第9話

「は……は?一体、何が?」


 唯一氷に閉じ込められることのなかったリーダー格の男は呆然とした様子で、あたりをキョロキョロと見渡し始める。

 かなり間抜けな声だったけど……まあ無理もないか。俺に襲いかかったと思ったら、次の瞬間には返り討ちにあっていたのだからさ。


 もちろんこいつだけ全身氷漬けにしなかったのは意図的だよ?上手く制御が出来なかったのだが、しかし最低限のコントロールぐらいならできた。

 まぁ、予想以上に威力と規模が大きくなってしまったが……そこは割り切ることしよう。全部スキルが悪いという事で。(責任転嫁)


「さぁて、お前のお仲間は全員無力化されちゃったなぁ?」


 ドヤァ!とまさにドヤ顔で俺は盗賊に話しかける。凄いだろ、どうだ凄いだろ?……いや、このようにすぐに調子に乗ってしまうのは俺の悪い癖だな。


「お、お前……本当に『奈落アビス』なの、か……?」


「だからそう言ってんだろ。信じようとしなかったのはお前達だからな。責めるなら自分自身を責めろ」


 格好良くなおかつ冷静を装ってそう告げるが内心は羞恥心でいっぱいだった。


 なんだよ『奈落アビス』って!?思いっきり厨二病な異名だなおい!……というか、こいつもこいつでよくそんな恥ずかしい事をペラペラと言えるよ。

 ……まあここが異世界人と現地人の違いなんだろうけど。


「ははは……もう訳分からねぇよ。全部てめぇが現れてからだ!!てめぇのせいで全部狂ったんだ!!」


 おぉ……清々しい程の逆ギレ。こいつやっぱクズだな。そもそもの責任は誰にあると思ってんだか。


「……というか、なんなんだよてめぇは!?強すぎだろうが勝てるわけねぇだろ!!一瞬でこんな……てめぇ一体どんなスキル持ってやがんだ!?」


 あまりの寒さ、低気温に口から白吐息を吐き出しながら男は叫び始める。手足は寒さに震え……凍傷か?皮膚も変色し始めていた。


 ちなみに今、男は全身は飲み込まれていないが下半身は全て氷漬けになっていた。だから移動する事が出来ない。そんな中、冷たい氷が皮膚にべっとりと張り付いて引き剥がそうとすると激痛が走る。


 火傷にも染みてさぞ痛いことだろう。

 そして一番あれなのが男性器。……氷漬けとかまじで想像したくねぇな。尿路結石と同じぐらい痛そうだし。


 ……しかしそんな中でも俺に突っかかって来るところに、このゴリラのその胆力には少し驚かされた。


 さて、どうするか。まぁそれに免じて言ってもあげても良いんだが、その後の対処をどうするかが問題である。


「……あー」


 ……うん。一応無駄な行為になるだろうけど、とりあえずあれをすれば良いか。

 読者の皆さんも俺のスキルについてそろそろ気になり始めている事では無いか?もし違うならすまん。


 という事で、まあ色々な事を言ったが……つまりは教えるのも吝かじゃないという事だ。


「まぁいいか、教えてやるよ。俺のスキルは──」


 ◆ ◆ ◆


 男はあまりの寒さと恐怖から全身をブルブル震わせていた。唇は紫色に変色し、肌もどんどん血の気がなくなっていっている。


 ……どうしてこうなったのか?そればかりを考えていた。男……グラスは数十人で構成されるかなり大規模な盗賊団のリーダー格を務めていた。


 そんな時いかにも高そうな馬車が通り過ぎるのを見つけ……それを襲撃した。しかしあと一歩というところで問題のやつが現れたのだ。


 ……それが世界で一人しかいないSSSランク犯罪者である『奈落アビス』東雲麗乃だった。圧倒的な力を持って自分以外の仲間を一瞬で氷漬けにしたのだ。


 おそらくは自分を対象としなかったのは意図的の事だろう。つまりはいつでもグラスを殺すことが容易に可能。……それを実感してさらに恐怖し困惑する。


 何故世界の敵・SSSランク犯罪者がこのようなヒーローの真似事をしているのか。こいつの強さの秘密はどこに。……一体どんなスキルを持っているのか。


 焦りから我慢出来ずに思わず問いかけてしまう。


「てめぇ一体どんなスキル持ってやがんだ!?」


 別に答えを期待したものでは無い。焦りから無意識に生まれた言葉だったのだが、しかし東雲麗乃は少し考える素振りをみせて……


「まあいいか、教えてやるよ。俺のスキルは──」


 どんな考えか自身の力であろうスキルをグラスに教えるというのだ。……もはや目が離せない。グラスは極度の緊張状態で息を飲む。


 そして、そんな彼を見ていた東雲麗乃はために溜めてようやく口を開いた。


「俺のスキルの名前は『森羅万象しんらばんしょう』。俺の視界内で使用されたスキル、まぁ具体的には超高密度の魔力基盤性質を持つあらゆる力を終焉書物……アカシックレコードに文字列化して記録する。……まぁあまりにもキャパオーバーなやつにはいくつか制限が掛かるが」


「…………………………は?」


 グラスはあまりの驚愕にたっぷりと数十秒は黙り込んでしまい……そしてようやく捻り出した声がそれだった。

 ……それぐらい、今の東雲麗乃が放ったスキルはとてつもなく驚愕ものであったのだ。


(神話スキルじゃねぇか!?はるか大昔、大英雄が神から授かったと言われてるスキルだと!?)


 流石のグラスでも知っていた。はるか昔に三度だけ、天界の神々が人間に神の力の全てを与えた事があるという伝承を。

 ……そして、その中の一つが『森羅万象』であるのだ。


(か、勝てっこねぇ。……こんな化け物に誰が勝てるってんだよ!?)


 グラスはその真実を知ってさらに身体が拒絶反応を起こすのを実感した。かなり強力なスキルだろうとは思っていたが、しかしこれ程とはまるで思わなかったのだ。


 ……どうする、どうする。と考えているとそこでグラスは一つの考えを思いつく。


「そうだ……そうだぜ……」


 先程までとの様子が一転。唐突に不敵な笑みを浮かべ始めたグラスに東雲麗乃は訝しむ。


「まさかSSSランク犯罪者がこんなに馬鹿だったとはなぁ!!素直に自分のスキルを教えるなんて愚の極みだぜ!?恐らくは誰も知らないだろうお前のスキル……これを冒険者ギルドに提供すればどれぐらいの価値がつくか、想像するだけでも興奮する!!」


 そう、グラスはそんなことを考えていた。

 世界最大級の規模を持つ冒険者ギルドでも倒しあぐねるSSSランク犯罪者のそのスキル……それを冒険者ギルドに提供すれば確かに想像もできないほどの様々な恩恵が得られるだろう。


 ……まぁ信用されるかは置いておいて。


 グラスはそのまま氷人形となっている仲間の方を見てみる。かなり酷い状態ではあるが、死んではいない。そして東雲麗乃の目を見てグラスは理解する。


(……こいつは何故か人を殺すのに抵抗を持ってやがる!多少疑問だが……この場合は好都合だ。ここはやり過ごしてすぐに冒険者ギルドまで駆け込んでやる!!)


 まあグラスも盗賊なので冒険者ギルドは天敵と言える存在だが、しかしそれでも東雲麗乃のスキルというカードを使えばどうともできるであろうと考える。


 グラスからすれば東雲麗乃は世界で育ったのかと言わんばかりに甘いとしか形容できなかった。


「……」


 グラスのその考えは普通に考えれば確かに間違っていない。確かに間違ってはいないのだが……しかし彼の目の前にいる東雲麗乃が普通であるはずがなかった。


 グラスの誤算は東雲麗乃のスキル『森羅万象』を侮っていたこと。いや、彼にとっては侮っているつもりなどさらさらないのだろうが、しかし彼の……いや、人の頭ごときでは神の権能を理解すら出来るはずがなかったのだ。


「そうか、頑張ると良いぞ。……出来るのならな」


 自信満々に笑みをうかべるグラスに東雲麗乃が右手を向ける。

 余裕の様子の東雲麗乃にグラスは訝しむ視線を向けるが……


「……げぇ、ぁ!!」


 次の瞬間……プツッ!!という何かがちぎれる音が聞こえてグラスの視界がブラックアウトする。

 そのまま糸の切れた人形のように全身から力が抜けて……気絶した。

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