第20話

「おぉ……あれが」


 オークとの戦闘を終了してからはや5時間ほど……ローズと共にさらに歩き続けていると、遠目でもわかるほどに立派な防壁に囲まれた大都市が見えた。


「はい、あれが私のお父様が治めるこの国三大都市のひとつマルファスです」


 ローズが懐かしみを含ませながら俺に説明してくれる。……はああぁぁ、本当に長かった。肉体的にでは無く精神的に。ローズのご機嫌取りもしなきゃいけなかったしさぁ。

 こうやって堂々と人前を歩くのも久しぶりであるので……俺は安堵と感動からその場にへたり混んでしまった。


「……あの、何をなさっているのですか?」


 うん、道端でこんなことしたらめっちゃ目立つよね。今までは人気のないところばかり歩いてたから忘れてたよ。

 というかローズだけじゃなくて通行人にまで変な目で見られてるし。どちらかと言えば立場的に目立ちたくは無いので、すぐさま「……すまん。ついはしゃぎ過ぎた」と言って俺は立ち上がった。


「……まぁ、麗乃様のお気持ちもわからなくは無いですよ。今までが今までだけについ、というのは」


 ローズはそんな俺を見て忍びない思ったのか、すぐさまフォローしてくれる。


「そ、そうだよ──」


「ただ、麗乃様の今の行動は客観的に見ればかなり目立ちますから。今後は気をつけてくださいね」


「……はい」


 調子に乗りすぎるのは良くないという事か。

 ……正論の嵐ほど嫌いのものは無いな。だって反論できないんだもの。だから俺は素直に頷くしかない。


 ぐすん。


「……まぁとりあえず、行こうか」


 気を取り直して、俺はローズにそう告げる。


 こうして馬鹿やってるのも良いけど、少しはローズにも自分の影響力を考えて欲しい。滅多に見られないほどの絶世の美少女であるのだから……ほら見ろ。みんな君のことを見てるじゃないか。

 それはつまり連動して隣にいる俺も目立つという事で、内心誰かにバレないか先程からヒヤヒヤしている。


 だからとっととマルファスの中に入って、ローズを親御さんの所へと送り届けたかった。


「え、あ、はい」


 ローズは少し動揺したのか、タジタジになりながらもそう返答する。そうして歩き出す俺の後ろを着いてきた。

 因みに、その時に不安なのか俺の小指をその小さな手で握ってきた事は一生忘れないだろう。


 マルファスまでの道のりは残りわずか。その間、俺はローズの柔らかい手を楽しんだのであった。


 ……だからなんで俺はすぐにセクハラ発言しちゃうの?


 ◆ ◆ ◆


 そうして時は移り変わり、今俺たちはマルファスの巨大な正門から続く行列のうちの1つに並んでいた。

 マルファスは外壁におおわれているので入口が限られているのだ。そうなれば出入りには検問などで時間がかかり、行列ができるのも当たり前の話だろう。


「あぁ……大丈夫かなぁ。誰にもバレてないかなぁ。もしバレたらどうしようかなぁ」


 しかし俺は先程からこんな様子だった。まるで危ない薬をやっている人のようにブツブツと言葉を発している。だってしかないじゃん!いざこうして人混みの中に入ると、めっちゃ緊張して不安な気持ちになるんだよ!

 約1年ぶりの人混み。イヤだ人怖い。イヤだ人怖いよぉ。……このままじゃ対人恐怖症になりそうだな俺。


「しっかりしてください麗乃様。先程から挙動不審ですよ」


 ローズがひっそりと耳打ちしてくる。

 おぉぅ……ローズの暖かい吐息が俺の耳をくすぐるので、良い快感が生まれるな。


 しかしそのような変態的な行動で、ようやく俺は冷静になる事が出来たのも事実。……俺気持ちわりぃ。


「……悪いなローズ。そしてありがとう、冷静になれた。どうしても心配が拭えなくてさ」


 まだ少し体は固いが……俺はお礼をローズに伝える。


「別にそれは良いのですが……やっぱり、麗乃様は私が居ないとダメダメですねぇ」


 ローズの頬が照れたように紅潮しているのは気の所為だろう。……ただまぁ、妙に色っぽいせいで元気出たけどさ。

 そんなことを考えながら自分自身の気持ち悪さと単純さにあきれ果てる事、約数十分……ようやく俺たちの番が来たようだった。


 俺がまたもやガチガチに緊張する中、衛士が数名こちらに歩み寄ってくる。どうかバレませんように。


「何か身分を証明するものを持っているか?」


 ……身分?それは俺の指名手配書でも良きですか?


「……いいえ。申し訳ありませんが私達田舎から出てきたばかりで、特に身分証明書などは持っていないのです」


 ナイスアシストだローズ。


 身分証明書は普通は冒険者ならば冒険者カード、商人ならば商人カードというものを出すのが普通であるらしい。それを提示することで、入税が免除されるのだとか。

 しかし田舎の村の者たちは都合よくそんなものを持っているはずがない。今回の俺達の場合はそれがとても都合が良かった。


「そ、そうか。ならば銀貨1枚支払ってもらおう」


 ローズの美少女オーラに当てられた男衛士はまるで恋したように顔を赤らめて話す。

 分かるぜその気持ち、さてはお前俺と同じ童貞だな。なんか親近感湧く。


「どうぞ」


 そんな俺の気も知らないローズはニコニコとした笑みを浮かべながら優しく銀貨を2枚衛士に渡す。

 手と手が触れ合ってしまったことにより「……ひゃ、ひゃい」と、その男はフラフラとおぼつかない足取りになった。


 ……くそう!羨ましい!嫉妬心が生まれるぜ。


「では、私達はこれで。お仕事頑張ってくださいね」


「は、はい!」


 口調がいつの間にか敬語になってるな。聖女オーラにでも当てられたか?


 しかしローズはそんな事には気づかず、一礼して歩いていく。俺も急ぎ足で続いて。

 そして何となく振り返り後ろを向いて、先程の衛士を見てみると……彼は顔を蒸発させながら、数人の他の衛士の肩を借りた状態で立っていた。


 な、なんて恐ろしい娘なんだローズ。まさかの童貞キラーだと!?


 ……あの衛士、絶対ローズの事好きになっちゃっただろ。たった1回優しくされたぐらいで、コロッと気持ちが傾いてしまう。

 まさか名前も知らない女性に恋をする事になろうとはな。なかなかロマンチックじゃないか。


 ……だがしかしぃ!!俺が護衛を担っている間はっ、絶対にローズはやらんぞぉ!!……悪いが貴様の恋は泡沫の夢。絶対に叶わないのだよ。


「くくくく……くはははははははははっ!!」


 俺は勝ち誇ったかのように高笑う。

 こんな美少女の護衛をしてるのだから俺は実質、勝ち組(笑)だという無茶苦茶理論を込めて。

 自分ので言うのもなんだが、今の俺には下衆という言葉がとてもお似合いだろう。


「あ、あの麗乃様……?」


 何度目かローズが心配そうにこちらを見つめてくるが……そういえばあれ?先程まで俺を支配していた緊張と不安は一体どこに行ったのだろうか?

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