第32話 魔物の異常行動の理由

「いったい君たちは……」

「我々は日本軍対魔部隊です。先にアメリカ軍が次の階層に入ったと聞きましたが?」

「ああ。そうか。日本軍の方々か。そうだ、3時間ほど前からアメリカ軍イディオムが16階層へ進んでいる。

我々赤龍軍はイディオムを16階層の守護者エリアまで案内をする班と、一度15階層に戻る班に分かれたのだ。

あぁ、自己紹介がまだだったな。俺は赤龍軍第3特殊部隊副隊長のちんだ」

「私は対魔二番隊隊長の雲林院です。今回の遠征チームのリーダーをしています。

それで陳殿。何があったのか説明を伺ってもよろしいですか?」


 それから陳が語った内容は散々なものだった。

「我々、赤龍軍の大半は中国で発生しているレベルⅢに対応するためにこのダンジョンを出払っている状態なんだ。

他国からの援軍が来るという事もあり、俺たちはこの16階層を撤退する事に決めていた。

それから、早朝だ。イディオムの連中が15階層に来たと報告があったために現場の引き継ぎのためにそこまで移動を開始した。

そこで、イディオムのリーダーから時間を無駄にしたくないからと16階層の守護者エリアの場所まで案内してほしいと言われた。

確かに、このダンジョンは入り組んだ階層が多いからな。我々もそれくらいならと班を二つに分け、俺達第3特殊部隊の中隊でその場所まで案内をしたんだ」

「道中魔物は?」

「もちろん、出現したさ。16階層にはカラベラが縄張りにしているからな。でもイディオムの異能者達は圧倒的だった。

襲ってくるカラベラを倒しながら順調に進んでいった。俺達はイディオムを案内してからでも魔物が復活する20分以内であれば十分に15階層まで戻れると踏んでいたんだ。でも……」


 そう話しながら陳は微かに震え始めた。

何があったか不明だがそれほどの恐怖だったのだろうか。


「16階層の守護者エリアの近くまで案内していたが、イディオムからもうここまでで大丈夫だと言われたんだ」

「それはなぜですか?」

「ここ16階層はこの辺りは道が迷路のように入り乱れているが、奥の方へ行くと段々と単調な道が多くなるんだ。

それを説明したらここから先は我々だけで行くからもう戻ってよいと言われたんだよ」


 つまりイディオムは既に16階層の守護者エリアは突破していると考えるべきだろう。

なぜならアキト達が先ほど放浪していた守護者を倒してしまったからだ。


「イディオムと別れた我々はすぐに15階層へ撤退し始めた。だが、来た道を戻る途中だった。そこに奴が現れたんだ」

「まさか、先ほどの?」

「あぁ。俺も一度だけ見たことがある。16階層守護者の巨大なカラベラだ。以前も討伐を試みたんだが、その時に特級異能者を一人失っているんだ。俺もその作戦にいたからな。当時の事はよく覚えているよ。だから余計さ、あいつが守護者エリアではない、通常階層の中腹からあの巨体を現した時、目の前が真っ暗になった。俺達は隊長の指示で無理な攻撃はせずに撤退をメインにした戦い方を徹底した。幸い俺の異能も防御寄りの力だしな。

でも、あの巨大なカラベラは他のカラベラを操る事が出来るみたいで俺たちは戻る道を塞がれてしまった。

通常のカラベラは確かに強敵だが倒せないわけじゃなかった。だが、あの時のカラベラは何かがおかしかったんだ。65名いた俺達の中隊はこの広大な階層で蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

隊長は囮になって最後まで残っていたが、俺が最後に見たときには奴に上半身を喰われていた。それから夢中で逃げたせいですぐに俺たちは迷った。

一緒に逃げていた奴も最後の方は数人になっちまって、なんとかこの場所まで来れたときにはもう……。あんた達、日本軍がこなかったら俺も死んでいたよ」

 

 さっきと聞いていた話と食い違いにアキト達は困惑していた。

雲林院は聞くことは聞けたという事で陳とここへ案内してくれていた赤龍軍の人と共にダンジョンを出るように言った。

陳は礼を言い、生気のない顔でこの場を後にしたのだった。


「どうも話と違う部分が多いな」


 葦原は先ほどアキトが倒したカラベラ・ガルディの死体を観察しているようだった。。

恐らく魔石を探しているのだろう。腐臭を漂わせ煙を上げ消えていく死体を見ている。


「大和。多分魔石はないわ。さっきの玖珂さんの攻撃みたでしょ? 魔石なんて砕けてるに決まってる」

「確かに、凪咲の言う通りか」


 事前情報では守護魔獣は該当するエリアから出た事はなかったようだ。

それが何故か16階層をうろついていた。アキト達は消えゆく死体を見ながら茫然としていた。


「ねぇ。玖珂さんはどう思う?」


 そう恐る恐る雫はアキトに対して質問をしてきた。

アキトも飛行機内の一件があったため自分に話しかけてくるとは思わず少々驚く。


「……そうだな。その階層にいる魔物は別階層へ移動しない。それは守護魔獣が各エリアにいるからだと思う。

しかし16階層の魔物は移動してきた。そして本来移動しないはずの守護魔獣がなぜかエリアを放浪している。

この階層が特殊なのか、或いは……」

「ダンジョンが成長したため、各階層の魔物に何か起きたか、ですか」


 そうアキトの言葉を続けたのは雲林院だった。


「はい、このダンジョンが出来て3年。タイムリミットは不明ですが、ダンジョン内の魔物が成長している可能性は高いと思います」

「なぜ、そう思うんだ? ここから上が特殊なだけだと思うが」

「葦原さん、なぜ奥に行くほど魔物が強くなるのでしょうか?」

「あ? そりゃあ……そういうものなんじゃないか」

「階層ごとに魔物が違うのは単純に生態が違うのかと思っていましたが、どうも奥に行くほど強くなっている傾向があると報告があります。

つまり奥へ行くほど強くなっている理由があるという事じゃないでしょうか」

「――奥にいる存在に近くなる影響で奥へ行くほど魔物が強くなる。そう玖珂隊長は考えているのですね?」

「はい、雲林院隊長のおっしゃる通りです。では、奥にいる存在とは何か」

「――魔人か」


 葦原の言葉通りだ。この奥にいるのは魔人と呼ばれる存在。このダンジョンであるレベルⅣを招いた原因。

ならばその近くの魔力濃度は格段と上がるのは必然だと考えられる。

そうなれば誕生する魔物が強くなるのは必定だと考えるのは当然だろう。


「つまり玖珂さんは魔人の影響が広がって来ていて。それが魔物の異常行動につながっているって思ってるの?」

「いや、雫。もしかしたらその考え自体間違ってるのかもしれない」


 アキトがそう雫へ返事をすると何故かすぐにアキトから雫は目線を外した。

そんなおかしな挙動をしている雫にアキトは少々怪訝な表情を仮面の中でしていた。


「ダンジョンの成長……報告にない魔物の行動は異常行動ではないとした場合……」

「おい、とりあえずこの話はあとにしようぜ。もうアメリカの連中は先に進んでんだろ。俺達も後を追ったほうがいいんじゃないか?」

「そう……ですね。では一応進む前に確認しましょう。あの守護魔獣クラスが今後も出現すると予想されます。全員、ここからは”魔力の強化フィジカルブースト”を維持するように」


 そう雲林院が指示を出し、改めてアキト達は先へ歩を進めた。



「成瀬。得た情報を鴻上隊長へ流してもらえるか?」

『鴻上隊長ですか? 可能ですが……』

「どうもいやな予感がする。魔物の異常行動の件は放置しちゃまずい。だが私たちではそれを考えている時間があまりない。

だから、鴻上隊長へ報告を。私が知る限りこの手の話に1番頼りになるのは間違いなく彼だからな」

『分かりました』


 そうアキトは成瀬に指示を出し、15階層の守護者エリアへ足を踏み入れた。

エリアの一部はアキトの攻撃により崩壊していたがなんとか通れる状態ではあった。


「死体がありませんね」


 雲林院の一言でアキトは達はすぐさま辺りを見回した。

先ほどカラベラ・ガルディとの戦闘で成瀬からの異能で間違いなくここでも人が死んでいたはず。


「まさか、ダンジョンが死体を……?」


 天沢の言葉にアキト達はより緊張が高まって来た。

魔物が死ぬ際は魔石を残して溶けて消えていくのは実際に目撃したが、まさか人間まで死体が消えるというのはどういう事なのだろうか。

そういった情報も事前にはなかったはずだ。


「――成瀬。この情報も回せ」

『承知しましたッ』


 アキト達は慎重に15階層の守護者エリアを越え、ようやく16階層へ足を踏み入れたのだ。


「ここからの陣形ですが、私が先頭を、そのあとにソードドールズの皆さま、殿は玖珂隊長にお願いします」

「了解した。念のため普通のカラベラは俺達の手で倒したい。さすがに一度戦闘しないと感覚が掴めないからな」

「葦原さんの仰る通りですね。玖珂隊長は何かあれば動くように努めて下さい」

「分かった」


 16階層はいっけん15階層と変わった様子はない。

相変わらず巨大な空間に蟻の巣のように巨大な穴がいくつも存在している。


「くそ、これじゃ道がわからんな」

「しょうがないわよ葦原。確か16階層って手付かずらしいから案内板もないんでしょ」

「でもこれじゃアタシ達、先に進むの時間掛からない?」

「そうですね……。玖珂隊長、成瀬副隊長の異能で道は分かりますか?」

「確認してみよう。成瀬?」

『はい、今試しています。補助魔道具の出力を上げて……み、見えました。そのまま道なりに進んで頂き3時方向にある道を進んで下さい』

「よくやった成瀬。無理をさせてしまってすまない」

『いえ、大丈夫です』


 成瀬の様子から少し無理をしているのはわかり少々心配であったが、これで道は分かった。そのままアキト達は歩を進めたその時だ。


『玖珂隊長。敵性生物の魔力反応が前方に多数接近してきますッ! 数は……28体、距離は420m!』

「雲林院隊長ッ! 魔物が接近、数28、距離420だ!」


 雲林院はこちらを見ずに前方を見据えた。

それに合わせて葦原、天沢、雫も戦闘準備に入った。


『え!?』

「ん、どうした、成瀬?」

『――鴻上隊長から通信が入りました』

「このタイミングでか……」


 今、まさに魔物と戦おうというタイミングで鴻上から通信が入る間の悪さに思わず舌打ちをしてしまった。

鴻上からの通信。先ほどの件だろうがさすがに後回しにするしかない。


「成瀬、鴻上隊長の通信は後回しだ。魔物殲滅後にこちらから連絡すると」

「いえ、玖珂隊長。緊急の可能性があります。接近するカラベラは私たちで処理しておきますので、そちらを優先してください」


 そう雲林院はすぐに言った。


「ですが――」

「心配するなよ、玖珂さん。さっきは驚いちまったが別に俺たちはお荷物って訳じゃない。

こんな場所だ情報が少しでも多い方がいいだろう」

「ええ、大丈夫よ。これでも私たちだって結構修羅場を潜ってるからね」

「うん、玖珂さんアタシ達に任せてよ!」


 そう話すソードドールズの面々を見てアキトは彼らに任せることに決めたのだった。


「分かった。よろしく頼む。――成瀬、通信を回せ」


 邪魔にならないように少し後方に下がりアキトは鴻上との通信を開始した。

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