第18話
──東雲麗乃とローズ・マリーゴールドの邂逅よりおよそ半年前。イリュシュタン連合冒険者ギルドではとある会議……基、話し合いが行われていた。
美しき月光を魅せる満月が空高く存在している。時間帯としては真夜中、深夜だという事が分かるだろう。
冒険者というのは魔物討伐なんかの仕事で生計を立てていく者たちのことを指す。これだけ見れば野蛮で荒くれ者ばかりと思うかもしれない。
……しかしそれは大いに間違っている。
いや確かに冒険者の中にはそのような者もいるのだが、この世界には魔物が多く蔓延っているので冒険者というのは必要不可欠な存在であった。防衛の要と言っても良いだろう。
そんな事もあって、冒険者というのは皆から必要とされている。そうなれば、その元締めである冒険者ギルドは大きな影響力を持つのは必然であった。
一応何があっても対応できるように、と冒険者ギルド自体は24時間営業年中無休制であるのだが……しかし彼らも人間であるため休息は必要だ。
だから普通なら、このような深夜帯に常備している職員なんかは本当に数えられるほどに極小数。
……だがそれも今日に限っては話は違っていた。別に今日大々的に何か特別なイベントがあった訳では無い。
しかしそんな中でも、先程の通り冒険者ギルドの奥底ではとある話し合いが行われていたのだ。
「……で、結局はどうするのかね?」
だだっ広い会議室の中で、重苦しそうにそう声を発したのは初老の男……ウォーレンだった。ところどころ白髪が目立っているが、しかし厳つい顔つきでありその威圧感は半端では無い。
「なかなか意見がまとまらないものねぇ。……まぁたしかに難しい判断ではあるのだけれど」
呼応するように返すのは、妖艶的な雰囲気を纏う20代の女。全体的に顔立ちは整っており、大人びている。
常人ならこれほどの威圧をまともに浴びれば反射的に竦んでしまいまともに会話も出来ないかもしれない。しかし女……レミアリスはそんなことは知ったことでは無いとばかりにそう口を開いた。
「はぁ……忙しすぎる。まだまだやることがあるってのに、ここまで会議が長引くとはな」
頭を抱えるウォーレンに、この場にいた他の数名の者たちも同意するようにここの反応を示しす。
だがしかしそう愚痴ってしまうのも無理ないだろう。彼ら彼女らは既に24時間はぶっ続けで職務に当たっていたのだから。睡眠など取れるはずもない、疲労が溜まるのも理解出来た。
「ギルドマスターも大変だよなぁ……」
全体的に薄暗い部屋の中、誰かが1人げに呟く。
そう。彼らの正体……それは冒険者ギルド最高責任者である、いわゆるギルドマスターと呼ばれる重鎮達であった。
連合国内に存在している数ある冒険者ギルドのトップ全員が1箇所に集まって話し合いが催されていたのだ。
これは傍から見れば、とても異例な出来事と言っても良いだろう。
……しかし議題が議題であった為に、緊急でこの会議の場が設けられていた。
「……『
ギルドマスター達が頭を悩ませている理由……それはどこからか出てきたのかすら分からない謎の存在、東雲麗乃についてであった。
彼らも最初はそこまで重要視していなかったのだが……しかし数々の名高い冒険者達を送り込んでも返り討ちにあうという事で、いつの間にか無視できない存在となっていた。
「……ちなみに聞くが、君の首尾はどうなんだ?」
「全くダメね。私のギルドで最も腕がたつSSランク冒険者を仕向けてみたけど、返り討ちにあったわ」
レミアリスはその美しい顔を歪めながら答える。ウォーレンは辺りを見渡して、一応他のギルドマスター達にも問いかけてみるが、返答はどれも似たようなものだった。
SSランク冒険者というのは世界を通しても数十人ほどしかいない、それを考えれば東雲麗乃の実力がどれほどか容易につくだろう。
「手がかりをつかもうにも、冒険者達の東雲麗乃についての記憶だけが何故か無くなっているんですよねぇ……」
「うむ。私の方でも報告されているな」
「私の方でもよぉ」
青年と言ってもさし違いない程には若々しいギルドマスターの1人がゆっくりとそう告げた。
ウォーレンとレミアリスもその言葉に同意する。
「……おそらくは何らかの記憶操作系統のスキルを所持しているのだろうな。そうすれば辻褄が合う。手がかりはこの似顔絵一枚だけだし……くそ。情報が足りん」
ウォーレンのその推測は的を得てはいたがしかし微妙に外れていた。
この時、東雲麗乃が伝説級のスキル『森羅万象』を所持しているという事を彼は知らない。
「……まぁそれは良いとして、本当なのかしら?……
「……ああ」
「理由を聞いても大丈夫かしらぁ?」
レミアリスのその確認の意を込めた言葉に頷くウォーレン。改めて話題に出るそれに、他のギルドマスター達も平常心ではいられない。
ザワザワと幾重にも話し声が聞こえ始め、不穏な雰囲気になっていった。
……実は先程、この場にいる者達にはウォーレンが東雲麗乃をSSSランクという凶悪犯罪者に任命する考えを持っているということを聞かされていたのだ。
その時はこの場にいる殆どがウォーレンの行き過ぎた考えだと本気で取り合わなかったのだが……しかしレミアリスの問いかけにウォーレンが本気の態度で答えたのならば、考えを改める必要があった。
「確かにギルドの制度上、SSSランク犯罪者というのは存在しているわ。……けど、いくならんでも早すぎる。今で2人、そして東雲麗乃を加えたら3人なるわ。危険度が具体的に確定していない今、そんな楽々とSSSランクを増やすなんて……軽率な行動だと思うのは私だけ?」
理解できないと言ったふうに更にレミアリスは言葉を紡ぐ。但し、その内容は至極正論だ。
「確かに東雲麗乃は大きな力を持っているわ。それこそ、認めたくはないけど世界で1番かもしれない。……でもだからってSSSランク犯罪者認定する必要はないと思うわ。つまりバランスブレイカー。……貴方、しっかりとそこの所理解してる?」
レミアリスや他の者の疑うような視線がウォーレンに突き刺さる。そしてそれを真正面から受け止めるウォーレン。
……まぁたしかにレミアリスの言うことも間違ってはいない。SSSランクというのはそれほど思い意味を持っているのだから。
懸賞金など、財政面でも様々な費用がかすむ。レミアリス達は東雲麗乃をSSSランク犯罪者認定するそのウォーレンの考えには実質的に反対だった。
だがしかし、ウォーレンも何も考えずにそのように話したのではない。レミアリス達にはまだ告げていない、それこそそもそも全てを根底から覆す程の大事件が起きていたのだ。
彼にその決断を強いるほどに。
「……先日、『
「「「「なっ!?」」」」
疲弊した身体だがしかしそんな事すら忘れて彼らはウォーレンの言葉に、本日一番の驚愕を示す。それはレミアリスも同様であった。
SSSランク冒険者と言えば世界に蟻の数ほど居る冒険者達中でも3人しかいないトップの実力を持つ人外の化け物達である。一国の軍隊程度であれば片手間で殲滅できる……それほどの実力を持つ猛者達だ。
そしてそんなSSSランク冒険者が東雲麗乃に打ち倒されたという事実は、ギルドマスター達の疲弊した身体を活性化させるには十分であった。
「そ、それは事実なのかしら?」
「……ああ認めたくはないがな。幸い命は無事であったが、しかしそれでも回復系統スキルを持つ者の力を借りてさえ完治までには数ヶ月はかかるそうだ」
レミアリスの焦る様な問いかけに、ウォーレンは淡々と返す。もはや同様から取り繕えていない。全面的に焦りの様子が表に出ているレミアリスであった。
「……そして何よりも恐ろしいのが、あの『星王』が一撃も与えられないままに、一方的にやられたという事だ」
「は……嘘でしょ!?あの『星王』イニルが?星すらも楽々と砕き、切り裂き、消滅させることの出来るスキルを持ってしても東雲麗乃には一撃も届かなかったって事!?」
「うむ。……東雲麗乃に関しての記憶は失っていたが、ぼんやりと戦闘については覚えていたらしい。イニル曰く、数十を超える数の様々なスキルを用いて、動きを翻弄し、意表をつき、圧倒したのだとか」
「……あ、頭が痛い。どういう事よ数十って。……はぁ、もう訳が分からないわ」
『星王』イニルは数々の偉業を成し遂げてSSSランクという最高位まで登り詰めた冒険者だ。
そのスキルは星属性を司ると言われており……その名の通り、最高出力は楽々と星を消滅させることが出来るほど。
照準を誤ってしまえば、この世界すら消し去るかもしれない。だから本気を出せなかったのか、とウォーレンは思っていたのだが……しかしイニル曰く全力で挑んでそれでも敗北したらしい。
……SSランクなどではない。それはつまりSSSランク冒険者よりも圧倒的な力を持っているという事だ。
「これがまだ私達の味方であったのならば良かったのだろうが……しかし現実はそうではない。故に私はその危険性からSSSランク犯罪者として一刻も早く『
ウォーレンの信頼は厚いものでこの状況で彼が嘘をついていると思っている者は、この場には1人も存在していなかった。先程までとは違い、レミアリスさえ同意している。それほど今回の出来事について、早急に対処する必要があると考えていた。
まぁ別に東雲麗乃が自主的に何かをしたという訳では無いのだが、しかし味方でない以上その強大な力を放置する事などはウォーレンには出来なかったのだ。
言うなれば厄災。存在しているだけで危険。彼の異名である『
どんな強者が相手でも無敗、結果は同じ。絶望のどん底に落とし込む……いわゆる『奈落落とし』から取られたものなのだから。
「しかし結局のところ判断するのは君たち自身だ。私は東雲麗乃の危険性を訴えたつもりでいる。それで私の考えに賛成するならこの書類に記名を頼みたい」
冒険者ギルドが大きな影響力を持っていると言っても、彼らの判断で勝手に東雲麗乃をSSSランク犯罪者として指名手配できるわけではない。連合国で更なる審議を重ねる必要があるし……そして、今彼が取り出したのはそれに関しての書類であった。
差し出される紙とペンを手に取り、この場にいるギルドマスターはスラスラとサインを書き込んでいく。
そして最後であるレミアリスのサインが書き込まれて……「ありがとう」と告げながら、ウォーレンは書類を受け取った。
「ふぅ……これから忙しくなるな」
そんな事を1人げにつぶやくウォーレン。もちろん彼だって楽をしたい……がしかし市民の安全を守る為ならば、ウォーレンはどれほど疲れ果てていようとも職務に取り組むという事を決めていた。
そして、その後ウォーレンはその書類を片手に何度も審議を重ねる事となる。
何度も言うように冒険者ギルドの影響力というのは凄まじいもので、そう長くないうちに東雲麗乃の事は世界中に広がっていった。
──そうして約1ヶ月後。地球からの異世界転移者『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます