第3話 現状
「様子はどうだ?」
「はっ! こちらで用意した食事を食べております」
小会議室にパソコンが設置されており、そこのモニターを監視していた職員は入口から来た者に対し敬礼をした。
「
ここ東京杉並区にあった区役所は現在杉並全域の守護をするため、陸上自衛隊と民間組織ハンターギルドが使用している。以前までの役所としての役割はマイナンバーを利用したオンラインでの作業となっており、今この建物に訪れるものは職員か、自衛隊、ハンターなどが主となっている。そしてさきほど運ばれた玖珂は役所内にある大会議室で一人食事を取っていた。
「はい、玖珂さんには一度端に移動して頂き、その隙に会議室へ入りギリギリの場所に置かせて頂きました」
「アレはうまくいったようだな」
現在、大会議室には床の上に水蒸気が漂っている。それは何か特徴があるものではなく、ただの水を使ったものでそれを部屋に充満するように出し続けている。
「はい、
「能力の予想は出来そうか?」
「博士からは能力者を中心に動きを止めるような力ではないかと伺っています」
「そうか、博士はいつ来る?」
「はい、現在対魔の皐月隊長と共に
そういって二人はモニターに映っている対象、玖珂の様子を見守った。
****
「サンドイッチと飲み物はありがたいけど、なんでこんな広い所に僕は来させられたんだ」
アキトは先ほど職員から遠巻きに置かれた食料を食べている。
なぜか妙にお腹が減っている影響もあってかこんな異常な事態にも関わらず出された食べ物はすべて食べる事が出来た。
(なんで食料を貰う時、態々窓際まで移動するように指示されたんだ。それにあんな遠くに食料を置いて逃げるようにあの職員は出て行ったんだよ)
先ほどこちらに来る途中の自衛隊の事を考えると何か原因があるのだろうとアキトは感じていた。
この部屋に通される間もなぜか人の気配はするのにこの会議室に移動するまでの間誰ともすれ違うことはなかった。それに案内してくれた兵の人も必ず一定距離を保とうとしている。
「絶対これが原因だよな……。くそっ! なんだんだよっ」
この会議室に充満している水蒸気。職員の人からはただの水だから気にしないでくれと言われているが、それがなぜ自分の周りには来ないのか不明だ。アキトが移動するとそれに合わせて水蒸気は晴れていく。これが人が自分に近寄らない原因なんだろうと考えていた。とはいえ、いつまでもこのままでは流石にまずいとそう考えていた時だ。会議室に設置されている大きなモニターが着いた。
『玖珂アキト君、こちらの声は聞こえているだろうか』
「え……あ、はい。聞こえてます、何で僕はここに連れてこられたんですか! この霧みたいなのはなんですか!? どうして僕はここに閉じ込められているんですかっ!!」
今までに溜まったストレスと不安を吐き出すように一気にしゃべってしまう。息を切らし少し呼吸を整えてから改めてモニターを見た。
モニターに映ったのは二人の人物だった。一人は黒髪に肩まで切り揃えられた壮年の男性、もう一人は白衣を着た金髪美人だ。その容姿は純粋な日本人というより外人のような綺麗な顔立ちだった。
『混乱している所本当にすまない。事情は説明させて頂くから落ち着いて聞いてほしい。私は対魔部隊一番隊隊長をしている
『こんにちわ、梓音エリザよ。こんな見た目だけど一応日本人だからね!』
「――玖珂アキトです。あの、対魔部隊って……?」
梓音の明るい口調に毒気が抜かれ少し冷静になり、先ほど皐月という男性が言った単語が気になりアキトは首を傾げた。陸上自衛隊などは聞いた事はあるが、対魔部隊なんて聞いた事がない。
『対魔部隊は、正式名称は”
『あら、皐月隊長。表向きは対魔物部隊でしょ?そんな機密事項話していいの?』
『構わないよ。彼は知るべきだと思うしね。それに私は
情報が多すぎて混乱する。対魔、魔物、魔人。ファンタジーのような単語が続きいよいよアキトは混乱が強くなってきた。
「すいません、もう何がなんだか……」
『そうだね。まずは現状の説明から入ろうか。そのためにこちらから二点質問をするから答えて欲しい。
「え、年齢ですか? 今年一五になった所ですが……」
『ふむ、次は夢を見なかったかな?』
「夢……。確か見たような気がしますが覚えていません」
『そうか……。どう思う梓音君』
『興味深いですね。後遺症なのかもしれません』
モニター越しに話しているがまったく意図が見えないアキトはまたイライラが溜まっていた。
「あの、なんだんですか。今の質問は!?」
『ああ。そうだね。まず一つ目の話からしようか。我々は実は以前よりアキト君の事を知っていたのだよ。そしてずっと監視していたんだ』
(は? 監視………?)
「僕はそんな目を付けられるような事をしてません!」
『ああ、話す順番が悪かったね。すまなかった。まず、我々が把握している君の情報を話そうか。といっても多くはないのだが、梓音君』
『ええ。玖珂アキト。 東京都杉並区在住。現在の年齢は
「―――――三五歳?」
『そう、君の申告した年齢と二〇歳誤差があるね。これがまず君に把握してほしい情報の一つだ』
「なんなんですか。それは――」
慌てた様子でアキトは窓ガラスに映る自分を見た。ガラス越しに茶髪でやや寝癖がついている様子のいつもの自分の顔があった。
『そうよ。つまり君の知る時間より二十年経過しているの。アキト君の見た目ではまったく変わっていないわね。あとで血液検査をさせてほしいけどその前にもう一つ理解してほしい事があるの』
そういって白衣の女性、梓音博士は語った。
『まず夢の事を聞いたよね。それは君だけが見たものではないわ。全人類が見た夢なの。もちろん、ここにいる私も見たし、皐月隊長も見ている。そして、この夢を人類が見たのは今から二〇年前になるのよ』
そこから梓音博士が語った内容はとても信じられない話だった。今から二十年前、人類全体は夢を見た。それはこの星が別の時空より侵略されるという内容であった。その侵略者と戦うために知性ある生き物である人間に戦う能力を授けるというものだった。
ある国では神のお告げと騒ぎ、ある国では悪魔の甘言とも言われ、世界的なニュースになったそうだ。その日を境に異能と呼ばれる力に目覚める人々が多く発生した。そして、それと時を同じく異形の怪物が世に出現したそうだ。最初に発見されたのは南アフリカのある地域からだった。SNSで拡散された内容は明らかに腐敗した人間の死体が動物を襲っている様子だった。すぐに駆けつけた住民により撃退されたそうだが、そこから人間の死体を始め、動物たちの死体が生き物を襲うという事件が多発。これが人類が初めて魔物と呼ばれる怪物と初めての戦いだった。
「異能……ゾンビ……そんな映画みたいな話――」
『そんな映画みたいな状態なのだ。そして異能とは我々人類が皆例外なく与えられた力だ。それ以外にもこの世界は大きな変革が起きている』
『一つずつ説明していくわ。ただ、早急に理解してほしいのが異能の事よ』
目の前のアキトに近づかない水蒸気を見る。自分の周りだけなぜか水蒸気がなく、移動すれば自分を避けるように移動していく水蒸気をアキトは思い出した。
「もしかして、これも関係しているんですよね?」
アキトの質問に皐月隊長が答えた。
『そうだ。そして我々が礼を欠いてモニター越しに話している理由でもある。これは現在の仮説なのだが、異能を得る人類は夢の通りであれば進化しているのだ。そしてその進化にはいくつか傾向がある。
それは、強力な異能であればあるほど、目覚めるの時間が長いという事だ』
『そうね。今の研究成果としては通常は大体6時間程度で目覚めるようなのだけど、人によって目覚める日が変わっている事が分かったわ。今分かっている中で一番長かったのアメリカのある少女なんだけど目覚めるのに1年も掛かったそうよ。
そして今その少女こそアメリカで最も強い異能力者と言われているわ。
つまりね、目が覚める時間はその人の異能の力に比例しているようなの。恐らく、強力な異能を使えるように肉体を進化させるためにそれだけの時間がかかったという事ね』
寒気が走った。
(僕は二十年寝ていたらしい。それだけの年月僕は一体……)
瞳孔が少し開き息が荒くなる。
アキトのストレスに反応するように停滞していた水蒸気の範囲が一気に2m広がった。
話を聞けば聞くほどに自分という存在が何か異質な物のように感じたからだ。
『アキト君、いい落ち着いて。深呼吸をするんだ。不安になる気持ちはわかる。まずは君の異能について説明させてほしい。これは早急に解決しなければいけない問題なのだ』
『君の異能の力は詳しく分かっていないわ。でも予想は出来ているの。恐らくアキト君の異能は
そして、君が二十年ずっと無事だった理由の一つなの。今モニターに表示しているのは先月アキト君のアパートを写真で納めた物よ。見てわかる通り、さまざまな瓦礫がまるで球体のように固まっているのは分かるかしら』
両手で腕を摩り不安になる気持ちを抑え、モニターをアキトは見た。
そこには見慣れたアパートが半壊状態になっているにも関わらず、自分の部屋を中心にまるでバリケードのように瓦礫が固まっている様子だった。
『これに近づいた兵からの証言ではね。近づこうとすると身体が段々を動きが鈍くなるらしく、ためにし石を投げてみたら、途中でその石が速度を落とし最後は停止したそうよ。
そして二十年かけてあなたの救出を試みていた。だからあなたが外に出たときにすぐに接触する事が出来たの。つまり今あなたはその異能の力によって守られている状態って事ね。
そしてそれは恐らくこの世で最も強力な力だと思うわ。でもそれを制御しないと日常生活を送ることが困難になってしまう。今からその制御方法を教えるわ。大丈夫よ。安心して、その異能の力は進化した人ならそこまで難しくなく制御できるのよ』
「――――どうすればいいんでしょうか」
アキトの不安は大きい。だが、それ以上に理解できたことがある。この部屋の水蒸気はアキトの能力を視覚的に見えるようにするためだという事。そして、このままでは自分はずっと誰にも近づく事も出来ず、日常生活にかなりの支障が出てしまうという事だ。
『オッケー。ちょっと待っててね』
そういうと梓音博士は画面から外れ、そしてすぐにアキトがいる大会議室の扉が開いた。
「博士!まだ危険です!!」
「大丈夫、大丈夫。いつまでもモニター越しだと信用して貰えないでしょ?じゃあ、アキト君。始めましょうか」
軍の隊員から止められながらもこの会議室の入口に来た梓音博士の笑顔を見て、少しだけアキトの抱えていた不安は解消された。
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