第38話 ヴァージルの考え

 イディオム一行は17階層の守護者と思われる反応がある場所へ向かっていった。

道中襲ってきた魔物を蹴散らしつつ、移動していく。


「随分魔物が多いな」

「どういう理由かこちらの位置が分かっているようですね」


 ここまで魔物と戦う際に遭遇戦になるというよりは明らかにこちらに魔物が向かってきている事にヴァージルは違和感を覚えていた。


「あの熊共、こっちの位置が分かって襲ってきてるんじゃないです?」

「ですが、アルフレッド准尉。あの魔物は探知能力がそこまで高いように思えないですよ」

「なんというか妙な感じがするな」

「どういう事ですか、ヴァージル大尉」

「いやね。魔物の集団というよりなんていうのかな、あまり生き物って感じがしないんだ。

例えれば、機械要塞の中に侵入した敵を殲滅するロボット兵っていうのかな」

「それなんかのアニメっすか……」

「なんだ知らないか? 日本の機械戦隊リョーシジャーだ。特撮ヒーローモノというジャンルなんだが、これが中々面白くてね。さて、少し脱線してしまったがようは今戦ってきていた魔物に個人の意思というか命をあまり感じないんだ」


 ヴァージルはここまで自身が感じていた仮説を組み立てながら話を続けた。


「つまりダンジョンという場所にいる侵入者を撃退するためのシステムという事ですか?」

「いや、元からそうだったかは不明だね。さすがにそれなら中華国も気づくだろうし。



 ヴァージルは歩きながら自身の考えを語った。

もっとも前提としてすべて憶測の域を出ない話ではあるが、念のため共有だけすべきかと考えたのだ。


「ダンジョンの意思を受けて魔物が行動しているですか、それならダンジョンの意思、いやその中核にいる魔人の意思という事でしょうか」

「そういえば、ヴァージル大尉。質問いい?」

「なんだい、セレスティア軍曹」


 ヴァージルと並んで先頭を歩いているセレスティアが質問を投げてきた。


「ロシア連邦の人たち、なんで態々この作戦から外したの? エドナさんからは大尉の提案って聞いたんだけどさ」

「あぁ、それはもちろん。魔人を討伐するという栄誉は我がアメリカの手で取るべきだと思ったからさ。正直日本はあまり障害にならないが、ロシアは我が国と同じく大国だからね。レースから外れてもらった方が楽だと思っただけさ」


 ヴァージルはセレスティアに対し演説するかのようにその思惑を話した。


「あっはっは。ヴァージル大尉。嘘はいけませんぜ。俺たち第一特殊部隊はセレスティアを除けばそれなりに付き合いが長いんだ。ヴァージル大尉がそんなみみっちい策をするはずないってわかりますよ」

「アルの言う通りですよ。ヴァージル大尉。幸いここは傍受される心配は少ない。

隊を一つにするためにもそろそろ思惑を話してもらいたいですね」


 アルフレッドとウィリアムの二人からそのように話されてヴァージルは苦笑いをした。


「これは確定した情報ではないのだが、ロシアは<エルプズュンデ>と繋がりがあるという噂がある」

「え? エルプズュンデとですか!?」

「声が大きいぞ、ソニア軍曹。イディオム諜報部部長から今回の中華国ダンジョン作戦前に私に伝えてくれたのだ。おかしいと思わないか、ロシアの急激な温度変化について」

「確か、ここ数年で急激に気温が低下してきているという話ですよね。

しかし、ロシアは元々極寒の国です。それほど珍しいと思いませんが……」

「ウィリアム曹長。ロシアは平均気温が毎年10度ずつ下がってきている。

これは完全な異常気象だ。その原因にエルプズュンデが絡んでいるのではないかというのが諜報部の考えだね」

「いくらエルプズュンデとはいえ、そこまで大規模な事が出来るとは思えないのですが……」

「そうだね、ソニア軍曹。どのような強力な異能者であっても国単位で影響を及ぼすという事は考えられない。しかし、ある仮説が入れば話は別だ」

「ある仮説ですか?」

「そう、エルプズュンデには――」




「魔人が存在するという仮説だ」



「馬鹿な! いくらなんでも……」

「そうだね。でも私が一度エルプズュンデの使徒と戦った時、明らかに人間を超えた力を持っていた。あの異常な力は魔人が絡んでいる可能性が高いと踏んでいる」

「……ヴァージル大尉がテキサスで戦ったっていう使徒ですね」

「ああ。中々やっかいな奴だった。そしてその時になんとか手に入れた血液を調べてみた所、遺伝子情報などが通常の人間と大きくかけ離れているという結果になったんだ」

「ふーん。じゃあ、ヴァージル大尉がロシアを作戦から外したかったのは」

「セレスティア軍曹の予想通りだ。この先にいる魔人と会わせたくなかった。

軍まで関与しているとは考えたくないが念のためだ。

早朝秘密裏にダンジョンへ入ったのも先を越されたくないという理由が大きいね」


 ヴァージルが語った話にイディオムの一同は口を閉ざしてしまった。

今までの情報では魔人とはこのダンジョンの奥にいる一体のみである。

それが、別にも存在しており、厄介なテロリスト組織と共にいる可能性がある。

事実かどうかは別としても考えなければならない事が多い。


「ってなると、エドナ国務長官殿は知っているので?」

「いや、知らないね。政治家に知らせてよい話ではないし何より明確に事実として決まったわけでもない。エドナ殿には悪いが、アメリカが世界の政権を握るなど私には興味がない。

それよりも明確に迫っている危機があるのだ。私としては梓音博士の件も正直どうでもよいね」

「はっきり言いますねー」

「事実だからね。日本は政権安定していると聞いているが日本軍は軍力が低い。

特級異能者の不足の原因は国の人口の影響があるため仕方ないだろうが、この件に絡めてよいのか迷う所だね」

「そういやあの博士、狙われてるんだっけ?」

「そうだ。その点を考えればアメリカで保護するという点は賛成だね」

「でも、日本軍にも強い人いたよ」

「例の仮面の隊長だね。確かにその人物には少々興味があるね。……さて」


 そう話してヴァージルは足を止めた。

目の前に何度か戦闘を繰り返したグリズリー型の魔物がこちらを見て唸りを上げている。

しかし、今まで戦ってきた魔物とは違い、まず二回り以上巨大であった。

手が異様に長く、また爪も手のひらと同じほどの長さである。

眼孔から赤く鈍い光を発しているのは変わらないが、頭からはまるで悪魔のようにねじ曲がった角が生えている。


「恐らくあの向こう側が守護者エリアでしょうね。あの出入口の形には見覚えがあります。

しかし、まさかその外に出ているとは……」


 そうウィリアムが話すのを横で聞きながらイディオム第一特殊部隊のメンバーは魔力を練り上げ戦闘態勢に移った。

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