第30話

 王国が誇る三大都市がひとつマルファスは現在、天を焦がすと錯覚するほどの熱気に包まれていた。

 ガヤガヤと多くの大量の人が行き交っており人間の体温だけで気温が数度上がってしまうほどなのだから、その規模は容易に想像などはできない。


 いつもですら大都市だけあって人口密度が高いのに、今日に限っては特に酷かった。……多分東京の平日の朝と同じぐらいだと思う、いやまじでヤバくね?


 たくさんの、それこそ様々な露店や出店での買い物で大通りが詰め込む中……俺は半ばウィンドウショッピングを楽しむようにして、ローズとのデートという名の街の案内を楽しんでいた。


「……あれはなんて言う食べ物なんだ?」


 そうしていると暫く……これまではアクセサリーや装飾品がメインの店が殆どだったが、ぼちぼちと飲食類のものが増えてくる。そしてそんな中俺が今まで見た事のないような食べ物が売られている度にローズに答えを求めていた。

 ちょうど今ローズに問いかけたのは……紫色のプルプルとしたナニカである。あれが食べ物って嘘だろ?なんかまだモゾモゾ微妙に動いてる気がするんですけど気の所為?


「あぁ……あれは恐らくオーク肉のレイディ漬けですね。ただ使われているのはプルプルの脂肪なのですよ」


 ……なんだそれ、レイディ漬け?日本生まれ東京育ちの俺には少し理解し難い料理だった……って別にそんなものはどこでも同じか。

 まぁ脂肪が使われているというのは理解できるけど……しかしそれにしても紫色色に染色はないだろうよ。食べる気失せるんだけど。


「……ちなみにあの動いているのは?」


「あれは動いているのではなくて、あまりのプルプルさから、常時発生している微弱な振動波の影響を受けすぎているのですよ。だから一見して動いてるように見えるというわけです」


「……いくらなんでもそれ、プルプルすぎん?」


 さっきこの身体で嫌という程味わったローズママのあれと良い勝負するぐらいプルプルそうだな……ってそんな冷ややかな目で見ないでくれローズ。

 前々から思うんだけど君さ、いくらなんでも俺の思考読みすぎじゃない?それも俺の都合の悪い時だけ。エスパーかよってな。


「……麗乃様も気になっているようですし、とりあえずじゃあ買ってきますね」


 そう言って出店までてくてくと歩いていくローズ。……ローズが持ってきたレイディ漬け。見た目はあれだが、面白い食感をしており無駄に美味しかったのがムカついた。


「……あれはなんだ?」


「あれはブラックフェンリルのぐじゅぐじゅ煮ですね」


 ぐじゅぐじゅ煮って何だよ。


「……ちなみにあれは?」


「あれは恐らく……スッポンクレープですね。スッポンの肉、内蔵もろもろをクレープで巻いているんです」


 スッポンクレープ?もう名前からしてそのまんまじゃねぇか。そしてくそ不味そう。食べる奴いるの?


「……じゃあ、あれは──」


 ◆ ◆ ◆


「あ゛あぁ……お゛あぁ……」


 そうしてローズと見回ること数十分が経過した今日この頃、俺は大通りの端にちょこんと設置されていた長椅子にあまりの疲れからぐてぇーと座り込んでいた。

 生き行く通行人は相変わらずの賑やかな様子だったが、正直今の俺にそんな元気は全く存在していない。

 彼らが手にもつスッポンクレープなどを見て俺は心底思うよ。

 ……君たち、ほんとよくそんなもの食えるよね。


 実際にローズと様々な食べ物を見て回ってみて、最もよく理解した事……それは売店で販売している料理のほとんどが一癖も二癖もあるほどのゲテモノ料理であるという事だ。

 いやまぁ、これはあくまで日本人である俺の感性でありこの世界の人達にとっては極ありふれたものなのだろう。……しかしかなり抵抗のある見た目の食べ物を笑顔でパクパク食べる彼らを見て「ひぃ……」と、俺は何度か恐怖を覚えてしまった。


 俺一応SSSランク犯罪者なのに……。この世界でもトップクラスの実力を持ってるはずなのに……。なんか最近こういうこと多くね?


 そしてあのさぁ……ここにはウィリアム公爵のパーティーやローズの馬車に積まれていた系の、まともな料理ってものは無いわけぇ!?

 一応今日感謝祭なんだよね、なんでそんなところにゲテモノ料理しかねぇんだよ!?

 かああぁぁ……少しぐらいまともな食べ物を用意してくれても良いじゃないか。頭痛い。


 俺はどこかイカれた笑みを浮かべながらそんなことを思った。やったぁ、ローズとのデートだぁ……なんて以前の問題だろうこれは。ウィリアム公爵に直談判するしかあるまい。


「牛丼食いたい……」


 地球にいた頃は糖尿病覚悟でほとんど毎日チェーン店で牛丼を食べていた気がする。もうよく覚えていないけど。それにこういう体験をすると地球の食がいかに豊富だったかがよく分かった。懐かしいなぁ。


「かなり疲れが溜まっているようですけど、大丈夫ですか?」


 すると目を輝かせながら色々と見繕っていたローズがようやく戻ってくる。その瞳には俺を心配する様子が浮かんでいるので……俺は苦笑を返す。


「ん、まぁね。少し奇天烈だなぁって思って」


「まぁこの感謝祭で提供される料理は、味はともかく見た目は少しシビアなのは分かりますよ。特に麗乃様のような異世界人には珍しいのでしょう」


 相変わらず他人を気遣える心優しいだなぁ。

 ……というかそれよりも先程から少し気になっていたのだが、


「なぁ、そもそも魔物って食えるのか?……俺、昔熊型の魔物の肉を食べて死ぬほど腹を下したんだけど」


 あれは今思い出すだけでもゾッとするんだよなぁ。

 確かこの世界に来てから1ヶ月もたってない頃だったような……その時はあまりにも空腹だったせいで、ついに近くにいた魔物の肉を食べたことがあったのだ。もちろん雑菌処理、調理はしたよ?


 けれども後日……めちゃくちゃ腹を壊した。もうまる3日は動けない程に。う〇こピーピーで、仕舞いには腹から不可解なノイズ音のような音まで聞こえてくる始末。死ぬかと思ったね本当に。

 いやノイズ音ってどんだけだよ。胃腸炎のようなぐるぐるとした音じゃなくて、ピーとかそんな感じだったんだぜ?ついに俺の腹がバグったと焦ったものだ。


 だからその時から俺は魔物を食うことは絶対にタブーだと思っていたのだが、今日オークやなんやら魔物が食用に出回っているのを見て深い疑問を抱いていたのだ。


「あぁ……」


 ローズが何かを思いついたかのように口を開く。


「確かにこの世界に蔓延はびこるほとんどの魔物はその身体に含まれる毒があるので食べれませんけど、しかし適切な処理をすれば大丈夫ですよ?毒を分解する解毒薬しかりスキルしかり……」


 へぇ……そんなものがあるのか。

 俺を狙いに来るやつらの持っていたスキルは攻撃、防御スキルで、そのような回復系統はほとんど居なかった。

 だから俺はどうしても羨んでしまう。スキルを見るだけで使えるようになるというのは確かに強いのだが、まぁ当たり前のことだがこういう面で普通の人よりも欲望が強くなってしまうのだよ。


「……ん?」


 ともう少し休憩でもしようかな、などと考えているとここから少しの距離で人々が集まり、ザワザワとした様子で一心に何かを見ているのが見受けられた。

 多すぎる人が壁の役割を果たしてて、何が行われてるのかがわからんな。……けど気になるなぁ。


「……ローズ」


「はい、なんでしょう」


「あの人だかりの中にぜひ突入しないかい?あんなに人が集まっているという事は、何か面白いことがありそうだ。気分転換に丁度よさそう。……それにローズ、君と思い出らしい思い出を作れるチャンスだ」


 俺は示すように指を指し……そして俺の言葉を聞いたローズは俯き顔を赤らめ、戸惑うような様子になる。

 ……うん、今のは俺がカッコつけすぎたな。けどローズもなんか過剰に反応しすぎじゃない?動揺隠せなさすぎ。いや、感情表現が豊かなのか?


 そんなことを思っていると、


「……はぃ」


 ローズが震える声でそう言った。そうと決まればすぐさま行動しよう。

 こうして、俺とローズは謎の人だかりに突入することとなったのだった。

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