第5話 選択
「対魔の本部は今都内にある。今まで既存になった陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊と同様に防衛省の管轄になるが、対魔に関しては命令系統が独立しているのだ」
アキトは移動用中、車の中で皐月より現状の説明を聞いていた。先ほど、杉並の旧市役所から現在対魔の本部がある場所へ移動を開始ししている。本来であれば最初にそこへ行くべきだったのだが、アキトの異能からその力を制御できなくては移動は不可能と判断されていたとの事。そのため能力が制御できるようになったためようやく移動が可能になったようだ。
「そこへ行ってから僕はどうなるんでしょうか」
かなり広い車内の中でアキトは正面に座っている皐月に対し質問を投げた。車の中に冷えた飲み物が設置されている。所謂リムジンに初めて乗ったアキトは外に流れる街の風景を見ていたが、沈黙に耐え切れず質問をした状態だ。
「そうだね。まだ話していない事がたくさんあるからその説明をしたいのだが、その前にアキト君には選択をして欲しいことがある」
梓音は皐月の会話に参加はせず、静かにアキトの顔を見ていた。
「――――選択ですか?」
「そう、選択だ。君には二つの道がある。まずこのまま本部へ行き現在の世界情勢についての説明を受ける。そこまでは変更はない。君自身も今の世の中は知りたいだろう?」
「はい。そうですね」
「その後に選んで欲しいのは君の今後だ」
「今後……ですか?」
「そう。今後、自身の将来、君の未来についての大切な選択だ。まず一つ。話を聞いた後に政府が用意する住居へ引越しを行い、35歳の大人として生きていく事。当然、この災害に対する保障は行う。君が望めば法的に君の年齢を15歳にすることも出来るだろう。そして望めば学校へ通うことも出来る。ただし、すべて政府の監視がつくというのが前提になる」
「それは……」
今までの皐月、梓音の話を聞けば理解出来ることだ。アキトが持っている異能は危険なものだという事は自分自身も段々と理解していた。
(自分だけなら兎も角、周りにも迷惑を掛けるかもしれない力なんだ。そりゃ、監視もしたくなるよな)
「もう一つはなんでしょうか」
「もう一つは……」
そうして皐月は言いにくそうに少し顔を歪めた。
「君が対魔に入隊するという事だ」
「軍に入るという事ですか?」
「そうだ。ちなみに防衛省からはそちらを推すように言われている。向こうへ着いたら詳細を説明するが、君の力は本当に強力なものだ。先ほど説明したアメリカの異能力者、彼女さえも超えて恐らくこの世界で最強の能力者になるだろう。国もそれを期待している。私自身も対魔の一番隊隊長として君ほどのポテンシャルを秘めた者が来てくれるというのは歓迎したい。だが、皐月宗治という一個人で考えると最初の道を選んだ方が君は幸せになれる可能性は高いとも思う。それを本部に着くまでに考えて欲しい」
「今の場所からだと大よそ30分程度ね。時間がないのは本当にごめんなさい。今後に関わる進路をたった30分で決めろなんて酷な事を言っているのは自覚はあるの。でも、私たちにも時間がないの」
二人の表情を見てアキトは考えた。最初の道を選べば政府監視下に置かれるだろうが、普通の道を選べるかもしれない。
(普通の道か…)
そうして考えた際に一つの違和感に気づいた。そうだ。本来であればすぐにアキトに知らされても良さそうな事を誰も話してくれない。もしくはアキトから聞かれるのを待っている? 確かめなくてはならない。今のアキトの価値を考えるならこの二人が
「皐月さん、質問してもいいですか?」
「なんだい、アキト君」
「
「――参ったね。どこで話そうか迷っていたんだが、聞かれたからには仕方ないね。よく落ち着いて聞いて欲しい。君の実家は確か神奈川の湘南方面だったね。今から15年前。国内数箇所で初めて魔物の氾濫が起きた。今ではレベルⅢと呼ばれる状態なんだが、そこで約千体ほどの魔物が生まれる。そして湘南にもそれは起きた」
アキトは無意識に手を強く握った。
「アキト君、落ち着いて、深呼吸をゆっくりするのよ」
どこから遠い霞に掛かったような形で梓音の声を聞き、深呼吸をした。
「当時新設された対魔部隊を日本各地に派遣しこれを殲滅した。しかし当時我々は君の重要性を正しく理解出来ておらず、君の両親を調べ始めたのはその後になってしまった。結果としてまだ私たちも君のご家族を見つけられていない。これは単純な行方不明なのかも知れないが――」
「魔物に襲われて死亡した可能性が高いという事ですか」
いつもより低い声で答えたアキトに対し、皐月は頷いた。
「完全に確認されたわけではないが、恐らく何の慰めにもならないだろう。だがなアキト君。今の世界では特段珍しい事ではないのだ。対魔部隊にも妹を目の前で魔物に食われたという姉もいるし、同じように魔物によって家族の命を落とした者は非常に多いのだ。そうした魔物による被害を少しでも減らす、安全な場所を作る、それを維持し、生活を支える。それが今各国の軍に求められている理念だ。そのために君の力を国は欲している。さて、もうすぐ本部に着く。そこにいる彼らは君を強引にこちら側に引き込むだろう。
だからこそ、そうではない道を選ぶのなら私はそれを尊重し、君の願いが叶うように力を貸そう。そのために君の気持ちを教えて欲しい」
皐月はそう言ってアキトの顔を見た。
「今の話の雰囲気だと、皐月さんに決定権はないんですか?」
「ははは。そうだね。私は一番隊の隊長をしているが、対魔の決定権があるわけではない。この部隊は色々と特殊でね。神代財閥って知ってるかな。日本有数の資産家なんだけど、そこは嘗ての日本政府にかなり影響力をもった財閥でね。そこが対魔部隊のスポンサーをやっている。表向きは防衛省の管轄なんだけど実際はこの神代家が指揮を取っているんだ。そして君をスカウトというより対魔へ入隊させるという事が私への任務になる」
「え? それなら……」
「そうだね、でもさっき言ったとおりだ。君が戦いのない日常を選ぶなら私はそれを叶えられるように手を尽くすよ。これでも色々コネは持っているんだ。安心していい」
少しはにかむような顔をする皐月を見てアキトはさらに質問を重ねた。
「なんでそんなに話してくれたんですか?僕は両親が死んでいるなら、完全に天涯孤独の身です。貯金もないし、正直録に生活できる自身はありません。国が援助してくれるなら僕は言われたままに軍に入っていると思います」
「だろうね。きっと国もそう考えているだろう。でもね、
「――――選択……ですか?」
「そう選択、君に誠実であろうという選択だ。外堀を埋めるやり方で君を誘導することは簡単だろう。でもそこに君の気持ちはない。未来ある若者に対しどれだけ少ない道でも選択出来るようにはして上げたかった」
「――そうですか」
アキトは眉間に皺を作り酷く悩んだ。自身の感覚では昨日までただの学生だったのだ。それが行き成り世界中に魔物が出現して自分がそれと戦う? 考えられない。喧嘩だってろくにした事がないのだ。なら、最初の提案に甘えて、最初の道を選ぶべきだろうか。では、両親は? 国は探してくれるのか? 普通に考えれば警察が捜索してくれるが、今まで聞いた話では、今警察は以前のような機能をしているのだろうか。
「皐月さん、警察に家族の捜索依頼を出すことは出来ますか?」
「正直かなり難しい。今の警察という組織は以前のような形態ではなく、民間を警護する事に特化している。犯罪者の取り締まりとか近隣に魔物が出た場合、軍やハンターが来るまでの警護とかね。
それに今の世界では魔物による死亡事件はもう把握出来ない状態なんだ。さらに10年以上前になるとどうなるか。今も多くの人々が行方が知れない家族を探しているが、見つからないのが現状だね」
つまりアキト自身で探すしかない。果たして自分に出来るだろうかと自問自答した時、すぐに無理だという答えが出た。魔物が俳諧する世界にどう自分が探す? 不可能だ。
人を探すノウハウもない。虱潰しに探して軍や警察以上の成果を出せる未来がまったく見えない。
それなら軍に入り鍛えた貰ったほうがまだいい。いや、今まで聞いた情報、皐月達の自分に対する待遇から考えれば別の案もある。
「――決めました。皐月さん、僕は対魔に入ろうかと思います」
一度言葉にすると自分の選択が非常に重いものだと理解した。
「――そう思った理由を聞いてもいいかな」
「はい、例え軍に入らない道を選んだ場合、僕はきっと家族を探すための道を探します。でも話でいいた今の世界はそんな甘い世界だと思えないんです。だから、軍に入り自分の力をコントロールできるようにして、家族を探したいんです」
「なるほど、でも自分で家族を探すならやはり軍に入らない方が良いと思うぞ。当然任務があるため自由な時間はほとんどない」
「そうですね、多分そうだと思います。正直まだこの世界が変わったという事に実感が持てないですが、もし僕の両親が魔物に殺されたのだとしたら、僕が――――」
アキトは今は会えない両親の事を思い出す。中学の時、苛められていた同級生を庇い新しく苛めのターゲットにされてしまい、中学は不登校にまでなってしまっていた。そんな自分をなんとか立ち上がらせてくれて、さらに県外の高校へ行くというわがままを聞いてくれた両親。
最後に話したのは入学式の日程を話していた頃だっただろうか。苛めに負け情けない自分を支えてくれた大好きな両親がもし魔物の手によって殺されたのだとしたら。僕はそれを決して許せない、ここで逃げたら父さんにも母さんにも顔向けできない。
皐月はアキトの様子を見て少し眼を見開いていた。
アキトは変な空気になると察し、少しおちゃらけた様子で話を変えた。
「それに正直探すにしても個人では限界があると思ってます。だからその神代って所に僕を高く売ろうかなって思いまして」
「高く売る?」
アキトの話に梓音が食いついた。
「はい。政治家に影響力を持っていて対魔のスポンサーにまでなっているって事は、そうとうなお金持ちなんですよね? だったら神奈川県を虱潰しに探してもらうことだって出来ると思うんです。もちろん絶望的な状況だと思いますが、それでも手段があるなら僕はそれに縋りたい」
「――なるほど、いいだろう。大丈夫だ。アキト君の言うとおりあいつらは金持ちだからな。こき使うといいさ。さて、君の選択も聞けた事だし、ちょうど本部にも到着する。そこで君の今後について話し合いをするとしようか」
そう皐月が話してから間もなく車が停止した、扉が開きアキト、皐月、梓音の三名が降り、アキトはその建物見上げていた。
アキトの記憶が確かならここは都庁があった場所だ。そのすぐ近くに巨大なビルが建っている。ビルの前にガードマンが立っておりガラス張りの玄関の前には何名かの隊員と思われる人達が談笑していた。
「驚いただろう。皮肉にも異能の力と共に世界に齎された魔石という物体は世界の技術力を格段に上昇させた。このような建築物でさえ、建造するのに1年も掛からず出来るようになったのだ。さて、では行こうか。ここの十階にある会議室でもう一度話し合いを行う」
皐月の話を聞き、改めて心を引き締めるアキトであった。
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