第34話 名無しの

「もう少しで16階層の守護者エリアのようですね」


 アキト達は16階層を移動開始してから既に40分以上経過している。

成瀬のナビによってダンジョン内を迷わず移動できるというメリットは非常に大きく広大な階層であっても比較的短時間に移動出来たと言える。

 16階層は元々攻略途中という事もあり、以前の階層のように光源があまり確保されていない。

そのため、薄暗く少々視界が悪い状態になっている。


「さすがに少し視界が悪いな」

「目に魔力をもう少し集中すれば多少マシになるわよ」

「それでもこの暗さはな」

「大和。我慢してよね。玖珂さんもそう思わない? っていうか玖珂さんその仮面で前見えるの?」

「ああ。問題ない」

「もしかしてその仮面に暗視機能なんてあったりするのか?」

「いや、葦原さんのいうような性能はないな」


 そう会話をしながらアキト達はひと際大きなフロアへ到着した。

15階層の守護者エリアと同じ作りのため、ここが16階層の守護者エリアで間違いないと思われる。


「成瀬、反応はあるか?」

『いえ、ありません』

「何もいないみてぇだな」


 そのままこのフロアの中心まで歩き周りを見渡す。

先ほど襲ってきていたカラベラが16階層で最後の魔物だったのかあれ以降魔物が襲ってくることはなかった。


「ここに本来いたカラベラ・ガルディは私達、というよりは玖珂隊長が倒しましたからね。

復活するまでしばらくかかるという事でしょうか」

「成瀬、一応16階層の守護者を倒したと中国へ連絡してくれ。予定ではロシア連邦がこの階層の保全に来るはずだ」

『はい、承知しました』


 アキトは守護者を倒した事を中国に連絡するように成瀬に指示を出した。


「ロシア連邦の奴らは本当に16階層で死者を出しているのかね」

「大和、それってどういう意味?」

「いや、カラベラは確かに強かったが、特級異能者が負けるとは思えないんだよな」


 特級異能者とは【投入されれば戦場を変えられる能力者】を指す言葉である。

日本の軍に所属している特級異能者はアキトを含めて7名。現在の対魔部隊の隊長達である。

では、ハンターに特級異能者はいないのかというとそういうわけではない。

アキトが調べた所では通称<星付き>と呼ばれるSランクハンターは特級異能者に分類されるらしい。しかし、数はかなり少ないという事と、エピコス人界条約によってハンターライセンスを持っている者は戦争などの軍事利用は禁止されており、国で抱えるという事は出来ないのだ。

もちろん、膨大な報酬を払い拘束契約という形であれば軍も雇うことは可能だ。


「恐らくはロシア連邦とアメリカ合衆国で政治的な取引があったのでしょう。

あの国は現在国難に見舞われていますからね」

「って事はだ、雲林院殿。特級異能者が死んだってのは嘘って事かい?」

「おそらくはそうでしょう。ですが、あのカラベラ・ガルディと遭遇していたらあながち嘘とも言えないでしょうね」

「だよな。普通のカラベラと戦っていた時も思ったが、受けた圧力が圧倒的に違う。

正直あのまま戦ってたら俺達もただじゃすまなかった可能性もある」

「はは……。アタシ、あいつにビビって固まっちゃったしね。ほんとダッサイ」


 そう雫が言うと肩を下げて視線を地面に落としていた。


「お前はまだ15だろう。まだこれから伸びるさ。ベテランの俺ですら最初は動けなかったからな」

「そうよ、雫。この作戦が終わったらもう少し訓練に力を入れましょうね」

「うん、そうだね。そうだ! 玖珂さんこの作戦が終わったらさ。アタシに特訓付けてよ!」

「なぜ私が……?」

「だって玖珂さん、超強いじゃん! ねぇいいでしょ!」

「いや、私も軍の仕事があるから――」


 雫をどうあしらうかを考えていた時だ。


 妙な視線を感じたアキトはすぐさま後ろを振り返った。

そこには誰もおらず、ただ来た道が静かに続いている。


「玖珂隊長どうしましたか?」

「――視線を感じました」


 アキトがそういうと雲林院も怪訝な様子を見せアキトと同じく来た方向を確認する。


「何も感じませんね」

「成瀬、何か反応は?」

『……いえ、何も反応はありません』


 成瀬の異能でも感知していない。アキト自身も気のせいかと考えたが、このダンジョンという異常な場所でこういった感覚を無視したくないという気持ちが非常に大きい。


「――知覚領域術式”感応”」


 なぜか鴻上から名前の変更を指示された術式をアキトは使用した。

アキトの魔力が薄く、このエリアを抜け、さらに奥まで術者であるアキトを中心に直径500mほどの魔力領域を展開する。


「――ッ!」


 そしてアキト達が来た道である場所、守護者エリアへの入り口部分のすぐ横に人型に魔力がない空白のある場所を見つけた。

 余りに異常だった。

通常この術式は辺りに包んだ自身の魔力を使いその空間内の魔力の動きや大きさ何かを知覚することが出来る。それが何故か入口付近でまるで人の形にくり抜かれたように魔力が感じられない場所があったのだ。

 アキトは右手を上げ、先ほどカラベラに発したものと同様に魔力凝縮して、それを放出する。

空気が歪む程濃密な魔力は時速150kmほどの速度で出力され直撃した。

しかしその人型の空間はアキトの攻撃を避け、素早く移動した様子だった。

(躱された! ならば――)


 アキトはそのまま手を止めず、その謎の人型反応が躱した方向へもう一度手を向ける。

さらに魔力を練り上げる。出力としては先ほどの約2倍。

今度は手のひらに集めるのではなく、手刀のように右の手首から指先へ放出されるイメージだ。

そうかつて雲林院が模擬戦で使用していた<千鳥之太刀チドリノタチ>をイメージした技だ。

もちろん、本家本元である雲林院の技とは似ても似つかない強引に魔力を剣のように放出させて劣化した技であるが、そこをアキト自身の膨大な魔力で補い、まるでウォータージェットのように放出させた。

 アキトはその場に腰を少し落とし、右手を水平に、その反応が逃げた場所に向かって、

腰を捻りまるで刀で切るように手刀を放つ。

もっとも斬るというのではなく、魔力の当たった部分を吹き飛ばすという形ではあったが、この強引な力技の結果は一目瞭然だ。

 入って来た入口は完全に吹き飛ばされ、入って来た入口以上に大きく横に切れた穴が出来上がった。


「お、おい。玖珂さん、あんた何やってんだ!?」

「……葦原さん、落ち着いて下さい。?」

「いえ、

「いやいや、落ち着けって、そもそも本当に何かいたのか?」

「玖珂隊長が先ほど使った感応という術式は魔力を使いその範囲内の事を知覚できる術です。

それを使用し、先ほど攻撃を行ったという事を考えれば恐らく……」


 そう雲林院が話すと樹木の洞窟が崩れた事によって発生した土煙から人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「雲林院隊長。見えますか?」

「はい、ですがノイズが掛かった様に見えています。これは何かの術式か異能か」


 その人影を覆っていた煙が晴れ、ようやく視認できるようになった。

それは普通の人間のようだった。

ジーンズを履き、場違いのような白いシャツを着ている。

顔の様子から恐らく白人のようだが、少し日に焼けているのか肌はあまり白くない。

柔和な笑みを浮かべながら少し垂れ下がった目をこちらに向け、

右手で後頭部をかきながらこちらに歩いてきた男性だ。

見た目からの年齢は40代前半くらいだろうか。


「参ったなぁ。なんで君見えたの?」

「……一応聞きますが所属はどこでしょうか」


 雲林院はそう投げ返した。

そして後ろにいた葦原、天沢、雫は魔力を漲らせ戦闘態勢に入っている。


「本当に参ったよ。このイグジスアーツは見破られた事ないんだけどなぁ」

「最後通告です。所属を」

「あぁ、日本だと術式アーツっていうんだよね。でも君本当にすごいね名前教えてよ」






 その言葉を聞き、雲林院の姿が消えた。




抜討之剣ぬきうちのけん




 ほんの瞬きの間だ。気づけば雲林院はこの怪しい男の後ろにいた。

そして男の首はゆっくりと胴体から離れ地面へ落ちる。

すぐに首から夥しい血液が流れ始め立っていた身体もそのまま倒れた。


(早い。以前の模擬戦以上の速度だ。これが雲林院隊長の本気か)


「ねぇ、お母様。殺してよかったの?」

「問題ねぇだろ、雫。こそこそ隠れてやがったんだ。殺されても文句はいえねぇさ」

「そうよ。それにしても不気味な奴ね。ハンターかしら」


 雲林院は魔刃を納刀し、こちらへ戻って来た。


「玖珂隊長。念のため本部へ連絡しておきましょう」

「そうだな、成瀬。一応終わったからこれを本部へ報告してほしい」

『待って下さいッ! 玖珂隊長達は一体何をしていたんですか!? !』

「何? そんなはずは」


 そう思いアキトは先ほどの男の死体を見た。

そこにはまだ笑みを浮かべた男の首と分かたれた胴体が血の池に沈んでいる。

それを見て何か強い違和感を感じた。


「死体がダンジョンに吸収されていない……?」


 アキトがそうつぶやくと首を失った胴体が動き出した。

まるで何事もなかったかのように倒れた姿勢から立ち上がる。

そして、血が噴き出していた首から赤紫色の粒子が集まり先ほどの男の首が再生された。

地面に落ちていた首はそのまま他の魔物と同じように煙を上げ、段々と溶けて消えていったのだった。


「いやぁ、いきなり首を跳ねるってどうなのかな? 日本人って慎み深いんじゃないの?」


 男は何事もなかったかのようにまた笑みを浮かべこちらを見ていたのだ。


「人間ではないのか?」


 アキトは思わずそんな言葉を口に出してしまっていた。


「ひどいな、その質問。でもよかった。そう君と会話したかったんだよ。面白いね。名前教えてよ」

「教える義理があると思うか」

「ひどいなぁ、もっと年配に気を使ってくれないかな。玖珂君」


 アキトは仮面の中で顔をしかめた。恐らく先ほどの雲林院との会話を聞いていたのだろう。

という事は首が離れていても意識があったという事に他ならない。


「私の名前を一方的に聞いた貴方の名前は?」

「教える義理があると思うかい」


 先ほどアキトが返した言葉をそのまま使い煽ってくるこの男に怒りを感じるが、さすがにこのまま挑発に乗ってはいけないとすぐにアキトは冷静になるように努めた。


「冗談だよ、怒らないで。ジョンだ。僕の名前はジョン・ドウよろしくね」

「――名無しの権兵衛ジョン・ドウね」

「ここにいる理由を教えて貰えませんか。ジョンさん」


 雲林院は刀の柄に手を置きながら質問をした。


「ごめんね、お嬢さん。いきなり首を飛ばす人に対して親切に答えるつもりはなぁ」

「あら、こっそり付いてきた貴方に言われたくないですね」

「ははは。それ言われると困るね。実は

「――ッ!」


 魔人を観察。どういう事だろうか。いったいこの男は何者なのかアキトは考えを巡らせていた。


「ただ、もう飽きちゃったから帰るところだったんだよ。ちなみに18階層がここの最上階層だからもう少しでたどり着くんじゃないかな」

「貴方は魔人の所から戻って来たと?」

「うん、観察してたけど流石に飽きちゃったからさ。帰る途中だったんだけど、いやぁ面白い子を見つけて僕は満足してるよ」

「途中、アメリカ軍がいませんでしたか?」

「うん、いたよ。でも僕には誰も気づかなかったね」


「成瀬、今はどうだ」

『玖珂隊長。申し訳ありません。今も何も反応がないんです』


 アキトは小声で成瀬に質問をしたが、予想通りの答えが返って来た。

かなりやっかいだとアキトは考える。

成瀬の異能ですら目の前にいるジョンという男の存在を確認出来ていない。

これはつまり誰にも気づかれずどこへでも侵入しようと思えばできるという事なのだ。


「先ほど飽きたと言っていましたが、それはどういう意味ですか?」

「あぁ。この先にいる彼は孵りそうだったんだよ。そのまま見ててもよかったんだけど、さすがに見てるのも飽きちゃったしさ。ねぇ、玖珂君。よかったら僕と少し遊んでいかない?」

「用件が終わったらそのまま帰ったらどうですか」

「いやだな。こんな楽しそうな事見逃すなんてもったいないだろう?」


 そう笑みを深めたジョンの笑顔を見て、アキトはすぐに判断を下した。

先ほどの孵るという発言から考えるともう間もなくダンジョンに何かが起きるという事が示唆されている。


「雲林院隊長。私がこの男の相手をしますので、先へ進んでいて下さい。成瀬は雲林院隊長に引き続きナビゲートをしてくれ」

「……本来であればこのままこの男を全員で対処したい所ですが、確かにあまりここで時間を使うのは芳しくないですね。玖珂隊長、申し訳ありませんが、先へ進みます」

「ちょっと待ってよ。お母様ッ! 玖珂さんをここに置いてくの!?」

「落ち着け、雫。あの人の強さはよく知ってるだろう。大丈夫だ心配するな」

「そうよ、先にいく私たちの方が危ないかもしれないんだから、集中しなさい」

「うん……分かった、玖珂さん、先に行って待ってるからね!」


 そういって雲林院、葦原、天沢、雫の4人は17階層へ進んでいった。


「さて、改めて自己紹介しようか。僕の名前はジョン。って所に所属してるんだ。よろしくね」

「ッ!」


 エルプズュンデ。

以前話を聞いたテロなどを起こしているテロ組織。

かなり危険な組織だ。放置は出来ない。

つまり殺す事も視野に入れなければならない。先程は人かどうかも分からなかったため、咄嗟に殺傷性が高い攻撃をしてしまったが、こうして会話をしてしまった、この男を殺せるのか。

 その不安を隠すように魔力を大きく練り上げ、自分に喝を入れ、アキトは右足を強く一歩前へ踏み出し、腰を落とした。


「……行くぞッ!」

「”罪を受け入れよ。死を受け入れよ。肉体を離れ、魂は天へ昇り浄化される”

これ何かやるとき一々言わなきゃいけない決まりなんだよね。面倒だと思わない?」


 こうしてアキトは初めての生死を掛けた対人戦が始まった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る