ありがとうございますレノ様!!もしお嬢様に何かあったら……俺達、後を追って自殺を図るところでした」


 おぉう……なんかすごい覚悟だなおい。いやほんとにどんだけ?……こう見るとローズって愛されてるんだなぁ。

 でも、俺の方が愛してる自信あるけどな。


「レノ様をお父様に紹介したいので……そこら辺でお願いできますか?」


「……あ、ああはい。すいません。そうですね、お嬢様がお戻りになられたことが大変嬉しくて、」


 このままでは埒が明かないと思ったのか、ローズが横からそう助け舟を出してくれた。やはりローズは他人の支援、サポートに向いている。ローズちゃんナイス!!


「では私たちはこれで……お仕事頑張ってくださいね」


「あー、じゃあ俺も……」


 ローズの言葉を聞いて兵士達は「「「へい!」」」と全員威勢よく頷く。まるで盗賊の様だ。

 俺はその光景に苦笑を浮かべずには居られなくて……そのままローズの背中を追いかける様にして屋敷の門をくぐり抜けたのだった。


(おっさんはおっさんでも……良いおっさん、なんか最後の方は少し可愛いおっさんだったな)


 そんなことを考えながら、石造りの綺麗な道をローズと共に踏んでいく。あたりの光景も相まって、さながら『楽園』と呼べるような感覚だった。


「うんしょ……と」


 そのまま巨大な両開きの扉を開けて、屋敷の中に入館する。

 屋敷内ではたくさんのメイドや執事が忙しなく動いており、ローズを見て「「「お嬢様!!」」」と、その誰もが驚愕の表情を浮かべる。

 もちろんその意味は、歓喜や感動といったベクトルのものだ。


 というか髪の毛の色が変化しているのによくローズだって認識できるよな。

 くそぅ、未だにローズを判別できない時がある俺の愛はまだまだ未熟ということか。


「お父様は?」


「……え、あのお嬢様……お帰りに……」


「その事についてはまた後でお話します。まずはお父様への報告が先ですので」


「あ……はい、申し訳ございません。御館様ならいつもの執務室で政務をなされていると思われます」


「そう……ありがとう」


 なんかローズとメイドさんが会話をしている。別に怒っている訳では無いだろうが、ローズから謎の威圧感が出ているような……。

 まぁ、それだけ急いでいるってことだと思う。父親の居場所を知ったローズは感謝の気持ちを告げて「では行きましょうか、レノ様」と、またもや歩き出した。


 ……めっちゃ歩くなぁ今日。

 正直、カス身体能力な俺にはキツイものがあるぜ。


「どうしてそんなに急いでいるんだ?」


 辺にある高そうな絵画などの芸術品を歩き見ながら、質問する。

 ローズはその様子が見抜かれている事に少し驚愕の表情を浮かべながら、しかし口を開いた。


「私のお父様は少し厄介な性格をしておりまして……私が危険な目にあっていると考え、恐らくは自分自身を激しく責め立てるでしょうから。早く顔を出して安心させてあげたいのです。……それに、私も早くお父様に会いたいという気持ちもあります」


 なるほどな……子供を持つ父親の気持ちか。俺にはよく分からんが、やはり命よりも大切なんだろう。

 まぁ性格も美しさも文句の付けようがない……自慢の娘なんだろうな。


 ……と、そんなことを考えながらいくつかの角を曲がっていたら両開きの大きな扉の前に到着した。


「お父様!!」


 そうしてノックもせずにすぐ様ローズは扉を開けて執務室の中に足を踏み入れる。

 その言葉に中にいたおじさん二人がローズを見やった。

 黒のタキシードを身に纏っている執事っぽい人と……多分もう1人はローズの父親だろうな。顔立ちはかなりダンディだが何処かローズの面影がある。


「ローズ!!良かった……無事だったのだのだな!」


「はい、お父様……ご心配お掛けしました」


 涙を流しながらおっさん……つまりローズパパがローズとハグを交わす。ローズも笑顔のまま瞳から1粒の涙を流しそれを素直に受け入れる。

 ローズパパはまるで危険から彼女を守るかのようにその大きな腕でローズの身体を包み込んだ。

 感動のシーンとしか形容できない。その光景はそれほどに美しかった。


「良かったですな……御館様」


 白髪の執事さんも涙ぐみながらローズパパ達を見ている。紳士らしく涙をハンカチ?で拭っていた。


「ふぐっ……これは、確かに泣けるなぁ」


 しかし俺も人のことは言えない。

 くそう、ローズとハグできるなんてとても羨ましい!!思わず羨望しちまうけど……ひぐっ、泣かせてくれるじゃねぇか!!


 ……美しい家族愛だなぁ。


 このような再会シーン……つまりは感動場面にはめっぽう弱い俺であった。SSSランク犯罪者の思わぬ弱点である。


 まぁ正直、場違い感パネェけどな!!

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