第35話 異能の穴
「”
アキトは目の前の男、ジョンに向けて異能を放った。
この死の結界は生き物を殺す事に特化した能力であり、発動するだけで範囲内の生き物の心臓や血液など含めた内臓器官を停止させ、それにより死に至らしめる事が出来る。
そして、これをアキトは
「……ぐぅ。なんだい、これは」
ジョンはアキトの異能を受け、心臓などが2秒間だけ止まった。さらに脳も止めているため何をされたか理解できなかっただろう。
2秒だけ内臓器官を停止させる事で相手を殺さずにある程度深刻なダメージを与える事が可能だ。
そしてアキトが試したかったのは奴が人間と同じ人体構造なのかという事だ。
少なくともアキト自身は目の前の男が普通の人間でないという事は先ほど死んで生き返った事を考えても重々理解している。
「――この動悸、心臓が痛いね。何が起きたかさっぱりわからなかった。この味わったことがない身体中の痛み。ふふふ、いいね」
自らをジョンと名乗った男。
心臓を右手で鷲掴みにするように抑えている。
その様子から少なくとも心臓が動いており、止まれば身体に影響が与えられるという事が理解できた。
「”
アキトは再度異能を使用する。
今度は2秒で止めず。そのまま異能を維持した。仮面の中で額から流れる汗を感じながらアキトは懸命に精神を削って異能を放っていた。
現在使っている異能の効果範囲はこの守護者エリアのみに展開している。
すでに雲林院達は17階層へ進んでいるが、念のため効果範囲は絞っていた。
間違っても味方を巻き込まないように、そして、可能であればこの異能力でジョンが死ぬ事をアキトは願っていた。
可能であれば、自分の手で直接殺したくはない。
いや、殺す覚悟がまだアキトにはなかったのだ。まだ、先ほどの様に正体不明の状態で殺したとしてもあれば自分を誤魔化せたと思う。
だが、話してしまい、意思の疎通を交わしてしまった相手を直接手を下して殺すという事がどうしても戸惑われてしまっていた。
だから、卑怯であっても直接手を下さない方法で、この”死の結界”で死んでくれればと願わずにはいられなかったのだ。
それから約10分程度異能を維持した。
その間、アキトはその場でジョンを観察している。目は見開き、右手は心臓の位置を握りしめている。
どうみても普通の人間だ。しかし首には何の傷もない。
恐らく今後の事を考えれば捕獲するのが望ましいのだろうが、アキトは直感的にこの男は危険であると考えていた。
「――そろそろいいか」
異能を解除する。するとジョンはそのまま地面に倒れた。
そのまま様子を見たが動く様子もない。
「はぁはぁ。これで死んだだろうか」
思わず自身の願いが口から出てしまっていた。
「いやぁ、本当に驚いたよ」
「ッ!!」
ジョンはまた何事もないように立ち上がる。
アキトの異能は確実に心臓を停止させていた。いや、心臓だけではない、血や酸素なども脳へ回らなかったはず。
仮に、心臓が破壊されたとしても脳が活動していれば何かしらの異能を使う事も考えられた。
先ほどの雲林院の居合は首を切断するだけで頭部は無事だったからだ。
だから、脳も活動できないように停止させていたというのに、なぜ起き上がれたのか。
(本当に不死身なのか!?)
「玖珂君は僕が生き返るのが不思議かい? でも教えてあげないよ。だってネタバレはつまらないだろう」
「本当にやっかいな」
「僕はね、玖珂君。ビデオゲームが好きんだ。何ていうのかな強いボスを倒すというのがたまらなく好きでね。
アクションゲームやRPGも好きだけど、やはりボスにギミックがあるのは本当に燃えるよね。
攻略方法を考えるのが面白い。どうやってこのボスを攻略しようか、そう考えるとワクワクしないかい?
そうやってボスの攻略法を見つけた時の快感といったらね。僕の気持ちはちょうどそんな気分だ。
そういえば、一つ聞きたいんだけどさ、どうやって最初僕の事が分かったんだい?」
「――視線を感じた。僅かだが、何かいると思ったんだ」
「なるほどね。随分面白そうな異能者がいたから、ずっと見ていたからね。アーツが乱れちゃったかな」
もう綺麗事を言っている場合ではない。目の前の男は明らかに普通じゃないのだ。
アキトは覚悟を決めた。
「はぁぁああ!」
自分を鼓舞するように声を出す。
自身の身の回りに”
「うぉ!?」
滑るように加速したアキトにジョンは驚いて声を出している様子だ。
ジグザグに移動し加速しながら右足に力を籠め、いっきに加速を行い、アキトは中段突きをジョンの身体に向けてはなった。
目に見えるほどの魔力を纏い、触れるものすべてを砕くその突きをジョンは危なげなく躱し、回転し裏拳をアキトの顔に向けて放った。
それをアキトは右腕を上げる形でガードする。
異能の効果によって、ジョンの右腕はアキトに触れる前に停止する。アキトは停止した腕を左手で掴み、
全力でジョンの腕を握った。アキトの力によってまるでジョンの右腕は柔らかい細枝のように骨は折れ腕を突き破って骨が露出した。
そのまま、腕を握りつぶした状態でアキトは右足の膝蹴りをジョンの空いた胴体に向けて放った。
「がはぁッ!」
そのままジョンは壁に向かって飛んだ。アキトの膝蹴りを受けた胴体は大きな穴が開き、血と臓物を垂れ流しながら地面を赤く濡らしている。アキトは吐き気を我慢しながら、引きちぎった左腕を投げ捨てた。
そして、ジョンであった物体に向けて手のひらを向け、魔力を凝縮させた。
これはカラベラや先ほどジョンに向けて放ったようなけん制するだけの魔力波ではなく、確実に物体を破壊できるように魔力を込めた。
アキトの手に集まる魔力が空間を歪め、さらに魔力が視認できるようになり、発光するまで魔力を込めてから、ジョンであったものに向けて放つ。
アキトの血で染まった白い外套が目の前で起きた衝撃波によって風で強くなびいた。
一瞬鼓膜が破れるかと思うほどの破壊が目の前で起き、煙が晴れたときにはジョンは既に細かい破片になり、辺りにピンク色の肉が散らばっていた。
「ぐッ! ――うぇえ」
アキトは食事用に改造していた仮面を操作し口元を開閉して嘔吐した。
自分がやった事とはいえ、とても耐えられるものではなかったのだ。
仮面の中で口の中に広がる不快な感触と目じりにたまる涙をなんとか我慢し、念のため前を確認した。
「……嘘、だろう」
赤い粒子が渦を巻き、それは人の形へ象られ目の前には無傷のジョンが現れた。
「ちょっとたんまね。さすがにこの状況で全裸はちょっとキツイ。すぐ予備の服出すから待ってて」
まるで先ほどの攻撃はなかったかのようにふざけた態度で謝るジョンを見て、アキトの頭の中は混乱でいっぱいであった。
「えぇっと、”エアヴァイ・アーツ”」
すると一瞬ジョンが光で包まれ、その光が収まると先ほどと同じ白いシャツ、ジーンズの服装になっていた。
「便利だろう。これは空間拡張型のアーツでね、応用すればこうやって一瞬で着替える事も出来るんだ。
それにしても痛かったなぁ。でもそれに見合う収穫もあった」
アキトはその言葉に言い知れぬ悪寒を感じた。
「玖珂君。君の能力は、ずばり認識したものを止める力だね」
「――ッ」
この時ほど、アキトは仮面をしていてよかったと思ったことはない。
涙を流し吐しゃ物を吐いたからではない。先ほどの一連の戦闘でまさかそこまで正確に当てられると思わなかったからだ。
もし仮面がなければ目を見開き、驚きを隠せない自身の顔を見られ、それで悟られてしまうと思ったからだ。
「あはは。図星かな? 最初僕が受けた苦しみは君の異能で心臓を、そしてそれを認識できなかったのは恐らく脳を止めたからかな。
そして、先ほどの攻防。僕の攻撃が不自然に君の前で止まった。なぜこれほどの攻撃力があるのかはまだ分からないけど、多分大体こんな感じの能力だろう? 安心していいよ。僕じゃなかったら気づかなかったと思うからね」
何も答えるべきではない。
アキトはそう瞬間に考えた。いくら仮面をして顔を隠してもアキトはこの男と知恵比べをしても勝てないと悟ったからだ。
ならばこれ以上反応をして情報を与えるのは愚策である。だから無言を貫いた。
「多分だけどさ、時間も止めようと思えば止められるのかな? ここまで強力な異能は見たことがない。
だから多分出来るんだろう? でもそうしてないね。出来ないんじゃなくてやれないって感じなのかな」
そうだ。以前アキトは鴻上との訓練で時間停止をチャレンジしたことがある。
結論から言って時間停止は出来た。元々アキトは時間を停止させ20年過ごしていたのだ。出来ないとは考えられなかった。
しかし、これには問題があった。
それは――
「昔のアニメや漫画だと時間を止める敵キャラとかいたんだよ。知ってるかな?
でも実際にはそんな事出来ないよね。だって
そう。時間まで停止されてしまった場合、当然光、空気などといったものまで停止する。
人間が物体を目で見るプロセスとは簡単にいえば光の反射なのだ。それがなくなった場合、完全な暗闇の世界になる。
当然、空気中に漂う酸素も止まるため、呼吸がかなり困難になるのだ。
そのため、時間を止めた場合、仮に自分の周囲だけを残していたとしても、前は見えず、酸素もわずかしかない状態になるため、まともに動くことが出来なくなるのだ。
「時間ってすごくあいまいだからね。でもそこに君の攻略法のヒントを見出したよ」
そういってこちらを指さすジョンは深い笑みを浮かべていた。
「さっきの攻防で君は停止する異能を放っていた。でもこちらの姿は見えていたね。
それに君の声も聞こえた。つまり空気の振動もあったという事。
もちろん普通に呼吸もしていたね。これから予想される事は、
それが僕なりの結論なんだけどどうかな?」
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