第23話

 ぐすん、ぐすんと涙ぐんでいるとようやく俺の存在に気づいたローズパパがこちらに視線を投げかけてきた。

 目の前のレイラが無事であった事に集中しすぎてどうやら俺の事など見えていなかったらしい。

 ……色々突っ込みたいところはあるけど、まぁ良いだろう。


「そういえば……そこの少年、そう君だ。君は誰だ?」


 俺?凶悪犯罪者ですが何か?


「……あー、すいません自己紹介がまだでしたね。……少し長くなりそうなので、そのソファに座っても?」


 もちろん俺はローズパパに正体を話す気はない。けれどもローズの事については正直に説明する必要があるだろう。

 とりあえずは座りたい。やけに歩き回ったせいで、俺の体力めちゃくちゃ消耗してるんだ。今更になって疲労が俺を襲ってきていた。


「あぁ、大変申し訳ございませんレノ様。自由にお座りになって大丈夫ですよ」


 ……うん、俺はローズパパに聞いたつもりなんだけどローズが答えるのね。ほらローズパパ少し困惑してない?俺なんて何処の馬の骨かも分からないのにさ。


 しかしローズから言質戻ったし良しとしよう。なんかローズが言うことは絶対っぽいし。


「よっこらせ。……じゃあ失礼して、」


 俺はそのまま来客用と思われる大きなソファに腰かける。ローズに続いてローズパパも俺と向かい合うようにして腰掛けた。……まぁまだ困惑しているようではあったが。


「……それで、説明してくれるのだろうな」


 うへぇ怖ぇ……凄い威圧感。

 だがしかしそれにはローズが無事だった事に対する安心感や歓喜が含まれている気がする。


 本来ならアポイントメント無しに押しかけている俺など相手にされるはずないし。

 ただローズがこうして無事に帰ってきているのには目の前の男、つまりは俺が関わっている。だから無下にはできないという事だろうか。


 ……うん、いいね。エルザみたいにいちいち騒がずに冷静に対応してくれるってのは、無駄に体力を使わない。とても気持ち良いものだ。優秀なんだな。


「貴方がウィリアム・マリーゴールドさんですか?」


「……ん?ああ」


「つまりはローズの父親ですね?」


「……それがどうしたのだ?」


 最終確認のために一応聞いておく。ローズの様子でだいたい分かるけどな。

 ……というかなかなか心広いな子のおっさん。俺の今の発言、結構無礼な言葉遣いに内容だったと思うんだけど。


「いえ、ただの確認です」


 そうして俺はまず自己紹介を始める。


「俺いや私の名前はレノと言います。ただの旅人ですね。性はありません、何分平民なもので……言葉遣いは失礼かもしれもせんけど、見逃してくれると有難いです」


「ああ。それは良いのだが……」


 ウィリアム公爵は俺を見ながらそう口にする。

 なんか渋い反応な気がするけど……まぁいいや。

 別に俺個人の事なんか興味無さそうだし。彼らが知りたいのはローズと俺の関係性などについてだろうから、とりあえず説明を始めた。


「実は──」


 ローズが盗賊に襲撃された事。護衛の騎士達はローズを守って全員死んでしまったこと。ローズを助け出したは良いが、マルファスまでの帰路が心配であるので俺が護衛を担うことになった事。


 まぁ実際にはもっと詳しく細かく話したが大体はこんな感じだろう。

 俺の話に耳を傾けていたウィリアム公爵や執事さんは何度も人間らしい反応を見せてくれた。顔を青ざめさせたり、困惑したり、絶望したり……しかし逆に歓喜したり、安堵したりなど。

 こうしてみると上級階級の人間も俺達とそうたいして変わらないんだな。


 ただ、ウィリアム公爵に関しては感情にによってそれぞれその厳つい顔立ちを歪ませるのには勘弁して欲しかったぜ。

 正でも負でもどちらにせよえげつないのは変わらんかった。ずっと睨まれているようで、怖い怖い。


 そうして全てを話し終えた俺は「……ふぅ」と息を吐いて、ソファの背もたれに身体を預ける。


 だってただでさえクタクタなのにさぁ、この雰囲気の中でずっと話し続けたんだからさらに疲労が溜まったんだよ。

 ここ1年ろくに人間と話してこなかった俺がいきなりお貴族様に説明とかマジでハードすぎるから。


 あれだわ……今まで生きてきた人生の中で1番緊張したかもしれん。常時威圧感みたいなの発してるしさぁ……生きてる心地しなかったねうん。


「……」


 そうしてウィリアム公爵は何かを考えるかのように、顎に手を当てながら先程から何か考え込んでいる。

 誰も言葉を発しないので……うん、なんかめちゃくちゃ気まずいなぁおい。


 唯一の癒しはローズだけだよ。この場で唯一ニコニコと笑みを浮かべて俺の事を見てくる。まるで一輪の花を見ているようで俺はこんなシリアスな雰囲気にも関わらず、どうしてもニヤァと気持ち悪い笑みを浮かべずにはいられなかった。

 鼻の下は伸びに伸び、目じりは垂れ下がっている。過去一気持ち悪い絵面だろう。まるで変質者だ。


「……ローズ、今の話は本当なのか?」


 するとウィリアム公爵は確認の意を込めて、彼の横にちょこんと座っているローズに向けてそう問うた。

 その返答はこくんと小さく頷くだけ……だがしかしかえってそれが信用度を増し、ウィリアム公爵は更に考えさせられることになる。


 そうして静寂が場を支配してしばらく……ウィリアム公爵は意を決したかのように口を開いた。

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