第28話
インデアル王国が誇る三大都市がひとつ……マルファス。
三大都市は王国の中で最も規模が大きく発展している都市のことを指すのだが、マルファスは王都を覗けば王国の中でも、最も発展している都市も言っても良いだろう。
だがしかしそれでも人が成り立たせている以上は完璧では無い訳で……いくつかある問題の中のうちの一つに、規模はそこまで大きくないがスラムという浮浪者が集まる地域があった。
奴隷堕ちした者や病気持ちの者など……とにかく、これからの人生において成り上がれる確率は非常に少ない。というかそもそも明日すら生きられるかどうかも定かでない状況で、そんなことを考える余裕が無いと言うべきか。
不衛生な環境であり、こういう言い方は好ましくないが普通に暮らしている者たちからすれば好んで近づきたくはない場所である。
だがそれはつまりマルファスを見回る衛士や冒険者達にも共通して言える事であり……犯罪者や犯罪組織からすれば格好の隠れ場所でもあった。
そして本題の場所はそんなスラムの中でもさらに奥に位置する薄暗く気味の悪い、巨大なボロ屋敷であった。この屋敷ははるか昔にとある貴族が暮らしていたのだが……しかし呪いや怨念が積もりに積もるようになってからは手付かず放置状態となっていた。
屋敷に入って少し進んだところにある階段を下に降りて地下へと移動する。
古びた廊下を歩いていくと、そこにはとあるひとつの巨大な空間が存在していた。
何も知らない者が今のその光景を見たのならば、驚愕の様子を示すしかないだろう。全く人気の無いと思っていたのに……そこには黒い外套を身につける集団が100人規模で存在していたのだから。
明らかに怪しい雰囲気を漂わせている……だがそれもそうだろう。こんなところに一般市民がいるわけが無いのだから。
そして実際のところ彼らは今巷を……否、世間を騒がせているとある犯罪結社であるのだ。
そしてもう1つ注目する点は、規則正しく並んでいる彼らの最も前方で、古びた焦げているソファに寝そべっているとある1人の男。
そこにいる100人以上の人間が彼に向かって跪いている。
……そしてそんな光景を見れば、その男がこの集団を率いるリーダー的存在であるということは容易に想像が着くだろう。
身長はおよそ170センチメートル半ば程で、危険な闇をその瞳に宿している男。顔つきも全体的に鋭く、その顔に浮かべる下卑た笑みからは鋭い八重歯を覗かせる。
正直、武術の心得のない一般的な人間であれば彼を見ただけで本能的に恐怖し萎縮するだろう。
「げひひ……計画はどうなんだァ?」
「全て、順調でございます」
心底楽しげな様子で、最も近くにいた部下にそう声をかける。俯いた姿勢のまま……少し大きめの黒い外套を身につけている男が淡々と告げた。
「そうかそうかぁ……げひひひ。いいなぁいいなぁ……楽しみだなぁ、のうのうと平和に生きている表の住人。そいつらが泣きわめき慄く姿を想像するってのさぁ」
頬を赤らめて……彼は自身の頬を血を滲み出しながらも掻き毟る。もはや我慢する事などできないといった様子だ。まるで意中の男性を思う、恋する乙女のような。
「その通りでございます。ヴェイル様」
「おいおい、だから司教と呼べっつてんだろ。……何度言っても学習しねぇなてめぇらは」
「……大変失礼しました、ヴェイル司教」
その言葉には怒気が上乗せされていたが……早急に訂正したことにより何とか難を免れたようだ。
ヴェイル……彼が本気でその力のままに暴れれば、ここ一帯……というかこのマルファス自体が楽々と消し飛ぶだろう、比喩ではなく物理的に。
ヴェイルはそれほどの力を持っている事で、司教というここまでの地位に上り詰めていた。
司教……それはつまり地球に当て嵌めるならば、カトリックにおける聖職位のひとつである。まぁこの世界でも似たような物だ。宗教における職位だと思ってくれれば良い。
「ぐひひ。この世界は腐っているよなぁ……正義が正しく悪が間違っているぅ。この世界にはそんな共通認識がある。……ぐひひひ、でもさぁ、それって悪の立場が無いってことだよなぁ?」
当たり前の事を当たり前と思えないのがヴェイルであった。客観的に見れば狂っていると思うだろう、だがしかし彼は本気でそんなことを考えていた。
「ぎひひひ、悪者はいつも正義のヒーローに倒される。……ならそれに当て嵌めて考えれば、悪しかない人間は生きる権利すらないって事だ。……ぷっ!ぎゃははは、そりゃあねぇよ異議ありありだ。だからその常識を、世界を1度ぶっ壊さないとねぇ」
ヴェイルはゆっくりと寝転んだ状態から起き上がり、ソファに腰掛ける。
「そのためにも……『魔神』ヴィギュルギュリム様に復活してもらわなければ、ぎひひひひぃっ!!」
『魔神』
……それはその名の通り、この世界の軸であり万物の素でもある魔力の全てを極めた者のことを指す。
魔神の力の前には人間のスキルなど塵芥である。
これはおとぎ話として語り継がれる伝説であるが、はるか昔に神々の権能を讓渡された大英雄エルダーディルに打たれた『魔神』ヴィギュルギュリム。
その魔神の復活こそがヴェイルの……彼ら魔神教団の最終目的であった。
「正直ああいうタイプはぶち殺したくなるがよォ……げひひひっ、情報を運んでくれたことには感謝しねぇとなぁ、きゃはははっ!!」
そう言って腰のベルトに刺さっている小型のナイフを閃光の如速度で引き抜くヴェイル。
そのまま指の動きと手首のスナップを用いて、凄まじい速度で投擲した。
「ひっ!!」
その恐怖の呟きを漏らしたのは誰か……全員が全員黒の外套をとっているので判断がつかない。だがしかしそれはただの投擲で精神を恐怖させるほどのナニカを持つヴェイルへの恐れの表れであるという事は確かであった。
「ぎゃはははははっ!!……もうすぐぅ、もうすぐだァ。待っていてくれよヴィギュルギュリムサマ。この私がっ、アナタサマを眠りから叩き起して見せますからねっ、ぎひひひひひぃ!!」
ヴェイルが投げたナイフは壁にクレーターを生み出しながら壁に根元まで突き刺さった。
そしてそのナイフが穿ち抜いていたのは……少し黄ばんだペラペラの紙の中央部。
そこにはとある美しい少女の似顔絵写真が書かれており……その少女の額ど真ん中であり、そしてヴェイルの狙った通りだった。
(そのためにも生贄になってもらうぞぉ、ローズちゃぁん……ぎゃひひひひぃ!!!)
そう。そこに描かれていたのはこのマルファスを統治するウィリアム・マリーゴールド……その実娘であるローズ・マリーゴールドだった。
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