第26話

 俺が背後を振り向くと、そこに立っていたのは外見年齢がおよそ30代ほどの1人の男が立っていた。

 ……いや嘘だ。40代にも見えるし、50代にも見える。とりあえずよく分からない。

 しかし一概して言えることは、


(ふ、太すぎんだろ。……もちろん縦じゃなくて横の方だよ?)


 オブラートに包んでもおデブさん……ド直球に言えば体重百十数キロはあるだろうとんでもない豚であるという事だ。


 いやいやいや気持ちわりぃーっ!!偉そうに髭とか生やしてんじゃねぇよ、いや別に髭を生やすのはどうでも良いけど寂しい頭とのギャップがすげぇ。

 それに脂肪が無駄に多いせいか身体の至る所には脂汗が滲んでいる。

 身につけているものも見て分かるほどに金ピカすぎて趣味が悪い、言いわゆる成金というやつだろうか?

 そして身長は俺よりも低く……一見してオークの品種改良もしくは突然変異したような男だった。


「ロドノフ侯爵……今の発言は一体どういう事でしょうか?」


 ローズが一歩前に歩み出る。その様子には微弱だが怒気が含まれているという事がわかる。俺の事を庇ってくれる姿も素敵だぜ思わず惚れちゃいそう。


「どうもこうもありませんぞローズ様。何故このような下賎な平民がこのマリーゴールド公爵邸に居るので?このような場所に……貴様のような奴は不釣り合いだわ!!」


 うぅん……なんかすげえ言われようだな。というかこいつ侯爵なの、貴族なの?初対面でもわかるぞこいつ絶対圧政者だろ。心配度で言えばエルザと良い勝負しそうだな。

 それにこいつ俺のこと知らないはずなのに勝手に平民と決めつける、と。いやまぁ実際そうなんだけどさ……何?やっぱり顔とかオーラとかで分かっちゃうの?

 アルビノとか白くて美男美女が多い気がするけど……今の俺でもそれに当てはまらないという事か……。


「……てか何だよおっさん、いきなりさぁ」


「……貴様なんだその口の利き方は。私はロドノフ・ブターン侯爵だぞ。貴様のような輩は本来話もできない程の大貴族であるのに……チッ、これだから平民は……」


 いや誰だよ。ブターン侯爵、つまりは豚侯爵ね。

 というか傲慢不遜な態度にムカついたので、これからもこいつには絶対敬語を使わないことは決定。

 喋る豚が〇ねよ……なーんて思ったりはしてないからねおほほほ。


「ロドノフ公爵、こちらのレノ様に関してはお父様が公爵の名にかけて正当な手続きを踏んで身柄を保証しています。……侯爵とはいえ客人の貴方様に、どうこう言う権利はないと思いますが」


「しかし私達は選ばれた血統なのですぞ!?このような雑種と共にいるだけでも悪影響を及ぼしかねないのですっ」


 流石に公爵の名を出されれば返す言葉に困ったのか……豚侯爵はジェスチャーで必死に焦りを表現しながらそう話す。

 ……というか妙だな。なぜ焦る?確かに血統うんぬんで俺とローズを引き離したいというのは理解できるが、しかしそれだけではここまでの焦りは生まれないはずだ。


 それにこいつのローズを見る目……違和感を感じるな。強い執着を感じる。あれか?ローズをぜひ息子の嫁にとか思ってんのか?ふははは……なら俺が命にかけてもそれを阻止してやる。

 そう考えると未練たらしくさっきの婚約についてもうちょっと考えとけばよかったなどと思う俺であった。


「……レノ様はわたくしの命の恩人です。そんな方に何のもてなしもないとなると、貴族としての面子に関わります。……お分かりですよね?」


「ぐぬ……それは……まぁ……分かります」


 ここで一気にローズ選手の追い打ちぃっ!!豚侯爵はろくな反応が出来ていない!!強い強すぎるぅ、真正面からの正論の嵐はやはり最強だぁ!!


 論破論破論破ぁっ!さっきまで傲慢に振舞っていたやつが萎んでいく姿ほど見ていて面白いものは無いな。俺はそんな下衆な考えを思い浮かべていた。


「というか貴様も何か言ったらどうだ!?先程からローズ様ばかりに話させて……恥ずかしいとは思わんのか、この猿が!!」


 ……なかなか痛いところ着いてくるな。確かにこれに関してはこいつの言う通りである。豚侯爵と話したくないのでこうして黙っていた訳だが、どうやらこれ以上は難しいようだ。

 というかこいつやけに俺の事煽るなぁ。ローズに取り入りたいなら機嫌を損ねる行為など最悪の一手なのに。……ほら、俺の事を貶す度にローズのこめかみに青筋がたってきてるよ?気づいてないのかな。


「あー、すまんね。……それで結局、お前はいきなり怒鳴り出してさぁ……何が言いたい訳?」


 俺の態度に不愉快を隠そうとしなかったがしかし話が進まないと判断したのか、豚侯爵はそのまま話し立てる。


「……私達貴族は貴様のような平民とは、まずそもそも存在の価値からして違うのだ。……レノとか言ったか?今すぐその態度を改め謝罪し、この屋敷から出ていくがよい」


「……いや話聞いてた?俺の身柄は今ウィリアム公爵に保証されてるの。だからぶ……お前にどうこういう指図される資格はないんだって」


「っ、うるさい!!そんなことは知ったことか!!……どうやら貴様は下賎な平民の中でも更に救いようのない部類に入るらしいな。近くにいるだけで不愉快な気分になるわっ」


 こいつ……馬鹿か?特大ブーメランだろそれ。自己紹介してんじゃないよ。

 そして怒りからか興奮からか先程から失言しまくりである。その事に気づいたローズ(絶賛激怒中)はここぞとばかりに豚侯爵にそれを指摘した。


「……ロドノフ侯爵、それはマリーゴールド公爵としてのお父様の顔に泥を塗るという事でしょうか?先程も言った通り、こちらにも公爵家としてのプライドと面子があります。ですからレバノン侯爵と言えども従う訳にはまいりません」


「ですが、ローズ様!!……これは貴方様のためでもあるのですぞ!?」


 必死さが伝わってくるが……ローズは無表情を維持したまま、口を開く。


「そうですか。ですが、考えは変わりませよ。マリーゴールド公爵家はレノ様に感謝の意を伝える。第三者から圧力をかけられようとも、しっかりと適切な対処して面子を守る。それだけです」


「っぅ……!!」


 ……だから結局のところこいつは一体何がしたかったのだろうか?

 意気揚々と登場したは良いが、自滅してるじゃないか。まさに噛ませ犬だな。ローズの怖さを再確認するだけの引き立て役である。


「……ローズ様!!」


 そうしていると奴がローズに近寄ろうと一歩踏み出す。いくら言葉では通じないことがわかったからと言って感情的な行動は感心できない。

 そして、盗賊達のトラウマからか現にローズに一瞬ではあるが恐怖心が生まれていたのを俺は見逃さなかった。


「おい、今お前ローズに何しようとした?……強引に詰めよろうなんて考えたのなら、それ以上は俺が黙っている思うなよ」


 迫力交じりにそう告げながら……俺はローズに伸ばされていた腕を強引に掴み捻って、それ以上の進行を阻止する。

 スキル『身体強化』を用いて握力と腕力を強化。脂汗で手が滑り、ぶよぶよの脂肪肉が気持ち悪い感触を生み出している……正直触りたくねぇ。

 だがしかしローズに触れさせる訳にはいかないので、俺は何とか我慢しながらギチギチッ!とさらに力を込めて、豚侯爵を脅しにかかった。


「ぐぎゃあっ!!い、痛い!!は、放せこの平民がぁっ!!私を傷つけようなどとは無礼にも程があるぞ!!」


 いちいちムカつくやつだな。俺だってやりたくてやってる訳じゃねぇんだよ。

 そんなことを思いながらしかし俺も少しこれはやり過ぎたと感じてしまったので、奴の一挙一動を見逃さないようにしつつ手を離してやった。

 豚くんは急に手を離された衝撃から「ぐえっ!」と鳴き声を上げながら尻もちを着く。……っていうか鳴き声って俺無意識にこいつの事完全に豚認定してる?


 うへぇ……それにしても手のひらめっちゃベタベタするなぁ。妙に生暖かくて、生々しい。


「ぐっ……貴様ァ!!もう許さんぞ、この私に無礼を働いたこと後悔させてやる!!」


「あ、そうかがんばれよ」


 赤く腫れている片手を抑えながら豚侯爵は怒鳴りつけるが、しかし俺はそれを気にせずスルー。できるものなら是非やって見て欲しい。

 1番分かりやすいのは武力行使だろうが冒険者ギルドにも出来ない事がこいつに出来ると思えないからな。


「っぅ……!!」


 悔しそうに顔を大きく歪ませながら豚侯爵は俺をキッ!と親の仇のごとく睨みつけてくる。怒りだけで人が殺せるなら楽々と人を殺せそうだが……しかし俺は口笛を吹いて難なくそれを受け流す。


 まだまだ言いたい事があったのだろう。とりあえず貴族主義について。

 しかしこの頃になってくると屋敷に在中しているメイドや客人なんかが俺達の方に視線を向けてきておりかなりの注目を浴びている……豚侯爵君もこの状況下でこれ以上の問題を起こすのは不味いと判断したのかそれ以上の行動を止めた。


「レノ……レノレノレノレノ……よし、貴様の名前覚えたからな。この私をコケにした事を後日絶対に後悔させてやる!!」


 こういう奴を社会の汚物とか恥とかなんとか言うのだろう。雑魚っぽいセリフを告げながら豚侯爵は重そうな身体を動かし、座り込んでいた姿勢からその場で立ち上がる。

 そうして1度ローズに視線を向ける。

 その後はまたもや俺の事を睨みつけて……「チッ!」と舌打ちをして俺達から逃げるようにこの場から離れていった。


「……なんだったんだ結局?」


 俺の呆れの混じった呟きを聞いたローズは、豚侯爵の後ろ姿を見ながら口を開く。


「あの方は昔から何故か執拗に私に固執しているのです。今回も私の隣に麗乃様がいたので突っかかって来たのでしょう。……正直、好きにはなれないタイプですね」


「……ま、そだね」


 安心しろ俺もだ。ああいう人種はそもそも生理的に好きになる事が出来ん。俺とて傲慢で他者を見下すことは多々あるけどそれでもあんなには酷くない。


 せっかくローズと楽しくおしゃべりしていたのに、あいつのせいで台無しだわ。……まぁあいつが俺の事を狙ってくるのならばそれはそれで良い。SSSランク犯罪者として叩きのめすだけだ。


「……大変申し訳ありません麗乃様。あのような方でも一応は客人であるのです。……強く出られない事を謝罪させて下さい」


 ……ん?いやそれは良いんだけど強く出られないって本気で言ってるの?俺的にはめっちゃ豚侯爵に反論して論破してたような気がするんだけどな。

 あれが本気でないのだとしたら……ひえぇ、ローズの真価はまだまだあんなもんじゃないって事かよ。

 ……うん、これからはローズの機嫌を損ねないようしようそうしよう。


(……でもなんか調子狂うなぁ)


 しかしいつもがお淑やかであるだけにこういう自信なさげにシュンとするローズには思うところがあった。いやまぁ保護欲唆られるし全然アリなんですけどね!!

 だがまぁこのままって訳にもいかないし……こういうのはあまり俺のタイプでは無いのだけれど、


「……別にいいよ」


「……え?」


 ローズは顔を上げる。


「ほら……ローズみたいな可愛い女の子の前で格好つけたくなるのは男の本能だ。あいつのおかげで俺の出番あったし。……そういう意味で考えれば、自主的にやられ役になってくれたあの豚侯爵にも感謝できる」


 なんか俺ローズと出会ってからキザで恥ずかしいことばっか言ってる気がする。思わず顔赤面しそうだ。

 そんなことを考えながら明後日の方向を向いていると……ローズは一瞬ぽかんとした後、直ぐにくすくすと面白そうに笑みを浮かべた。


「ふふ……麗乃様らしいですね」


 俺らしいって何だよ、と反論したくなったが俺は黙りこくった。

 何故かって?ローズがあまりにも可愛らしかったから、俺はそれに見とれてしまったのだよ。

 うるうると湿っている瞳に加えて艶のある小さな桜色の唇。上目遣いってのも良いね!!どこか幼げかオーラも出ており、思わず抱きしめたくなってしまう。

 ……正直、理性を抑えるのに必死だった。


「さ、さて……いつまでもこんな話をしているのもどうかと思うし、とりあえずこの屋敷を案内してくれよ。……あーあぁ!!ローズみたいな可愛い子に案内して貰えるなんて、俺は幸せものだなー」


 露骨な話題変換。緊張から早口でそう述べた俺は歩き出す。背後ではローズの朗らかな雰囲気が滲み出ているのが肌で感じられた。

 少々わざとらしかっただろうか?そんな事を考えながら、しかし俺は歩き続ける。


 (……認めたくはないが、俺って意外とヘタレだったんだな)


 SSSランク犯罪者とは言っても、やはり俺は童貞坊っちゃんの様だ。

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