第37話 17階層
「成瀬副隊長、次の道は?」
『はい、その先のフロアを抜けてから10時方向になりますッ』
雲林院は玖珂にあの妙な男を任せソードドールズと共にダンジョンの奥へ急ぎ移動をしていた。
あの男、ジョン・ドウと名乗った奇妙な人物。万が一にも玖珂隊長が負けるとは思わないが危険であることに変わりはない。
気になることは多いが、まずは目の前のことに集中するべきだろうと雲林院は考えていた。
「玖珂さんは大丈夫かね」
「彼は強いです。それよりはあの男が言っていた事が気になります」
「確か、繭がどうのこうのとか言ってたわね」
「もしかして、最上階が近いのかしら」
雲林院もあの男の口ぶりからすると最上階が近いのではないかと考えていた。
この17階層はかなり暗く50m先も見えない状態だ。そのため魔力を目に集め視力を強化しなければかなり危険な状況になっている。
『雲林院隊長。300m先より敵性反応が10体です』
「前より魔物が来ます。恐らく先ほどと同じ虎型の魔物です」
「雲林院さん、私がやるわ」
「よし、オレの異能を凪咲に集中するぞ」
そういって天沢が前に出た。ここ17階層に出現する魔物は熊のような魔物だ。
これも同じく初めてみる魔物である。2色の斑模様な色をしている魔物であるが、
カラベラと同じく眼孔が見えておりそこに不気味な赤い光を発光させ近づいてきた。
「異能”
天沢の属性魔法。比較的ポピュラーな異能であるが汎用性は非常に高い。
右手に短杖を持ち、炎の魔力がそこに集中して集まった。天沢の腕の振りに合わせてややしなるその炎の剣はまるで鞭のようにしなりを見せている。そして左手を前方の熊型の魔物に向けた。
「炎蛇よ、敵を飲み込みなさいッ!」
五つほどの巨大な球体が現れ、そこから巨大な炎の大蛇が現れる。葦原の異能によってブーストしたおかげでより巨大に強力になっているようだ。ここ17階層の魔物は物理攻撃に尋常ではない耐性があり、雲林院も自身の愛刀である歌仙を持ってしても一振りで殺す事が出来ずにいた。しかし、魔力への耐性が著しく低いという事がわかったために現在は天沢の異能をメインにこの17階層は攻略している。
天沢が放った炎蛇は前方から迫って来た10体の熊のような魔物に向かっていく。
すると、奇妙な事が起きた。先頭を走ってこちらに向かってきている魔物が炎蛇を避けるのではなく、自ら当たりに行ったのだ。
「またですか」
こちらが魔力による戦闘を開始してから一部の魔物が自ら盾になり魔法が最大限威力を発現する前に潰しに掛かるという行動を取っていた。
通常の魔物であればありえないその行動に最初は面食らったが、今は対応出来てきている。
そのため、天沢は自身の魔力を向上させる魔道具である短杖に炎を纏わせ接近戦に備えて炎の剣を作っていた。
「私と雫さんが援護に回ります」
「うん、まかせて!」
炎蛇を逃れた魔物は5体。
距離は既に50mも離れていないため、雲林院と雫が前にでた。葦原に関しては完全にこの階層と相性が悪いため、
天沢の盾として近くに備えている。
「異能”
魔力で編んだ自身と同じ人形を1体、雫は出現させた。この”
この異能はただ単純に戦う人形を作り戦わせるというだけではなく、完全に異能の使用者と同じ動きをトレースする事が可能であった。
そのため、属性魔法使いが使用するゴーレムなどのように単純な戦闘しか出来ないのではなく、使用者と同じ強さをもった複製を作れるために自身が強くなればなるほど、それに合わせて成長する異能でもあった。
「雫さん、私に合わせて下さい」
「分かったわ!」
「――
魔刃に魔力を薄く、細く、そして速く刃に沿わせて流す事によって切断力を大きく上げる雲林院家の剣術。
雲林院は”雨燕”を使用して移動し、左側の3体の熊に斬りかかった。
通常の魔物であれば、斬った感触すらないほどの切れ味を誇るこの技であるが、この魔物に対しては斬った感触も重く、刃の立て方を間違えれば魔刃の方が折れてしまうのではないかと錯覚するほどに硬い魔物であった。
雲林院が左側の魔物を切り伏せている間に、雫は自身のドールと共に同じく
「数が少ないうちはいいが、さすがにこうも異様な連携をされるとやりにくいな」
「そうですね。全員、魔石を砕き次第すぐに移動しましょう。恐らく先へ行けば魔物の出現は抑えられると思います」
「イディオムが既に倒しているから魔物が再出現するまでに通り抜けるって感じかな?」
「そうです。もし直に最上階へ到達するならば中国、ロシア連邦には16階層まで保全に努めて頂き、我々は一気に先へ進み攻略したほうがよいでしょう」
魔石をすべて砕いたために雲林院達はすぐに移動を開始した。
「確かに魔物は強いが思ったより早く奥につきそうだな」
「そりゃ、3年もハンターと中国軍が戦ってたんだから当たり前でしょ」
「油断しないようにしましょ、正直このままだと私の魔力がちょっと心もとないわ」
天沢は17階層に入ってから属性魔法を使い続けている。
時折、短い時間の休憩は挟んでいるがそれだけでは魔力は完全に回復はしない様子だった。
「凪咲、魔力の方は回復したか?」
「大丈夫よ、大和。もういけるわ」
「先ほどの数くらいの魔物であれば少し魔法は温存しましょうか。成瀬副隊長、守護者エリアと思われる場所はまだ遠いですか?」
『雲林院隊長のいる場所から大よそ1kmほど先の場所になります。そして恐らくアメリカ軍が近いためかそこまでの道のりで魔物はほとんどいないようです』
恐らくアメリカ軍はこの17階層に到達してからこちらのようにナビがない状態で進んでいるのだ。
雲林院達より3時間ほど早くダンジョンに入っているという事だが、こちらには成瀬の異能があるためその差は埋まってきていると考えられるだろう。
「雲林院殿はイディオムの事はどの程度知っているんだ?」
「あまり多くは知りません。正直な所、日本軍は諜報という分野では他国に一歩後れを取っている状態です」
「噂の<灰の星屑>の異能とか知らないのか?」
「いろいろ、憶測はされていますね。瞬間移動系の異能とか、もっとも信憑性はありませんがね」
「実際のところは不明って訳か、雲林院殿とセレスティが戦えば?」
「簡単に負けるつもりはありませんが、どうでしょうかね」
実際の所、イディオムと戦闘行為を行うという可能性はほぼないと考えている。
この作戦でもっとも肝になるのはどの国がダンジョンを攻略したかという点なのだ。
そういう意味では早めに玖珂隊長と合流したい所だが、その辺りは雲林院はあまり心配をしていない。
なぜなら、玖珂が本気で移動を行えば成瀬のナビの元ここまで合流するのは非常に容易だからだ。
『雲林院隊長、もうじき守護者エリアに到着します。そしてそこに5名ほどの人型反応がありますので、
恐らくアメリカ軍かと思われます』
「了解しました。思ったより早く合流出来ましたね。玖珂隊長から連絡がありましたらこちらにすぐ合流するように伝えて下さい」
『はい、承知いたしました』
****
時は少し遡り雲林院達が17階層へ足を踏み入れたころの話だ。
アメリカ軍特殊部隊の第一部隊である5名のメンバーは17階層を彷徨っていた。
「ソニア。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
この17階層へ来てからすぐに魔物が襲ってきた。
2足歩行の少しグリズリーに似ているタイプの魔物だ。
剣などの物理的攻撃に対し強い耐性を持っているために属性魔法が使えるソニアがこの階層ではメインアタッカーとして活躍していた。
「ヴァージル大尉。魔物が来ます。3時方向からです」
「了解した。ウィリアム曹長、セレスティア軍曹とアルフレッド准尉、戦闘準備を。
今回はソニアは少し休むといい」
「はいはーい」
「了解っと」
「申し訳ありません」
正面から12体ほどの魔物がこちらに襲ってきた。
目を赤く光らせ地獄のような雄たけびを上げてこちらに迫ってきている。
アルフレッドの横にいたセレスティアがまるで最初からそこにいなかったかの様に消え、
100m先で先頭を走って来ていたグリズリーのような魔物の後ろにまるで最初からそこにいたかのようにセレスティアがいた。
そして、それに合わせるように近くにいた魔物が2体の首が胴体から離れていく。
「んー。やっぱりこの熊さん硬いなー」
まるで気の抜けたような声をセレスティは呟いている。
最初に戦闘した時から感じていたがここの敵は妙に硬い。
「いやいや、ソニア。なんでお前この魔物一振りで両断出来るわけッ!?
俺なんて傷を負わせるのも大変なんですけど!!」
「アルはもう少し魔力を循環させた方がいいよー」
「二人とも少し離れてくれ。
ヴァージルはそうセレスティアとアルフレッドに指示を出し、異能を使用した。
「
右手を魔物に向け異能を展開した。
すると魔物の群れが空中に浮き、そのまま10m以上高い天井へ激突した。
「グアァアア」
まるで地面に叩きつけられるようにこの洞窟内の天井へ叩きつけられた魔物達。
「ヴァージル大尉。あの魔物このまま放置していきません?」
アルフレッドは天井に叩きつけられそのまま上空にいる魔物達を見ていた。
突然天井へ叩きつけられた魔物達はその衝撃から立ち直りつつあり、雄叫びを上げながら、
こちらを見ている。しかしそれは奇妙な状況であった。
魔物達はまるで天井が地面になったかのように歩いており、時折こちらに向かってジャンプしているが、
届かずまた天井に着地していたりする。
「そうもいくまい。さて、セレスティア軍曹。何秒あればいける?」
「うーんとね。10秒くらいでいけるかも」
「よろしい、軍曹にばかり任せるのは気が重いが頼めるかな」
「おっけー」
そしてセレスティアは目を瞑り魔力を高めていった。
10秒ほど集中したセレスティはまたその場から消える。
次の瞬間、消えたはずのセレスティアは上から降りてきて着地した。
「おわったよー」
「ご苦労様。では魔石を砕いて次へ行こうか」
セレスティアから遅れる事数秒。
首を落とされた魔物達の死体が煙を上げながら降って来たのだ。
「ヴァージル大尉。サーチアーツを使った所、ここから3kmほど先の場所に巨大な魔物反応があります、しかし妙なのです」
「ウィリアム曹長。どういう事だい?」
「はい。移動しているのです」
「移動……ね。中国軍からは守護者と呼ばれる強力な魔物は動かないと聞いていたのだけどね」
「如何しますか?」
「16階層の守護者がいなかったという事にも理由があったのかも知れないね。
という事は後からくる日本軍に押し付けてしまった可能性があるかな」
「それくらい良いでしょう。何か妙に強い異能者もいるみたいですし」
「アルフレッド准尉から報告があった仮面の異能者か。会ってみたいね」
そう笑みを浮かべたヴァージルはこの後の動きについて熟考した。
「よし、17階層の守護者はこちらで倒そうか」
「えぇ、面倒ですよ……」
「いいじゃないか。アメリカ軍は働いていなかったと言われるのは嫌だろう?」
そうしてイディアムは17階層の守護者のいる方へ足を進めたのだ。
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