第31話

『さぁ皆さんお待ちかね!腕自慢大会だぁっ!!』


 マイクらしき謎の物体を手に持つ、サングラスをかけた少しおちゃらけそうな感じの1人の男が天を仰ぎながらそう叫んだ。

 なんかDJみたいだな。


「まってたぞ〜!!今回はどんな奴が相手するんだぁ!?」


「フーフー!!今回も盛り上げてくれる事、期待してるぜおっさんよぉ〜!!」


「感謝祭の醍醐味と言ったらねぇ……これよこれ」


 男……ここでは司会の男と称した方が良いだろう。テンション高めの彼の言葉に対し、野次馬のごとく集まっている観客もそれに連動するようにして、興奮を抑えきれなかったのか口々に声援を送ったのだった。


 これが人混みに突入した俺の、視界の最初に写った光景だったのだが……なんだこれ?

 腕自慢大会?なんでそんなものがこの感謝祭で行われているんだか。感謝祭って農作を祝うんじゃなかったっけ。


「……ローズは知ってるか?」


 あまりに人が密集している事に対し、押しつぶされないか不安げに辺りを見渡しているローズに俺はそう問いかける。……って、別にぺちゃんこにされる訳じゃないんだから。可愛いけど少しはしたないですよ?


「……え?あ、ああすいません。なんですか?」


 ……って、聞いてなかったんかい。

 まぁ、声援がうるさすぎて俺ごときの声じゃかき消されるってのも分からなくはないけど。


「この腕自慢大会?の事だよ。……ローズは知ってるか?」


「あぁ……いえ、私も初耳です。まぁこれまであまりこのような催しには参加してきませんでしたし。なのでわたくしもどのようなものがあるか、隅々までは把握出来ていませんでした」


 どうやらローズも知らないようであった。

 ただまぁこうしてみているとなかなか面白そうな感じである。皆の反応から、結構人気であるということも分かるし。

 なので俺は踵を返すなどはせず、その後の成り行きを見守る事にした。


『さてさて、いちいち説明してる時間も勿体ない!!早速、本日の主役の入場だァ!!』


「「「「うおおおおおおぉぉっ!!!」」」」


 司会の男がバッと中央に存在しているリングに手を向けると……そこにかかっていたレッドカーテンが開き、その中から一人の男がぬっと歩み出した。


 ドシィンッ!!ドシィンッ!!


 うわっ……歩く度に地面が微妙だが揺れるとかどんだけだよ。それにマッチョすぎ。どんだけ鍛えたらあれほどの筋肉が肥大化するんだか。

 ……というかなに?観客の皆さん、なんでそんなに驚愕しているわけ?あのおっさんってそんなに有名なの?


「うわぁっ!!あの特徴的な傷はもしかして……ランクA冒険者『剛腕無双』デイモンかっ!?」


「なっ、まじかよ!!ドラゴンの硬い首ですら素手で引きちぎるっていう……あの!?」


「おいおい、いくらなんでも今回本気出しすぎじゃないか?」


 どうやらその通りであるらしい。彼はかなり名高い冒険者であったようだ。

 ……ん?まって今誰かサラッと恐ろしいこと言ってなかった?

 ドラゴンの首を引きちぎる?いくらなんでもそれは……どんだけ脳筋なんだよ、エルザか。いや、なんでもエルザを基準にすんの辞めようぜ。


(というかそれよりも……あんなムキムキ髭おっさんの上裸について。無垢なローズに悪影響を及ぼさないか心配だよお兄さんは)


 そんなことを考える余裕があるだけ、俺の精神は生半可な事では揺らがなくなったのだろう。全く嬉しくないが。


『きゃっはーーっ!!みんなも知ってのとおり、こいつは『剛腕無双』デイモンッ!!数々の強敵を腕力だけでぶちのめしてきたっつう、正真正銘の化け物だぜぇっ!!』


 司会の男の言葉と同時に、デイモンがさらに前へと進みでる。


「ぎゃはははっ、ランクA冒険者デイモンだ。正直カスと戦うのは気乗りしねぇが……だがまぁやるからには全力で。ゆっっくりと遊んで虐めてやるからよォ……身の程知らずは出てこいよなぁ!!」


「「「「フォォォォォッッ!!!」」」」


 ……こいつ、めっちゃ性格悪くね?

 よく見たら厳つい刺青いれずみ入ってるし。奢りに奢っている、全てを見下しているような目。うん多分自分が最強だと信じてやまないタイプか。

 正直言うと……めっちゃ怖ぇよ!!平気で人を殺しそうな顔してるぜこいつ!?


 というかめちゃくちゃ煽ってんのに、どうして観客の皆さんは盛り上がってんですかね、ええ?

 もう……はぁ、突っ込むのも疲れるわほんと。めんどくせ。もう割り切ろ。


『さてさて早速始めたいと思う、参加費は1人銅貨5枚だぜっ!!先方を飾るのはどこのどいつだぁっ!?』


 その言葉からついにこの腕自慢大会が開始されるという事が分かる。……おそらくはこのデイモンもとい肉ダルマ君を倒せば良いのだろう。

 ……いや無理だろ。そこらのチンピラごときじゃ睨まれただけで失神ものだぞこれ?誰が倒せるっつうんだか。明らかに参加費を納めるだけになるでしょ。


 そして俺がそんなことを渋い顔で考える中、観客の者達がガヤガヤとざわめく中……1人の勇敢な勇者が手を上げた。


「俺が行くぜ。冒険者っていっても所詮は見掛け倒しだろ。故郷じゃ負け無し、雑魚どもをブイブイ言わせたこの俺、ラスタ様がてめぇをぶっ潰してやる」


 それ言っちゃあかんやつ。地味にフラグだろ。

 というか雑魚をブイブイ言わせてどうすんだ。


 ラスタ君は自信満々な表情で中央のリングに立つ。身長差や威圧感なんかの差は歴然。虎と猫って感じ?

 ただそれでも微塵も臆した様子がないのだから相当の胆力か、ニブチンであるのだろう。


 ……絶対後者だ。かませ犬の匂いしかしないもんこいつ。そして先程の言葉も訂正する。勇敢じゃない、蛮勇だった。


『さてさてぇ、我らが切り札デイモンとまず対決するのは故郷じゃ負け無し少年ラスタ君だァ!!この自信に満ちた様子!!……これはなかなか楽しそうな試合になるかもなおめぇらァ!!』


 その実況に、


「ははは……頑張れよ若者〜!!」


「俺達を楽しませてくれぇー」


「あのデイモンにもし勝てたら、お前は今日から一躍有名人だぞー」


 明らかにラスタ君には期待していないような声援を観客は半ばふざけながら投げかけたのだった。

 勇ましく登場した割には結構惨めで可哀想だけど……まぁうん確かにその通りだしな。ラスタ君、君のその蛮勇に敬意を称して5分ぐらいは覚えておいてあげよう。


「頑張って欲しいですね」


「……そだね」


 ローズは相変わらずの様子だった。本気でそんなことを思っているのだから……みんな彼のことを小馬鹿にしてるの気づいてないのかなこの子。


「……チッ!今に見てろ、その態度改めさせてやる」


 参加費を払って……あいつの名前なんだっけ?

 ……まぁいいや、彼はそのまま身体の調子を確かめるかのように小刻みに跳躍しながら拳を構えた。

 ちなみに肉ダルマ君はその場に佇んだままだ。うん、明らかに舐めプだろこれ。なんかそもそも相手にすらされてない感じがして可哀想だな。


『きゃっはーーっ!!じゃあ試合開始だぜェ!!』


「「「「わああああっっ!!!」」」」


 そして開始宣言が下ったその瞬間……


「──おらぁっ!!」


「──ぶっ殺ぷげぶあ!?」


 先程までの様子が一転。ゴヴンッ!!と、一瞬で眼前まで移動した肉ダルマ君がチンピラ君の顔面を殴り飛ばした。

 ……おいおい衝撃音えぐすぎん?

 刹那の出来事に反応すらできなかったチンピラ君は「ぶぎゃぁっ!!」と、悲鳴をあげながら何度も地面をバウンドする。


 ……うへぇ痛そう。打撲はもちろん全身骨折してるよねあれ。

 少しの容赦もない。……まさに脳筋、腕力だけで数々の修羅場を乗り越えてきたというのは伊達じゃないようだった。


「「「「うおおぉっ、強ええぇっ!!!」」」」


 興奮が最高潮に達している観客達とは裏腹に、俺はなかなか冷静に苦笑を浮かべる。

 ある意味予定調和ではある。……が、凄いとは思うけど驚くことではないだろう。


 ……本音を言うと見た目に騙されて、彼を俺は少し過大評価しすぎていたのかもしれない。

 俺は落胆に近い気分となる。

 

 ──思った程ではなかった。正直、エルザの方が10倍は強いだろう。

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