第24話

「まずは……」


 ウィリアム公爵はゆっくりと口を開く。その表情は相変わらずで睨まれてるようにしか見えない。

 いや見えないというか本当に睨まれてるのかも。可愛い娘に虫がついたとかなんだとかで。


「──ありがとう!!君のおかげでうちの娘はこうして無事に私の下へ帰ることが出来ている。大切な一人娘だ、もし何かあったら私は私でいられるかどうか分からなかった。レノ殿……本当に、ありがとう!!」


 ってえぇ?なんか感謝されてしまったんだけど。

 というか大貴族がただの平民である俺に頭を下げてるのって絵面的にダメなやつじゃない?

 ローズ達もさぁ、ニコニコ笑ってないで止めなさいよ。


「い、いや……別にそこまで感謝されることじゃ」


「そんなことは無い。……それに、ローズを助けていただいただけでなくマルファスまで護衛してもらったのだ。それに関しても1人の父親としてお礼を言わせてもらいたい」


 まだもや頭を下げられてしまう始末。

 もはやどうすれば良いのか分からない。こういうタイプは義理を重視するので……別にいらんけど貸し1つぐらいにしとけば、とりあえずは何とかなるのだろうか。


「……じゃあいつか私の望みを1つ、ウィリアム公爵が叶えてくれるというのはどうですか?」


「……それはつまり貸し1つということか?」


「まぁそうなりますね、もちろん可能な範囲でです。……あぁ別に嫌ならいいですよ?というかそもそも貸しの内容も決まってないですしね」


 大貴族に頼み事ねぇ……金は別に要らんし。名誉も要らない、というか俺には既にSSSランク犯罪者というえげつない肩書きがある。

 あ、俺の指名手配を解除してもらうこととかは……まぁ流石に出来ないか。いくら公爵家とはいっても冒険者ギルド相手はキツそうだし。


「……いや、了承した。我がマリーゴールドの名に誓って1回レノ殿の願いを聞くことを約束しよう」


「ありがとうございます。では、それで」


 まぁその権利を持っていて何か損がある訳では無いだろう。

 とりあえずは何とか丸く収まったようで。俺は安堵のため息を吐かずには居られなかった。

 ……しかし、ここでタイミングを見計らっていたローズが横槍を入れる。


「では盗賊からわたくしを助けてくださったお礼はそれで良いですね。……でしたら次は護衛の報酬についてお話しましょうか♪」


「……あー、そういう系?」


 え?……それ別々なやつだったの?てっきり兼用しているというか、なんというか。とりあえず俺としてはそれも込みで貸し1つにしたつもりだったんだけどなぁ。

 というかそうなってくるならもう食料なんかを融通してもらう、とかで良い気がしてきた。貸しは2つあってもいらないしな。その分、食料はマルファスを出た後のことを考えると多く持っておくに越した事は無い。

 もう二度とあんな思いは……『飢え』は味わいたくないからな。


「ふむ、確かにそれもそうだな。だが、何を礼として支払えば良いのか……」


 ウィリアム公爵もすんなり頷いて……またもや深く考える素振りを見せる。

 どうやら決めあぐねているらしい。俺はそれを見てとりあえずじゃあ食料についてを提案してみようと口を開こうとする……が、俺よりも先にウィリアム公爵の背後に佇む老年の執事が告げた。


「では……ローズお嬢様さえ良ければですが、婚約など如何でしょうか。幸いお嬢様は10年に1度の絶世の美女でございます。麗乃様……いえ男性として、欲をそそるものがあるかと」


「ぶふうぅぅっ!?」


 ……は?婚約?俺とローズが?

 ローズと婚約……だとっ! ?


 何をバカげたことを言っているんだこの執事はさぁ!?いやもちろん俺としては大歓迎というかむしろこちらからお願いしたいぐらいなんですけど。

 だがあくまでそれは俺の気持ち。ローズはきっと嫌がるだろうと思って彼女に視線を向けてみるが……


「まぁ、それは良いかもしれませんね♪」


 ……おい!それで良いのかよローズ。俺一応SSSランク犯罪者なんだけど知ってるよね君。しかも別に俺自体フツメンでスタイルもそこそこ、ってなんか自分で言ってて悲しくなるが。

 とりあえず……なんで?


(いやそもそも、ローズや執事さんの考えがどうであれ、最終決定権を持つのは当主のウィリアム公爵だ。……うん、ウィリアム公爵なら可愛い娘と俺が婚約……いやまぁ結婚するのに反対だろう)


 頼むぜローズパパと今度はウィリアム公爵に視線を投げかける。……ただまぁそれはフラグに近いものがあったのかもしれない。

 だって……


「なるほど、それは良い案かもしれないな。だが公爵令嬢であるローズと婚姻を結ぶなら最低限貴族位は確保してもらわなければ……そうすれば行けるな。とりあえずあれをこうしてこれをこうして……」


 なんてブツブツ言ってたのだから。

 ぅおい!!いいの!?確かに俺はローズを盗賊から助けたさ、でもまだ会ってから数十分も経ってないよ。何処の馬の骨かも分からないやつに娘を預けるって本気かよおっさん!?


「……ちょ、ちょっと待ってください。婚約って……俺とローズがですか?」


「ん?あぁ、そういう事になるだろう」


 手で静止の合図を示しながらそう問いかけるが……しかしウィリアム公爵は「何当たり前のこと言ってるんだ?」と言わんばかりに返してきた。

 いやいや色々とおかしい事に気づいてんのかこのおっさん。


「あのー、ローズさん?」


「なんでしょうか?」


「……婚約って本気でっか?妙に乗り気なのも気になるんですけど、」


「逆に麗乃様にはどう見えているのでしょうか?」


 うん、どうやらそういう事らしい。いやどういう事だよ。そのままタキシード執事さん(名前知らない)に視線を向けるが、こちらも何か微笑ましいものを見るかのように微笑んでいる。

 ……なんかムカつくなこの爺さん、というか元凶。


(……やべぇぇぇ、この場をどうやって乗り切れば良いんだ!?)


 なんかもうローズと婚約しても良い気がしてきた。だってつまりそれはこんな美少女が俺の嫁になるという事だろ?つまり合法的にあんなことやこんなことができるという訳だ。こんな機会もう二度とない気がするし。

 ……いやいや俺は何を言っているんだ?こんな場でこんなノリで決めちゃあかんやつだろそれは。何とか話をそらさなければ!


「……はぁ」


 どっと疲れが押し寄せてきた、過労で倒れそう。

 なんか話がおかしな方向に、やけに複雑になってきている事に俺はため息をつかずにはいられなかった。

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