第6話
《ローズ・マリーゴールド視点》
私の名前はローズ・マリーゴールドと言います。
歳は17歳で先日まで王都の学院で勉学に勤しんでいました。
毎日がとても楽しくて、今ではキラキラな宝物です。
今では……と言ったのはそれが過去形だから。私が学院に通い始めたのが13歳の時のことであり、4年が経過したつい先日、私は学院を卒業したのです。
私のお友達の殆どが王都に実家を構えているので、私はもう会う機会がないかもしれないという事に悲しさを覚えます。私の実家は王都からはかなり距離の離れた都市にあるので……学院を卒業した私は家に戻らなければならないのです。
そういえば言い忘れていました。私のお父様は国王様から公爵という爵位を頂いており、私は一応は公爵令嬢という立ち位置になります。
ただ私はその地位にあまり固執はありません。貴族として……公爵令嬢として私達に税金を納めてくれる平民の皆さんの模範にならなければならないとは考えてはいますが、地位自体は正直どうでも良いのです。
先程王都から離れた都市に実家があると話しましたが……マルファスと言います。この王国の三大都市の一つの大都市マルファスを治めているのが、私のお父様なのです。
そして、ついに私は王都から去ることになりました。護衛にはお父様が派遣してくれたのか私の家の騎士団の騎士が十数人ほどでした。
……彼らも彼らで忙しいんでしょうから正直私なんかの為に時間を割くのはもったいない。どうせいつも通り何事もなく無事に実家に帰ることが出来るのだから、護衛なんて必要ないでしょう。
私は先程言った『悲しい』という感情からこんな事を思ってしまいました。気持ちを整理するために、一人で過ごしたいという気持ちもあった事から。
──ですが、そんな考えを持ってしまったという事を後日私は後悔します。
その事件が起きたのは王都を出発してから一日が経過した日の昼頃のことでした。
ゆらゆらと規則的に揺れる馬車の中で私は一人で座っていました。現在……私達が移動しているのは黒雲の森というそこそこ広い森の中です。
実はここは王都からマルファスまでの、知る人ぞ知る最短ルートなのです。貴族の方でも知っている人はあまり多くないのでは無いでしょうか?
普段はここを通ることは無いのですが……悲しさを埋めたかった私は家族に早く会いたいという気持ちが強まってしまって、無理を言って護衛の騎士の方々や御者の方に進路を変えてもらったのです。
──そして、その判断が彼らの命を無駄に散らしてしまいました。
馬車の外からたくさんの金属音や悲鳴、怒号なんかが聞こえる中……私はあまりの恐怖に惨めったらしく蹲るしかありませんでした。
どうやら、騎士の方によると盗賊が何人も現れたようでした。
怖い、怖い、怖い……そんな負の感情が私の心を支配しようとしてきます。
しかし彼らもたくさんの鍛錬を詰んだ歴戦の騎士達。
正直言うと私は武芸は嗜まないので、戦いについては分かりません。けど私は恐怖の感情を我慢して身体を震わせてながらですが、信じて祈る事にしました。
「……お、終わったのかしら?」
するとしばらくして不意にピタッと外からの音が止みます。先程までと比べて嘘のような静寂。
「ふぅ……良かったです。一時はどうなることかと思いましたが、さすがはお父様の騎士団の騎士達ですね」
……今思えば私は精神が不安定だったのでしょう。私は騎士の方々が勝ったという事しか考える事が出来ていなかったのですから。……盗賊に騎士の方々が負けたという事すら思いつかなかったのです。
馬車に設置されている小型の窓から外の様子を伺おうとした私ですが……次の瞬間、窓越しのすぐ側に立っていた野武士面の盗賊と目を合わせてしまいました。
「っ!?」
私は大急ぎで顔を隠しましたが、その盗賊は私と目を合わせた瞬間『ニタァ』と思わず恐怖してしまうほどの笑みを浮かべていたのです。……恐らくは、バレている。
私は動機を激しくする中、大いに祈りましたが……結局それは無駄な行いとなりました。
「おらぁっ!!」
「きゃあっ!?」
盗賊が馬車の入口の金具を強引に引きちぎって……そのまま不敵な笑みを浮かべながら侵入してきたのです。
……私はそのままの勢いで制服の首根っこを掴まれて、外へと放り出されてしまいます。
「痛っ!!」
硬い地面に衝突してしまい、思わず痛みからそう声を荒らげてしまいました。……しかし、今はそんな痛がっている暇はありません。すぐさまあの盗賊から逃げないと……そう思って顔を上げた瞬間、私は絶望を知りました。
「逃げられると思ってんのかお嬢さん?」
私の辺りには、まるで私を囲むようにして大量の盗賊が存在していたのです。
……武術を知らない私では突破口は全くありません。その全員が私を見てニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべるのを見て、「あ、あ……ぁ」涙を流しながらその場にへたり込むしかありませんでした。
「皆さんは……どうしたのですか……」
顔色を蒼白に染めながら、私は震える声で先程の盗賊にそう問いかけます。
「皆さん?……あぁ、騎士共か。あいつらなら俺達が全員殺したさ。まぁさすがは騎士だけあって俺達の仲間も何人も死んだがよぉ……残りはお前さん一人だけだな」
馬鹿にするようにして、ヘラヘラと盗賊はそう答えました。
私はすぐさま盗賊達の身体の隙間から向こうの様子を伺って……そして「きゃあああああああああぁぁぁっ!」と思わず悲鳴をあげてしまいました。
「そんな……そんな、皆さん……っ!!」
私はポロポロと涙を流してしまいます。みんな大量の鮮血を撒き散らしながら、死んでいたのです。私の護衛の騎士の方々も馬車を操作していた御者の方も……全員です。
もちろん私を運んでくれた馬達も無惨に殺されていました。
……しかし最も恐ろしいのが私。私はその光景を見て恐怖しか抱かなかったのです。私のために勇敢に戦ってくれた彼らの死体を見て。
……なんて女なのでしょうか。
「くくく、お前さんみたいな良い女がいるんだ……最近は欲求不満だしよぉ。楽しませてもらう事にする、ぜぇ!!」
呆然と屍のような様子の私を見て……盗賊の男が一人、私目掛けて飛び掛って来ました。鈍い私が避けられるはずがありません。そのまま私は押し倒されて、男が私の腹の上に馬乗りになってきました。
……その時になってようやく、私は盗賊達の狙いが何なのかを理解しました。……楽しませてもらうという言葉の意味も。
「嫌、嫌、嫌ぁっ!!誰か助けてっ!!」
私はじたばたと手足を動かしながら男から逃れようとしますが……所詮は醜い足掻きで全く意味はありませんでした。
いや、悪化したと言っても良いでしょう。私の震える身体を見て、盗賊の男達はニヤニヤと笑いながらさらに欲望の視線を向けてきたのですから。
「げへへ……大人しくしなお嬢さん。なあに少し俺達に付き合ってくれれば良いんだ。きっとあんたも気持ちよくなるぜぇ?」
「や……やだっ!!止めて、止めてください!!」
私は泣きながらそう懇願しますが……しかしその抵抗はまたもや男達を興奮させるだけになってしまったようです。
……どうして私がこんな。ただ一生懸命に毎日を生きてきただけなのに。
……いや、私は何を言ってるのでしょうか。これは罰なのでしょう。私の子供じみた我儘のせいで、無実の人達をたくさん殺してしまった事への神様が与えた、天罰。
「でもやっぱり、なんで私がこんな目に……」
……頭ではそう考えますが、しかしやはり納得できない自分がいます。
そして、せめて心だけは……と決心する私についに追い打ちがかけられました。
「嫌っ!!」
私の剥き出しになっている太ももについに男の手が触れたのです。じっくりと堪能するかのような気持ち悪い触り方に私は拒絶の意を示します。
しかし男は手を退けるはずもなく……スリスリと撫でるように触ってくるので、私は鳥肌を全身に立たせてしまいました。
それまで私の事を眺めていた他の盗賊達もゆっくりと私の方へと近寄ってきます。
「……ぁあ……ぁ」
……あぁ、私はここで終わるのでしょうか。将来愛する誰かの為に大切に取っておいた純血を、見知らぬ男の人に奪われてそのまま陵辱される。そして私に欲望の限りをぶつけたらその後は人質に使うか、殺すのでしょう。
私の今までの人生はなんだったのか。そんな疑問が頭の中に浮かんできます。
思わず吐き気を催すその気持ち悪い視線にいくつも囲まれ晒されながら……私は恐怖、絶望、諦めなどの様々な負の感情からさらに多くの涙を流してしまいます。
──私のこの身体は、決してこのような下衆な男達の欲望を受け止めるために存在しているのでは無い!!私のこれまでの人生は、決してこのような下衆な男達を満足させるために存在しているのでは無い!!
……私は「なら最後にこいつらに一矢報いてやろう」と半ばヤケになりながら、そう考えます。
幸いそんな度胸は存在しないと考えているのか、ただただ面倒臭いだけなのか……私の口には特に何もされていません。……ここで自ら死を選べば、彼らはどんな表情をするのでしょうか。
(……ああ、お父様。お母様。ごめんなさい)
男の手が私の胸に触れようとして……私は私で自殺を実行するために舌を噛み切ろうとして──しかし、次の瞬間……
ボシュッ!!!
と、そんな音がして、男があまりの激痛と熱さに悲鳴をあげました。
「ぐぎゃああああっ!!?」
何が起こったのか。私の眼前を炎の矢がいくつも通り過ぎたと思ったら……そのまま私の身体に手を伸ばしていた男に直撃。爆煙を上げながらあまりの勢いにそのまま吹き飛ばされていったのです。
「へ、ぇ……何が?」
私は死を覚悟していた分、状況把握が上手くできていませんでした。あまりの盗賊達も歩みを止めてしまうほどに驚愕しています。
「あーあ、やっちまったなぁ」
どこからかそんな声が聞こえてきました。恐らくは声色からして私と同年代の男性でしょう。あまり男の人と話さない私ですがそれは分かりました。
そうしてキョロキョロと視線を動かしていると……私は見ます。
……まるで全てを吸い込む闇の様な漆黒の髪の毛と瞳を持つ男の人が、こちらに掌を向けている光景を。
「……王子様?」
俗に言う偽薬のような……プラシーボ効果みたいなものがあったのかもしれません。
旧知の際に助けられたことによって、私が彼を美化してしまっているかもしれないという事ですが……
──しかし、私には彼の容貌、雰囲気、立ち住まい、行動……その全てが王子様のように見えてしまっていたのです。
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