第36話 存在認識
アキトはダンジョンへ入る前の鴻上との会話を思い出す。
「いいか、アキトこれから説明するのはお前の異能の弱点についてだ」
「弱点ですか」
「そうだ、俺なりに考えて出した結論だ、多分間違ってないだろう。そこに立って異能を使え。
そうだな。これから俺が攻撃をするからそれを防いでみろ」
アキトは鴻上の話を聞き、鴻上から5mほど離れた場所に立ち異能を展開した。
「どうぞ」
「いくぞ。星団術式”
「――?」
鴻上から魔力が流れ術式が発動する。
しかしアキトには変わったところはなかった。そう疑問に感じた瞬間であった。
「――ッく!」
アキトは突然の苦しみに耐えられず、喉を抑えた。
息が出来ない、頭痛、吐き気、めまいなどが一気にアキトを襲った。
何が起きたか分からず、混乱し、魔力を大きく展開して、後方へ飛んだ。
しかし、それでもアキトを襲っている症状は治まらない。
「アキト。落ち着け、もう魔術式は消してある」
鴻上の声が聞こえた瞬間、アキトは思わず膝をついてしまった。
「すまないな。どうしてもアキトにはこれを体感してもらう必要があったんだ」
そういって鴻上が回復術式”治癒”を唱えるのが聞こえた。
「はぁ、はぁ、鴻上隊長。なぜ僕の”停止結界”では防げなかったんですか?」
「アキト。お前の停止結界はお前が認識した現象を停止させている。だが、すべてを停止させているわけじゃないんだ」
「……どういう意味ですか?」
「お前は異能を使っても視界は暗くなっていないだろう。それは物体を反射している光が停止していない証拠だ。
そして俺の声が聞こえている。これは空気の振動を停止させていない証であり、同じく呼吸が出来ているのは酸素を停止させていないからだ。
いいか、アキト。光と音、空気、共通点はなんだと思う?」
「生きる上に必要な要素……ですか」
「少し違う。そこにあって当たり前のものは無意識に受け入れてしまうんだ」
「――無意識にですか?」
「そうだ。普通物体を反射している光なんて普通は意識なんてしない。空気の振動や酸素も同様だな。
だが、攻撃的な光であれば恐らくお前は停止できる。なぜなら攻撃性がある光は魔力も高く、視認できる事が多いからだ」
だがその説明では先ほどアキトが味わった苦痛と食い違いが起きてしまっている。
「でもそれでは……」
「俺がさっき使った魔術式は半開星といって、お前の周りの空気の成分を変化させる術式だ。
それによってお前は少しの間、一酸化炭素中毒と同じ症状に陥っていた」
空気。普通にあって当たり前のものであり、なくてはならない人が生きるための要素だ。
「アキト。今回俺がやった術式はかなり特殊だ。計算式が膨大なため実戦で使えるのは俺くらいだろう。
だからお前が似たような術式を戦闘中に使用される心配はそうそうないが、今後同じようにお前の異能の隙間を付く術式を使うやつが現れるかもしれない。
その場合、少なくとも俺がさっきやったものと同じ効果の術式は
「え? なぜですか?」
「言っただろう。異能の力とはその知識量によって左右される。お前はもうこういう術式があると知った。
痛みを感じ、苦しみを覚え、生命を脅かす存在だとお前の魂に刻まれただろう。だから今後同じような魔術式が現れたとしてもその魔術式の魔力を探知しすぐには無理だろうがお前の異能でも対応出来るようになる」
「そう、なんですか?」
「俺を信じろ、アキト。以前お前に不意打ちして銃を撃った事を覚えているか?」
「は、はい」
梓音の研究室を初めて訪れた時だ。忘れるはずがない。
「お前は死角にいた俺の銃撃を無意識に防いだ。それはお前の魂が銃が危険な存在であると知っていたからだ。
だから無意識に異能を展開して防いだ。それと同じ事が慣れてくれば出来るはずだ」
「そうですか、――鴻上隊長。ありがとうございます」
「いいさ、だから言っているだろう。知識を蓄えろ。考えを止めるな。それがお前の命を守ってくれる」
「――はいッ!」
「よし、休憩は終わりだ。もう一度やるぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
****
「どうやら僕と玖珂君は相性が良いみたいだよ、では第二ラウンドだ! ”イグジス・アーツ”」
するとジョンが視界から消えた。
魔力も感じない、まるで最初からそこにいなかったようだ。
(あの術式かッ!)
アキトはすぐに感応を展開した。
するとすぐ自分の目の前に人型の空白が迫っていた。
これは本能的な行動だった。アキトの異能であれば物理攻撃は効かない。しかし、いきなり目の前にジョンが現れた事によってアキトは思わず両手を使い防御行動を取った。
「クッッ!!」
ガードした腕の上から
異能を展開しているにも関わず殴られたという事実に混乱の絶頂であった。
(なぜだ!? 異能は展開しているはずなのに!)
地面を両足で削りなんとかそれ以上の後退をアキトは防いだ。
幸い大したダメージではなく、アキトはほぼ無傷だ。すると目の前にまたジョンが現れた。
「随分、硬いね~。殴ったこっちの骨が折れるかと思ったよ」
「――お前はいったい」
アキトはそう思わず心からの疑問が声に出てしまった。
「ふふふ。僕のイグジス・アーツはね。僕自身の
詳しい効果は秘密だ。ぜひ今度は玖珂君に暴いて欲しいな」
そういってジョンはまた消えた。
「”
いっけん何もない空間にアキトの拳は激突し、空気がはじけるように割れた。
すぐにアキトは
感応による気配から先ほどの一撃でジョンの右腕が吹き飛んだことを感じだ。
アキトはさらにジョンに向けて攻撃を放つ。
もしここに第三者がいればアキトはたった一人で何もいない空間に拳を振るい、蹴りを放つ様を奇妙に思えただろう。
アキトが拳を振るうほどに、蹴りを放つごとに、空気の破裂がこの樹木の洞窟の壁を叩き、地面を割った。
何をしてくるか分からないジョンに警戒しつつ時には膨大な魔力を使い、ジョンへ向けて攻撃をしていった。
「”
周囲を完全に停止させる結界を展開した。
今回は停止させる対象を生き物だけではなく、範囲内の魔力まで指定している。その結果、またジョンはこちらに攻撃する態勢で停止していた。ジョンを殺してもなぜか生き返る。そしてその時に傷が再生されているという事。そして先ほどのアキトから負った傷は今だ回復していないという事を考えればジョンを殺すのは下策と考えられた。
そのため、アキトは死なない程度にジョンを壊す事を決心した。
既にアキトの攻撃によってジョンの手足から骨が飛び出し、痛々しい様子となっている。
それを確認してからアキトは異能を解除する。
「はぁ、はぁ、はぁ、これは……やるねぇ!
玖珂君! 君の守りの異能を突破できてもこっちの能力まではさすがに無理だったかな」
姿を現したジョンは両腕の皮膚から飛び出した骨を伝って血が滝のように流れている。通常なら激痛で動けないような傷のはずだが、本当に楽しそうにジョンは笑っていた。
「玖珂君のその凶悪な結界の対処方法も思いついたけどさすがにここでは準備しないとだめだね。
うん、楽しかったから僕はここで帰らせて貰うとするよ」
「逃がすと思うのか?」
「ははは。うれしいお誘いだけど、僕にも予定があるしね。今日はここまでだ。
そういうとジョンはまたその場から消えた。
「チッ”
アキトは異能を展開し、感応で探ったが、ジョンの反応が守護エリアにない。
さらに魔力を練り上げ、範囲をさらに広げる。しかし先ほどのような人型の気配はどこにもなくアキトは困惑した。
「――逃げた? どうやって……」
ジョンの能力はとにかく自身を消すという事に特化している様子だ。
瞬間移動の類かとも考えたが、先ほど戦った感じではそのような力を出している様子はなかった。
「……くそ」
緊張から解放されたのか、アキトは手を膝に置き呼吸を荒くしていた。
生き死にを掛けた初めての戦い、しかもエルプズュンデというかなり厄介な宗教組織の相手に逃げられた。
受けたダメージはほとんどないが、アキトは精神的にかなり消費している状態だった。
アキトは自分の収納鞄から小型の水筒を取り出した。
仮面の口部分を開け、中に入っている水で水分を補給した。
先ほどの戦闘をアキトは自分なりに分析していた。
物理結界は突破されるが、死の結界は反応した。その違いは何か。
(物理結界は自分が存在を認識できる攻撃だけを防ぐだったか、つまり存在自体を隠すような異能か?)
恐らくどういう異能か術式が分かれば次は対処出来る可能性が高い。
死の結界で捉えることが出来たのはあれは範囲内の生物をすべて停止させる異能として発現しているからだろうと考える。
軽く情報の整理を行い、アキトは先へ進んだ雲林院達に追いつくために成瀬に連絡を入れる事にした。
「はぁ、はぁ、はぁ。――成瀬、応答せよ」
『玖珂隊長ッ! 大丈夫ですか!?』
「ああ、なんとかな。すまないが細かい報告は後で行う、雲林院隊長の状況を教えてくれ」
『はい、雲林院隊長の近くに複数の人間と思われる反応があります。恐らくもうすぐアメリカ軍に追いつくのではないかと思われます。
玖珂隊長。すぐに雲林院隊長の元へ合流可能ですか?』
「承知した」
そうして、アキトは成瀬のナビに従い、移動を開始したのだった。
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