第25話
「御館様、そろそろ……」
「む?もうそんな時間か?」
背後から遠慮がちに聞こえてきた声にウィリアム公爵はそのように反応する。
ローズと俺の婚約話が話題に出てきて……あれから数十分程度が経過している。俺は何とか少しずつ話題をずらすことに成功して、今はウィリアム公爵とこのマルファスなんかについての話に花を咲かせていた。
……正直、めっちゃ難しかったぜ。話を露骨に脱線させないように意識しながら、適度なペース配分で進めなきゃならないからね。
ただまぁそんなこともあって、最終的にはこのような切り替えに成功していた。
正直少しというかかなり残念だけど、しかしこういう大切な話はしっかりと話し合った上で決定すべきだろうから。ローズを大切に思っているからこそ、そこは譲れなかった。
何故かローズは不服そうに頬をふくらませていたけど。可愛い。でもなんで?
「そうですか……まぁそうですね、お仕事の邪魔をする訳にはいかないですし、この話はまた今度という事で」
「済まないなレノ殿」
どうやらウィリアム公爵はここ最近仕事に手付かずでだいぶ溜まっているらしい。……まぁ娘が行方不明なんだから何となく理解は出来た。
なので今日から社畜のごとく働いて挽回する必要があるのだとか。うん、他人事だから言える、頑張れ。
「そういえばレノ殿は、宿はどうするつもりなのだ?マルファスにしばらく留まるのなら、宿は必要だろう」
……あー、やべ何もも考えてなかったわ。ずっと野宿だったからそんな発想すら出てこなかったというかなんというか。
自分の無計画さに呆れてしまうぜ全く。
「……特に考えてなかったです」
ぎゃーっ、ローズそんな馬鹿を見るような微笑ましい視線を俺に向けないでくれぇ!!自分でもわかってるからさ!!
そしてバツの悪そうに俺がそう考えていると、ウィリアム公爵は「ふむ……」と考え込み始め、そして数秒もしないうちに口を開いた。
「なら、ぜひこの屋敷に泊まっていくと良い。幸い来客用の部屋があるからな。もちろん対価などは要らない……ローズを救ってもらった礼だ。せめてこれぐらいはさせて欲しい」
「良いんですか?」
ウィリアム公爵のその提案に俺は驚愕を示す。貸しまで作ったにも変わらず、その様に対応してくれることに意外性を感じたからだ。
ただまぁそれは俺にとっても渡りに船である。宿をとるのって意外と面倒くさいしな。混んでる可能性もあるし。というか大貴族の屋敷に泊まるってなんかワクワクする。
「
ちらりとローズの方を見るが、彼女もどうやら賛成であるらしい。シュンとしているローズも美しかったが……「なら」と、とりあえず今はその提案を受ける事にした。
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「ああ、好きなだけ居てくれて構わない。……案内については、ローズ頼めるか?」
「はい、お父様」
ローズがこくんと頷く。
「ということで分からないことがあったら、ローズに何でも聞いてほしい」
メイドにでも任せれば良い話であるが、公爵令嬢直々とはなかなか思い切っている。
まぁ俺としても知らない人間より、ローズの方が気が楽というものだ。癒されるし。
「分かりました」
俺がそう言ってローズと共に立ち上がると……
「改めて1人の父親として礼を言わせて欲しい。……レノ殿、ローズの事……本当にありがとう」
彼は公爵としてではなく、1人の父親として俺に再度頭を下げてきた。そこには今まで話してきた中でも最も確固たる意志が感じられる。
それがどこか羨ましくて、微笑ましい。俺まで影響されてきたようだ。
ウィリアム公爵とはこれからも良好な関係を気づいていけそうだ、そんなことを考えながら俺はゆっくりと告げる。
「いえ、こちらこそローズには助けて貰ってばかりですし。……でも、ウィリアム公爵のその感謝の気持ちは素直に受け取っておくとします」
◆ ◆ ◆
「はぁ……つっかれた。濃密すぎんだろ」
ウィリアム公爵の執務室から退出した俺は気だるそうに歩きながら、そんな呟きを漏らす。そんな俺を見て相変わらずの様子だと思ったのかくすくすとローズは微笑んだ。
「お疲れ様でした。……ですがそこまで疲れる内容でしたでしょうか?ただの話し合いですし」
ローズの言葉に、
「なんつぅかなぁ……ローズの前でこんなこと言うのもあれだけど、お前の親父さんオーラヤバくね?内心めちゃくちゃチビりそうだったんだけど」
俺は歩を動かしながら、そう告げたのだった。
途中からはあまり気にならなかったけど最初の方は圧迫感が凄かった。思わず固唾を呑んでしまうぐらいには。
ふん……SSSランク犯罪者である俺にここまで言わせるなんてなかなかやるじゃないかローズパパ。武術の心得はなさそうだったけど、ある意味恐ろしいぜ。
「ただまぁ、ウィリアム公爵がローズの事を溺愛しているというのは分かったよ。俺に頭下げるぐらいだしな」
その情報が今俺が話していて、最も印象に残っている事だ。ふむふむなるほど、ウィリアム公爵はローズのことが大好き、と。……なら婚約とか馬鹿げたことを提案するなと思うのは気の所為?
「たしかにお父様には私の事を溺愛……とまではいきませんが、過保護な面は少しありますね」
「……まぁそれぐらい過保護の方が良いのかもな。俺の事もそうだけも……ローズは何気に行動力凄いし、誰かが手綱を握っていないと危なっかしいったらありゃしない」
「……そうですか?」
「ああ断言出来るな。確かに普段はお淑やかなんだが、有事や緊急の際になると話は別だ」
「……む〜」
「ははっ、むくれるなって」
そんな軽口を交わしながら、俺達は広く長い高級感漂う廊下を歩いていく。いや廊下が高級感漂うってどういう事だよ。
そもそもなんで廊下にレッドカーペットが敷いてあるの?というかこの真っ白な壁も特殊金属で出来ていたりするのか?ならお値段はどのぐらいなのか。全くもって恐ろしいぜ。
時折メイドが俺達の前を通り過ぎるがその誰もがローズを見て先ず驚き、その次に俺を見て訝しむ用な視線を向けてくるというのがなんか決まり事みたいになってる気がする。
ええ悪かったですね俺みたいなパッとしないやつがここにいて。ちなみに不審者じゃないぞ。ローズパパにも許可は貰ってるしな。
そんな事を思いながらもしくは話しながら、それぞれが幸せそうに笑みを浮かべて歩いていることしばらく……しかしやはり異世界に面倒ごとは付き物なの様で。
「……おい、貴様!!なぜお前のような
唐突にそんな怒鳴り声が聞こえてきた。うん、どこからどう見ても俺の事。というかそれしか有り得ない。
圧倒的面倒事の予感。
(……テンプレだな)
……さて、どうしてこうなるのでしょうか?
俺はそんなことを思いながら後ろを振り向いた。
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