第36話

「やっぱり……こうなるんだよな」


 俺はローズの小さな白い手を握りながら、ガヤガヤと大いに賑わう人混みの中を隙間を縫うようにして速めの速度で歩いていた。


 俺がリードをし、ローズはそれに身を委ねる。

 俺がデイモン、もとい肉ダルマ君をちょっと悲惨な状態にしてからはや数十分が経過しており……その間ずっと、俺達はこうして歩き続け時に走っていた。


「レノ様、そろそろ安心と思われますけど……」


 その言葉を聞いた俺はその場で止まり……辺りを見渡しながら、大通りの端まで移動する。そしてさらに少し薄暗い路地まで足を運んだ。

 ……よし。ここなら全くと言って良いほど人が居ないから、とてもやりやすい。


「『感覚操作』」


 次の瞬間俺の五感という五感が鋭く敏感になる。

 しばらく俺達を付け狙っているやつがいないかどうかを感覚で調べあげて……ふぅ、どうやらローズの言った通り、上手く巻いたようだった。


「はあああぁぁ……疲れたぁ。漸く巻けたよ。……いくらなんでもあいつらしつこすぎん?」


 塗装がところどころ剥がれ落ちている、少し古びた公共用ベンチにどかっと俺は腰かける。

 ローズもそれに伴い「ふふふ」と優雅な動きで隣に座った。

 ……しかしそれにして、相変わらず不思議だよな。こんななかなかに不衛生そうなところでもローズがいるだけで楽園エデンみたいに心が癒されるのだから。……どういう原理?


「……まぁ、彼らのお気持ちも分からなくは無いですけどね」


 彼ら、というのはあの大会の観客達である。

 そう……なんというか俺達が逃げていたのは、警察でも衛士でもなくただの一般市民からであったのだ。


 ローズの前で無様な姿は見せられないという事で、俺があの肉ダルマ君に勝ってしまったのが不味かった。全く無名の俺が(実はSSSランク犯罪者だが)Aランク冒険者に圧勝してしまったのだから、それこそとんでもない数の人が注目の視線を浴びせかけてくる。


 俺としてはとっとと景品だけ貰って退散したかったのに、皆は逃がさないと言わんばかりに尽く俺の行動の邪魔をしてきたのだよ。

 ……そうなればもう仕方ないよね!!俺はローズをお姫様抱っこしての建物を飛び移って逃げるという超強引な手段に移行させて……そして諸々あって今に至るという訳だ。いや……その諸々に何があったん?


 それにしてもローズの身体良い匂いがして柔らかかったなぁ。手を握っている時も思ったが、何故こんなにも女の子の身体には中毒性があるのか?

 俺が童貞だからなんてのは関係……いや、あるのか?……ごほん!まぁ女の子に耐性がついていないのは百歩譲って事実だ。まだ誰かと付き合った事すらないし。モテねぇからしょうがないだろ!!


 って、ん?なんか話が変な方向に進んでるな。

 とこで話が拗れたんだ?最初は腕自慢大会の話だったのにいつの間にかローズの依存性についてを話していたな。……まぁいいや。


「……あの、」


「……ん?どうしたんだ?」


 すると、ローズは遠い目をしながら少し申し訳なさそうな様子で話しかけてくる。

 ここは路地裏とあり立地的に全体的に薄暗さを感じさせる。そんな中、表通りからは少しの光が入ってくるのでなかなかミステリアスな感じだった。

 ……いや何言ってんの俺。今はローズの話だろ。


「麗乃様、先程は大変申し訳ありませんでした」


 俺の方をマジマジと見つめて……すると何故かローズはぺこりと頭を下げてきた。

 ……え?いきなりどうしたんだこのは?俺なんか謝られる事したっけ……?


「このような展開になってしまったのは全てわたくしのせいですからそれの謝罪を、と思って」


 ……あぁなるほど、そういう事か。

 今こうして半ば逃亡しているのは元はと言えば肉ダルマ君と戦ったことが原因であり、そしてそれはさらに元を辿れば彼女自身に責任に行き着くと本気で考えているのだろう。

 ……いや、いくらなんでも考えすぎじゃない?


「私の我儘は、いつも他の人に迷惑をかけてしまうと実感しました……。麗乃様に助けて貰ったあの時だって……今回だって、それは同じです……っ!」


 ローズはその綺麗な顔をくしゃりと歪め、うっすらとその瞳に涙を浮かべて話す。

 俺はそれに何かを返すことはできず、しばらく静寂が場を支配した。……すまんね、なかなか気の利いた言葉が出てこないんだよ。


 そして、ようやく出てきた言葉が……


「別に良いよ」


 ……どっかで聞いたことのあるような言葉でした。


「……え?」


「……いやあのね?前も言ったけど男は美少女の前では格好つけたがる本能があるんだ。確かにローズがきっかけで目立つ事になったかもしない。けど、結果的には勝って、ローズの前で俺の活躍を見せれたと思う。……プラマイで考えれば、逆にお釣りが来るさ」


 その俺の言葉を聞いたローズは「……ふふっ、麗乃様ったら……もう」とか、めちゃくそ可愛く反応していたが……実はこれを言うの2度目なのである。


 確かあの豚侯爵の時に1回……似たようなことを話した。普通のカッコ良い主人公なら甘い言葉を投げかけてこの場を乗りきるのだろうが……しかしあいにく俺にそんな力はない。ついでに能力もない。


『別に良いよ。男は美少女の前で格好つけたがる本能がある』……これからはこれを俺のマジカルフレーズにしよう!!何かあった時には、とりあえずこれを言っておけば大丈夫!!

 使い回しオッケー!!なんか文句ある?


「まぁ要するに気にしなくて良いってこと、分かった?」


「……ですが麗乃様がそう思っていらっしゃっても、私は……」

 

 ああもう、焦れったいなぁ。

 そもそも被害者的立ち位置の俺でさえ忘れてたというか、もうどうでも良すぎて気にも留めていないだからローズが気負う必要は無いのに。


 そんな事を思った俺は、とりあえず話をすり替えようとポケットをゴソゴソと漁り始めた。

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