第33話 レベルⅤ

『はい、繋ぎます』


『――よお、アキト。随分変わった場所みたいだな』

「鴻上隊長、今少々急いでまして、出来れば要件をまとめて頂けると」

『はっは、そりゃそうだな。さて、アキト達の予想は間違っちゃいない。お前らから聞いた情報を元に梓音とラターシャにも確認したが、結論から言うと今のそのダンジョンはレベルⅣの最終段階に入りつつあると予想される』

「レベルⅣの最終段階ですか?」

『そうだ。なぜ魔物や階層守護者が本来動かない場所から動いたのか、恐らく理由は魔力濃度が上がったからだというのが俺の考えだ。

恐らく、そこにいる魔物はダンジョンというできないと考えて間違いないだろう」


 魔力濃度が濃い場所でないと生きられないとはどういう事なのだろうか。

目の前で接近してきたカラベラ達と戦闘が始まりそうな様子を見て、アキトは邪魔にならないようにさらに後方へ飛んだ。

雲林院が目にも止まらぬ居合術を使い、先陣を切っている。

それに葦原、天沢、雫も各々異能を使い戦闘を開始する所であった。

 葦原の異能は味方に能力向上の支援が出来る。それを受けて雲林院の動きは更にその鋭さを増しカラベラの群れを切り伏せている。

天沢の火の属性魔法は手に持っている短杖を剣の柄のように使い、蛇腹剣のように不規則な動きでカラベラに攻撃を与えていた。

そして、雫は自身の傍に蒼白い光を放つ分身を携え雲林院と似たような剣術で懸命にカラベラと戦っている。

しかし、やはり強敵なのかソードドールズの面々は少々苦戦している様子であったが雲林院が上手く立ち回っているお陰で何とか倒せそうであった。


(中国の特殊部隊赤龍軍や現地のハンターも苦戦してた魔物だ、やはり一筋縄ではいかないか)


 そう考えながらも苦戦はしているが問題なく倒せそうな様子を見てアキトは鴻上の通信に集中する事にした。


「鴻上隊長どういう事ですか。なぜ魔力濃度が高いとわかるんです!?」

『単純な理屈だ。思い出せアキト。お前も習ったはずだ。どうやって魔界は人界に侵略行為を始めた?』

「魔物を送り込んで」

『違う、それは結果だ。の話を思い出せ』

「過程……?」

『そうだ。魔力を満たし、魔物が活動できる土台を作った。ここも一緒だ。なぜダンジョンにいる魔物はダンジョンの外へ出れない?

いつも言ってるだろう思考を止めるな、ダンジョンとは通称なんと呼ばれてた?』



「――小さい魔界」



『そうだ、恐らくそのダンジョン内は魔界と同じ、もしくは限りなく似た空間と考えて間違いない。誰が名付けたのかまさにその通りってことだ。階層ごとに移動できない魔物がなぜ移動できたか、それは魔力が満ちて来て移動できるようになってきたからだ。本来動けない守護者がエリア外へ移動出来たのも同じ理由だと考えられる。酸素が無ければ人は生きられない、それと同じたろう』

小さい魔界ダンジョンが成長し、魔物が自由に動ける程に魔力の濃度が上がってきた?」

『そうだ。そして人の死体がダンジョンに喰われたという情報。この事から予想される事実は……ダンジョンは中にいる生物の魔力を吸収している』

「そんなバカな、そんな感覚はありません」


 そんな感覚があれば流石に気付くはずだとアキトは考えた。


『おそらくまだ感じないだけだろう。いいかアキト。俺の話した魂の話を思い出せ。生きた生物と死んだ生物で何が変わる?』


 目の前にいたカラベラが次々4人の手によって倒されていった。

後方から俯瞰で見ていたためにやはりこのカラベラがそれぞれ個で判断して動いておらず、それぞれ連携して行動しているのがアキトにもよくわかった。


「ァァァアアッッ!!」


 およそ生きたモノが出せるとは思えない声と共に後方にいたアキトに向かって1体のカラベラがその肢体を動かし急接近してきた。


「玖珂さん、危ないッ!」


 雫がそう叫び、こちらに接近しようとしてきた。


「雫、こちらは問題ない、周りの敵に集中しろッ!」


 アキトはそう叫び、接近してきたカラベラに対し、右手を向け、高濃度の魔力を溜め、放出する。

右手から目に見えるほど集まった魔力は塊となり、カラベラの顔を直撃した。


「ァァァアガガッ!」


 その魔力波を受け体勢を崩したカラベラに、足に魔力を纏い歩法"雨燕アマツバメ"を使い、一気に接近した。

この独特の歩法は魔力を使い移動する術のため、溜めがない状態から最大スピードを一気に出すことが可能だ。

そのスピードに付いてこれずカラベラはアキトを見失い、首を左右に振った。

そして、そのままカラベラの死角へ移動したアキトは手刀でカラベラの前足を切り落とし、下がった首をそのまま同じく手刀で切り落とした。

 鴻上との通信の邪魔をしてきたカラベラをまるで羽虫をあしらう様にカラベラを圧倒するアキトの姿を見て雫は驚いた様子でこちらをみていた。それにアキトは気づき目の前の敵に集中するように指示をして、そのまま通信を再開した。


「魂が抜けた生き物は魔力量を5倍近く失うという事でしたか」

『そうだ、恐らく、死んだ人間の肉体は魔力を極端に失うために、ダンジョンの魔力吸収に耐えられなくなったと考えられる。

このまま進めば中にいるだけでまずい状態になるかもしれんぞ』

「魔力がどんどん吸収されると?」

『その可能性が高い、そしてそれが先ほどいった結論につながるんだ』

「レベルⅣの最終段階ですか?」

『そうだ、恐らく、その


 ダンジョン内の魔物が外へ出る、そう考えただけでアキトは最悪の想像を止められなかった。

ただでさえ、精鋭に近い異能者達が命を落としかねない魔物達なのだ。それが外を闊歩するようになる。

どう考えても最悪な状態だ。


「まさか、それがレベルⅤですか?」

『そう考えて間違いないだろう。それが今お前たちから得た情報をもとに整理して出した結論だ。

そして、ダンジョン外で倒された魔物は果たしてどうなる? 最悪ダンジョン内で復活する。つまり倒しても減らない状態になる可能性すらありえる』

「本当に最悪ですね……早急に魔人を倒さないと」

『その魔人ってやつなんだが、それに関しては完全に情報不足だ、アキト。気をつけろよ』

「――分かりました。情報感謝します」

『おう』

「成瀬、今の情報をすぐにまとめ対魔本部へ報告しろ」

『は、はいッ!』


 鴻上の通信が終わった頃には目の前の戦闘も終了していた。

今は葦原と雫はカラベラの魔石を探し、砕いている状態だ。


「さて、玖珂隊長。報告を聞かせて貰えませんか? 仮面越しでもあなたの様子は分かります、先ほどの通信が非常に重要な情報だったとね」


 どこかこちらを安心させるように微笑んだ雲林院に対し、玖珂は入手した情報を話した。

その間、ソードドールズの3人は倒したカラベラの魔石を探し砕いて回っている様子だった。


「レベルⅤ、確かに悠長にしている時間はありませんね」

「ええ。早急にイディオムに追いつき、このダンジョンの最上層へ行く必要があると思います」

「このダンジョンの最奥、外側から見た魔力が収縮している場所でしょうね」


 雲林院の話を聞き、ダンジョンに入る前の光景をアキトは思い出す。

薄紫色のまるで繭のように胎動していた魔力の集合体。


「確か中国の空軍が一度戦闘機を使ってあの魔力の渦に近づいたという報告がありましたね」

「そうなのですか?」

「ええ、もう1年程前になります。結構有名なニュースになっていましたが知りませんでしたか?」

「……あまりニュースなどを見れる環境にはいなかったのでね」


 雲林院もアキトの詳しい経歴を知らないためまさかアキトが20年眠っていたなんて思わないだろう。


「まぁ良いでしょう。それで近づいた戦闘機はあの魔力の渦に近づく前に墜落してしまったという内容です。

乗っていたパイロットはまるで干物のように干からびて死んでいたそうです」

「――それはまさか」

「おそらく、鴻上隊長の指摘通り魔力を喰われたという事なのかも知れませんね……ん、もしや」

「何か懸念が?」


 雲林院が顔を伏せ考えるようなしぐさをしたためにアキトは雲林院を問いただした。


「――少し整理させて下さい。……参りましたね、自分の短慮さが嫌になります」


 そういって雲林院は収納鞄より端末を取り出した。


「成瀬副隊長。この通信を先ほどと同じように鴻上隊長へ繋いで貰えませんか?」

『え、何か問題がありましたか?』

「はい、大至急お願いします」

『はッ! 承知しました。少々お待ちください』

「雲林院隊長。説明してください」

「待ってください、すぐに説明しますので」


 よほど重要な事なのか雲林院の表情はかなり切迫している様子であった。


『お待たせ致しました。繋いでおります』

『どうした雲林院。かなり緊急と聞いたが?』

「鴻上隊長。先ほど玖珂隊長からの報告を聞き、どうしてもあなたの耳に入れたい内容があります」

『――どうした』

 

 雲林院の端末から聞こえてくる鴻上の声に緊張が走った様子だった。

恐らくそれほど重要な内容という事なのだろうとアキトはすぐに考える。


「1年前の中国ダンジョンで起きた戦闘機墜落事件を至急調べて下さい」

『あ? 1年前っていや、あのダンジョン上空へ突っ込んだっていうバカげた作戦のやつか?』

「そうです。その時死亡したパイロットの死因を調べて下さい。貴方なら可能でしょう」

『理由を話せ、それだけでは要領がつかめん』

「死因が魔力を奪われた事によるで死亡したかを確認したいのです」

『あぁ? そりゃどういう――糞、そういう事か』

「はい、それが分かれば備えられると思います」

『チッ! 確かに盲点だったな。助かったぞ雲林院。これで俺の動き方も随分変わる』

「はい、鴻上隊長。くれぐれも慎重に」

『分かってる。上にはこっちから報告しておこう。そっちも上手くやれよ』

「はい、お互い全力を尽くすとしましょう」


 そうして雲林院隊長は通信を切った。

先ほどの会話のやり取りで何があったのかアキトには全く分からなかったが、

一つだけ分かった事がある。雲林院は鴻上に対し何か重要な事を伝えたという事だけだった。


「雲林院隊長、今の通信はどういう意味だったのですか?」

「玖珂隊長落ち着いて下さい。さっき通信は直接こちらのダンジョン攻略には関係ありません」

「……関係ない?」

「はい、どちらかというと鴻上隊長の任務に関係する話です。恐らくこれはかなり機密情報になるためここでは話せませんが、戻ったら説明させて頂きます」


 非常に気になる話であったが、雲林院が今回の任務には直接関係ないというのだからそれを鵜呑みにするしかなかった。


「おい、話は終わったか? 一応辺りの魔石は全部砕いた。とりあえず先に進むか?」

「予定だとこの後ロシア連邦と中国がこの16階層に来るのよね、もしかしてカラベラをもっと倒した方がいいのかしら」

「いえ、その必要はないでしょう。先ほどの襲撃で一つ分かった事もあります」

「え? お母様。何か分かったの!?」

「はい、この入り組んだ階層でカラベラはまっすぐにこちらに襲いに掛かってきました。恐らくダンジョン内の魔物は異物である我々の位置が分かっていると思います」


 その言い方はまるで――


「ダンジョンから生まれた魔物は操られている、いや、今は操られているという方が正しいか」

「玖珂さん、そりゃどういう意味だ?」

「先ほどの通信で分かった事です。まとめて説明します」


 アキトは雲林院に報告をした内容を集まった全員に話をした。

魔物が成長している事、これまでの異常行動と思われていたことはダンジョンが成長したために起こした魔物の行動であったという事。

そして、その成長の過程で野放しになっていたダンジョンで生まれた魔物が今はダンジョンの意思によって動いている可能性があると雲林院は語っているのだろうというアキト自身の考えも一緒に話した。


「お母様が言っていた異物のアタシ達の位置がわかるっていう話って、もしかして、ダンジョンがアタシ達の場所に対して魔物を向かわせていたっていう事なの?」

「恐らくそうだと思います。先ほど別れた中国軍の話を思い出して下さい」

「急に魔物達が連携し始めたって奴ですね?」


 天沢のいう通りだ。恐らく成長したダンジョン内の魔物は異物を駆除するための駒として動いている可能性が非常に高い。


「雲林院隊長、先ほどのカラベラの様子は如何でしたか?」

「玖珂隊長の懸念とは違いました。初めての戦闘でしたがそれほど連携してくる様子はなかったと思います」

「確かに、やたら頑丈で私の属性魔法でほとんど傷を与えられなかったのは驚いちゃったけどさ」

「という事は、まだ多少は時間があると考えてもよいかもしれませんね」


 とはいえ、時間がないのに変わりはない。

情報の整理が出来た所でアキト達はすぐに成瀬の指示した方向へ足を進めた。


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