第21話

 俺はキョロ充の如く辺りを見渡しながらマルファスの大通りをローズと共に歩いていた。

 別に恐怖している訳では無い、気になるのだ。自分が辺りからどう映っているのかを。


 だがしかしそれでも先程までよりはずっとマシになっているので、挙動不審すぎてかえって目立つということは無かったのが幸いだった。


「……それにしても、すごい人だな。いつもこんなものなのか?」


 俺は前方を歩くローズに向かって話しかける。

 その言葉に彼女な微笑みながら返した。


「ええまぁ、そうですね。一応三大都市であるので、このぐらいは人はいるものなのですよ」


 技術的には……なかなか進んでいるのか?基本的に道路はコンクリートだけども、建造物は石やレンガが使われているところもある。……均一じゃないからよく分からねぇ。


 そして最も目を引くのが……とんでもない人の多さだ。人口密度高すぎて思わず酔いそうになる。

 道端にはいくつもの露店や出店が展開されておりそこで買い物を楽しむ客や、家族や友人と歩いている者が大多数を──それも数百人単位で──占めていた。


 そんなこともあって歩くのには少し苦労する。歩けないという程ではないけど、それでも密ではあるから。つまりいくらでも痴漢し放題ってね、ぐへへ。


 まぁもし我が天使ローズに痴漢しようものならば、俺のあらゆる全てを使ってもそいつに地獄を見せてやるけどな。……正体がバレる?知ったものかそんなこと。


「これが……マルファス。皆が幸せそうだなぁ。……少し羨ましいよ」


「……え?」


 しかしともかく、俺はローズパパが領主であるこの都市内の様子を実際に見て、感動感激の他に少しの羨ましさを感じてもいた。

 誰もが笑顔で、幸せそうに暮らしている。


 この世界に家族も友達もいない俺は一人ぼっち……そう考えると、思わずには居られなかった。


 ──しかし、家族や友達はいなくても、俺のすぐ近くに天使か聖女はいたようで。


「大丈夫ですよレノ様。お寂しいのでしたら、私が貴方様の心を温めて差し上げますから。一人で抱え込まないでください。貴方様はもう、一人ぼっちでは無いのです」


 ローズは俺の手を握りしめながら、小声でそんなことを言ってきたのであった。


「……っ!!……君は、いつも俺が欲しい言葉をくれるんだね」


 ……美少女の一言はどうやら俺に効果バツグンだったようだ。寂しさが原因で乾いていた部分が、それだけでポワポワと暖かくなってくのだから。

 ……というか何度も言うが、不意打ちすぎる!!ローズは魔性の女か何かか!?男へのスキンシップが激しいのに加えて、距離が近すぎるんだよ!!

 こんなん、紳士の中の紳士である俺じゃなかったら勘違いするって何度考えれば良いんだか。


 これが意図的にじゃなくて、自然に出てくる天然であるのならばなお恐ろしい。……まぁどちらにせよ傾国の美女という言葉がピッタリだ。


(どんどんローズの異名が増えていくな。……天使に聖女、はてには傾国の美女……か)


「ん?……というか、レノ様って何?」


 麗乃様じゃなくてレノ様って今ローズ言ったよな?

 ローズの様子からして、言い間違えでは無いようだし……まさか元カレとか何かか!?俺とダブったとかそういう事ぉっ!?


 内心あたふたしながら、そわそわチラチラローズを見る。彼女は「……あぁすいません」と微笑みながら、しかしまたもや小声で口を開いた。


「麗乃様の偽名です。公衆の面前で名前は呼べないので、偽名はあった方が良いでしょう?……麗乃というのを少し弄ったのですが、お気にしませんでしたか?」


「……なんだ、偽名かぁ」


 ……あぁなるほどな、確かにその通りだしその考えはまるきり失念してた。

 ……というか、冷静に考えて俺は何を言っているんだ?なんでそこで元カレが出てくるんだか。自分の思考回路がどうなってんのか知りたいよ。頭ぶっ壊れてんのか?


 あれか?人と会話しなさすぎてコミュニケーション能力が低下してるとか?元々陰キャラだったのに、さらにそれが進むのはきつい所があるな。

 それに、ローズに元カレがいるはずがないだろう。こんな天使に元カレは……いない、よね?


「な、名前自体は良いんだが……なぁローズ。因みに今まで交際経験は?」


「え…………いや、ありませんけど。男性とこうしてまともに話すのも、お父様とお屋敷で働くものたち以外だと、麗乃様が初めてですし」


 うん。だよね、そうだよね。わかってたよ俺は。

 なるほどつまりは俺が初めての男だという事だな……いや何言ってんだ、都合よく解釈しすぎだろ俺。頭悪すぎか。

 ……って、なんか最近1人でボケて1人で突っ込んでというサイクルが多くなってる気がするなぁ。


「……腹減ったし、あそこのドーナツでも買っていかないか?」


 しかしいつの間にかぶり返してきた緊張や不安が全て解けたようで……俺はそんな馬鹿なことを考えながらも、空腹から近くにあった露店を指さす。


「そうですね。確かに小腹も空いてきました」


 ローズも賛成なようで、そのまま隙間を縫うようにして歩いていき、目的のドーナツを売っている売店の目の前まで到着する。

 うん。地球のとは少し違うがなかなか美味そうだな。


 そうしてそれぞれお金を支払って、ドーナツを買う。……因みに俺の金は今まで俺の事を襲ってきた冒険者共から拝借したもの。迷惑料だから当然だよね、俺は悪くない。

 塵も積もれば山となる……いやまぁ全然塵じゃいけど、しかし今の俺は大金持ちなのだよふははははは。ポケットいっぱいに金……つまりは金貨が入っている。


「んあ……そういえば……迷惑料といえば、」


 ローズと共にドーナツを口に含みながら、俺は1人げに呟く。そうしていると俺のちょうど目の前に、どデカく『質屋』という看板が引っ付けられている店が見えた。即鑑定も可能らしい。


 俺は視線を腰に刺さっている物と看板に行き来させて……これは天啓か何かか?なんか妙にタイミングが良すぎる気がするが……まぁ良いだろう。

 正直、エルザへの嫌がらせであるが。


「……よし、あの質屋でエルザから奪ったこの伝説の聖剣を売るとしよう」


 煌びやかな鞘につつまれているエルザから迷惑料代わりに奪ってきた伝説の聖剣とやらを売り払うことにした。

 ……いやだってさ、これ持って実際に移動してると めちゃくちゃ重いんだよね。邪魔だし。正直武器は石ころや木の枝で十分。

 大貴族の家宝がボロ質屋で売られているっていうシチュエーションには失笑してしまうが。 


 ……まあともあれ行動に移すとしよう。


「ローズ、少し大丈夫?」


「ふぁい……んく、何でしょうか?」


 口いっぱいにドーナツを詰め込んでいても、まるでリスやハムスターのようでとても可愛らしい。


「ちょっとあの質屋に行ってこようと思う。なるべく早く終わらせるから、少し待ってもらっても良いか?」


「ふぁい、分かりました」


 ローズからの了承も得た事だし、俺はそのままの足取りで質屋の中に入店した。……店内は全体的に薄暗くて、なかなか怪しかった。まるで危ないお薬が売ってそうな雰囲気。

 まぁ異世界の店なんてだいたいこんなものだろうが。


「買い取ってもらいたいものがあるんだけど……良いかな?」


 そうして俺は聖剣を質屋に売ったのだった。

 正直伝説の聖剣とだけあって、適正価格で売れば星金貨が数百枚はくだらないのだろうが……けど別に値段はあまり執着しなかったので、とりあえず金貨5枚で売り払った。

 そんな事よりも腰周りだ。ズッシリとした重みから開放されたので、めちゃくちゃ動きやすいし楽になった。


 ふふふ……すまんなエルザ。お前の家の家宝は金貨5枚で売らせてもらったぜ。うんまぁ、これ知ったら多分エルザ涙目だろうけど。


 そんなことを思いながら、俺はウキウキとした気分でローズの所へ戻るのだった。

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