第29話

 ──1週間後、早朝。


「ふわぁ……ねむねむ。うーん……だがしかしぃ、起きろ俺っ。今日は待ちに待った日だぞ!!」


 俺はとんでもなく眠い身体にムチを打ちキングサイズのベットからのそのそと何とか抜け出す……そうしてスキル『水流操作』で空気中に水流を生み出しその水で顔を洗った。

 いやぁやっぱこのスキル便利だわぁ。わざわざ洗面上に行かなくても良いし、それに浮遊操作可能だから辺りに被害出さないし。

 もはや必需スキルである。実際問題このスキルなかったら『乾き』でとっくに死んでると思うしな。


 そして次にウィリアム公爵から頂いた着心地のよい寝巻きを脱いで普段着に着替える。うっほぉっ!!ローズと同じよい匂いがするなぁ。くんくん、つまり俺はローズに包まれているという事か。(謎理論)

 ……まぁそれはつまりウィリアム公爵にも当て嵌めることも出来るけど……うん、それは勘弁願いたい。


 そうしてだいたい準備ができた俺は両開きの扉を開けようとするが、ふと思いだしその動きを制止させた。

 危ない危ない。黒髪のまま外に出るところだったぜ。この扉の向こうにはメイドが常駐してるから危うく通報されるところだった。


 俺は今ローズから解析したスキル『七曜星天』を解除しており……黒髪黒目のSSSランク犯罪者東雲麗乃状態だった。

 このスキル、効率が良いとは言っても根本はスキルだから魔力は使うのだ。

 俺のバカ魔力を考えれば数週間連続使用もいけるだろうが……しかし当たり前の事だが、睡眠時にスキルは使えないのだよ。


 ウキウキ気分なのは良いがしかしそれが原因でへまやらかして正体がバレるとか間抜けすぎるからな。俺は『七曜星天』《一曜》で世界に催眠をかける。そうするといつも通り俺の髪の毛、眉、瞳なんかが白色へと変化したのだった。

 何となく髪型をセットして……準備バッチリだ。


「……よし」


 そして、扉を開けて前で美しく突っ立っているメイドに声をかける。やっぱり気分は良くなるというものだ。朝っぱらから綺麗な女性に挨拶されるというのは、ね!!

 しばらく待っていると……うん見たら分かる、あれあかんやつや。なんでそんなもの着てんの?ってぐらいの疑問を持ってしまう程に高級そうなドレスを着たローズがやって来た。


「おはようございます麗乃様。……よくお休みになれましたか?」


「……ん、まぁね(嘘です全然眠れませんでしただから俺めっちゃ寝不足なんですよ)」


 そこは紳士的にさりげなく配慮するというものだ。

 そしたらローズが「そうですか」と微笑んで……そのまま「では行きましょうか」と告げた。

 ……まぁ時間に余裕はあるとはいえ無駄に過ごすのもどうかと思うし、正直俺もローズとのこれからが楽しみすぎて興奮を抑えきれていなかった。


 俺とローズは芸術的価値も見出すことの出来る廊下を並んで歩きながら、時折見かけるメイド達と挨拶をしたりして……そしてお喋りもしたりする。


「……それで、今日はどうするんだ?」


「そうですねぇ、特に具体的に目的地を決めている訳ではありませんので、適当に見て回りませんか?……幸い、本日は感謝祭とあって露店や出店は多いはずですし」


「んそだな。ローズがそう言うならそれで良いか」


 ぬふふふぅ……やっぱり楽しみだな今からでもニヤニヤとした笑みが抑えきれないわ。

 そう……今日は待ちに待ったローズと2人きりの『デート』だったのだっ!!


 ちなみに、これは俺から誘ったの事では無い。チキンな俺にそんなハードル高すぎる事が出来るわけないだろう。

 ウィリアム公爵の計らいである。1週間前の立食パーティーで羽目でいつの間にかそんな約束を取り付けられていた。


 ただまぁ正直言ってナイスだぜローズパパ。美少女とのデート、しっかりと脳内に保存しておかねばならん一生の宝物として。

 ……夜、ベットの中で1人げに身体をくねらせて、モゾモゾしてしまうぐらいには楽しみだった。


 ご、ごほん。決していかがわしい事をしてた訳じゃないぞ?他人の家でそんな事ができる胆力は俺には無いからな。

 まぁ匂い嗅いだりはしたけど……って、正真正銘の変態だな俺。SSSランク犯罪者だからと言うよりもただのわいせつ罪でいつか通報されそう。


「……あら?お出かけかしらローズ?」


 俺が気持ち悪い笑みを浮かべてローズと共に歩いていると……背後から可愛らしい?美しい?とにかく若々しい女性の声が聞こえてきた。

 背後を振り向くと、そこにはまたもやお高そうなドレスを身にまとったローズ似の絶世の美女がメイドと共にこちらに視線を向けていた。


「あらお母様。おはようございます」


「ええおはよう。……ふふっ、それでローズはこんな朝早くから男の子と逢い引きしているのかしら。羨ましいわぁ」


「もう、茶化さないでくださいよお母様。レノ様にはお礼も兼ねて街を案内するんです。……知ってるでしょう?」


「あらあら……確かにそうだったわねぇ」


 なんか……いたずらっ子みたいでやりにくい性格をしているんだよなぁ。容貌が美しいだけにローズと似た清楚系だと勝手に思い込んでいた俺が馬鹿みたい。ローズとの関係をめちゃくちゃ弄られた。


 しかしそれにしてもこんな外見年齢20代前半(実年齢は知らない)の女性から『男の子』なんて言葉を口にすると謎の背徳感から興奮するよなぁ。

 え?しないの?俺が特殊性癖を持っているだけか。


「ふふふ……レノ君もありがとうね。娘のわがままに付き合ってもらって。優しいのねぇ」


「い、いえ。それは良いのですが……」


 ち、近い。物理的距離近すぎだろ!!俺とローズママの距離は十数センチもない。いつの間にかそれぐらいの距離まで肉薄されていた。

 よく素早く動けるなそんな服装でって……いやいやそんな事よりも離れてぇ!!立派で大きなお胸様が俺の身体にィ!?つぶっ、潰れてるからァ!!


 童貞坊やの俺にはきついものがあるって!!……しっかしそれにしても柔らかいな。母性の塊というべきかなんというか、このまま眠ってしまいたい。

 鼻の下をのばして目元をだらんと垂らし、変態的表情でそんなことを考えていると……俺の背後から極寒の如く凍てつくような視線が浴びせられた。


「……れ、の、さ、ま、ぁ……!?」


「ひぃぃ、ごめんなさいごめんなさい!!でも言い訳がましくなるけどこんな母性の象徴を押し付けられちゃ抗えないのも事実なんだ。いや人妻だってことはわかってるよしかしだからこそ背徳感があってより興奮しちゃうっても理解して欲しいとりあえずすまないローズちゃん!!」


 速攻土下座。……俺は将来まだ見ぬ嫁さんに尻にしかれそうなだな、なんて思っているが実際問題ローズ怖すぎ案件。

 ローズの鋭い視線が俺の背中に突き刺さる……俺はそれに怯えるだけ。ローズママはそんな俺達を見て「あらあらぁ、とっても仲が良いのねぇ。お母さん的にはとっても嬉しいわ」なーんて言っている。

 誰のせいと思ってるんだ……いや半分ぐらい俺のせいだわ。


「おい、リゼラ。お巫山戯はそこまでにしたらどうだ?お前のせいで話がややこしくなっているだろう」


「……そうね。ごめんねぇレノ君、ローズ。少しからかいが過ぎたわ」


 そこで救世主であるローズパパが参戦。

 さすがにママさんも思うところがあったのか、そう謝罪の言葉を並べた。

 だがしかしその様子にもどこかおちゃらけた雰囲気が感じられる。ほんとに反省してんのかこの人。


「レノ殿、すまないな。娘が連れてきた初めての同年代の男性が君だったんだ。こう見えて嬉しいのだろう」


 ……ま、まぁそういう理由なら別に許せるけどな。特に初めてという言葉に過敏に反応した俺だった。


「おい行くぞリゼラ。仕事が溜まりに溜まっているんだ、君にも手伝ってもらうからな」


「……はぁい。……ということでまたねレノ君。ローズとのデートぜひ楽しんできてね」


「お前は全く……はぁ、本当に済まないレノ殿」


 ふりふりと手を振るローズママに対しため息を吐くローズパパ。なかなか息も合っており心做しか楽しそうだった。……そんな当たり前といえば当たり前のほのぼのとした日常の光景。

 俺は伏せた状態から顔を上げて……そんな様子に苦笑せずには居られなかった。


 そうしてローズパパとローズママがこの場から去っていったが……しかしまだその娘天使ローズについての問題が残っている。


 ……とりあえずどうしようかな。土下座を続けとけば……多分許してくれと思う。ローズの優しさにつけ込むのはどうかと思うが、この場を切り抜けるにはそれが一番良い選択だと思ううんそうしよう!!


 そうして俺が再度ローズに向かって地面に頭を擦りつけようとしたその瞬間……


「頭をあげてください麗乃様。もう良いですから」


 と、そんな女神の天啓みたいな言葉が聞こえた。


「……い、いいのか?」


「ええっ、麗乃様がえっちなのは知ってましたからね!!……私だって、将来的にはあれぐらいに……」


 ごにょごにょと自信なさげであったので最後の方は常人ならば何を言ってるのかすら分からないだろう。だがしかし俺はここまでのサバイバル生活で五感はそれなりに過敏であり……普通に聞こえた。

 ただまぁ、俺は口をへの字に結ぶ。僕何も聞いてないよ。

 だって俺……この作品では一応鈍感系主人公っていう設定なんだもの。鈍感系主人公なのに聞こえてましたとか、それはもう鈍感系主人公じゃねぇよ。


 とりあえずは、え……なんだって?って感じを醸し出しておく事にした。


「確かにまぁ俺はえっちだから、な!!仕方ない仕方ない」


「もう……開き直らないでくださいよ〜」


 意識的に高らかと笑う俺に対してむぅと柔らかそうな頬を膨らませるローズ。うんやっぱり可愛いなぁ。

 本当に……


「こほん。では改めて……行きましょうか麗乃様」


 二パッ!!と満面の笑みを浮かべたローズはその小さく白い腕で俺の手を握って、そして引いた。

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