第4話 異能制御
「いい。異能は進化した人類はみな使える力よ。それは行き成り備わった力ではあるけれど、自分自身から芽生えた力には違いないわ。だからね、アキト君。まずはその異能を受け入れなさい」
受け入れろ、そう梓音博士は言った。この漂っている水蒸気の境界線。その境から内側が今僕が放っている異能の力によって生じているものだ。
そんな事を言われても恐怖しかなかった。それもそうだろう。いきなり腕がもう一本生えてそれは自分自身の腕だから受け入れろと言われいるようなものなのだ。普通に人間なら余分に生えたものは、普通の人と違う身体であればどうしても拒否してしまう。
「私の異能はね。”
梓音博士の独白に僕はただ静かにそれを聞いていた。
「最初は戸惑ったわ。だって最初に鏡をみたら自分がどんな物質で出来ているのか、今怪我はしているのか、病気を持っているのか、それこそ生理中とかまで、そんな情報が一気に頭の中に入ってきたの。しばらく自分が人間だって思えなかったわ。
ただ、人間を構成している物体が動いているって事しか思えなくなった。それからしばらく出会う人々を見るのが怖かった」
「……そんな状態をどうやって克服したんですか?」
「自分の手をね、ずっと見てたの」
「手を、ですか?」
「そう。手。自分の部屋でずっとこもっていたわ。鏡も全部壊して出来るだけ何も見ないように布団に篭って目を瞑っていた。そこから暫くして自分の手を見たの。もちろん、最初は皮の構成物質や爪や骨、筋肉なんかの情報がずっと頭に流れてきて、頭痛が酷かったわ。でもね、気づいたのよ」
僕は首をかしげた。
梓音博士が何を話したいのかまだ分からないからだ。
「何にでしょうか」
「そこから見えるかな」
そういって梓音博士は水蒸気が止まっているギリギリの境界まで僕に近づき、手の平を見せた。梓音博士の右手には小さな切り傷が見える。古い傷のようで既に塞がっているが痕は残っていた。
「この傷はね。子供の頃についた傷なのよ。それを見たらさ”解析”でその傷の詳細が出てきたの」
その手の傷を話す梓音博士の表情は非常に柔らかかった。
そんな表情に僕は少し心臓が高鳴り、顔が赤くなるのを感じる。
「そしたら分かったのよ。私は物体じゃない。人間なんだって。そう思ったらこの異能があまり怖いものではなくなったわ。そうしたらすぐに制御できるようになった。だから、アキト君もまずは自分を認める所から始めましょう」
梓音博士の話を聞いて僕も自分の手を見た。特に怪我をした様子はない。そうだ。二十年間寝ていた。なぜ何も食べなくて生きていけなたのか。なぜ歳を取っていないのか。なぜ
「梓音博士。質問なんですが、他の異能者達で僕のように長く眠っていた人がいるって言ってましたよね。その人も僕と同じような状態だったんですか?」
「さっき話したアメリカの話よね。違うわ。その少女は4日間以上眠っていた時点で両親がすぐに病院へ運んだらしいわ。そこから点滴などの処置を施し、筋肉が落ちないように毎日マッサージなどを行ってその肉体をなんとか維持していたそうよ」
先ほどの会話を思い出す。僕の異能はあらゆる現象を停止させる事が出来る能力らしい。つまり、自分自身の時間を停止させ、いや違う。自分の部屋の中を時間ごと停止させることによって生き残ったのだと理解した。
(そうだ。僕はこの異能に助けられた)
何を怖がる必要があったのか。そう考えると自然に肩の力が抜けた。そして目を瞑り深く深呼吸をする。自分の身体の中心を探るように、意識を深く、深く潜らせた。少しずつ自分が暖かい物に包まれているのが分かってきた。これがそうなのか。
そしてそれを自分の身体にしまうようにイメージをする。自分の身体がスポンジになったと思い周囲の
「――素晴らしい」
この場にいなかった男性の声に僕は驚いて目を開け声のするほうを見た。
「これほど早く自身の異能を制御できるとは思わなかった。なるほど、アキト君。君は本当に飛びぬけた才能の持ち主だ」
自分よりも身長が高く、先ほどまでモニターには上半身しか映っていなかったため分からなかったが、黒いボディアーマーに白い外套を羽織っている男性。
「皐月さん?」
対魔一番隊隊長。そう名乗っていた男が自分のすぐ目の前にいた。
「皐月隊長、いきなり現れないで下さい。びっくりするじゃないですか」
「すまなかったな。それにしても、梓音君。いきなり会議室へ移動したからびっくりしたぞ」
「画面越しじゃいくら言っても心には伝わらないって思ったんですよ。どうしても目覚めたばかりってナイーブになりますからね」
「そこも含めて流石と言っておこう。では玖珂アキト君」
そうして行き成り会話を振られ驚く。
「は、はい。なんですか!?」
「まずはおめでとう。よく制御出来た」
そうしてすぐその意味が分かり回りを見た。自分の足元に漂っている水蒸気を見て、そして目の前にいる二人の顔を見てこの日初めて僕は笑えたような気がした。
「はい。ありがとう御座います」
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