第30話 黄竜江省ダンジョン攻略前日
「すまない。少々問題が発生した」
斎藤と雲林院が各国代表会議から戻った際の第一声に何か問題が発生したのだとアキトも理解した。
「どうかしましたか?」
「ああ、玖珂隊長。先ほどアメリカ、ロシア、中華国の代表とすり合わせをしてきたんだが、アメリカが先手を打ってきため、ロシアは今回の攻略から外れる形になった」
「――なんだって?」
斎藤の話に最初に反応したのは葦原であった。
「事情を説明しよう。皆座って聞いてほしい」
そうして斎藤が語った内容はロシアの連れて来ていた特殊部隊であるエリダラーダというチームの一人が前線の階層にて死亡したという事。
想定以上に魔物が強くロシアでは手に負えないと判断され、アメリカが攻略を進め、中華国とロシアはアメリカが攻略した後の階層を維持する保全活動に留まるように決まったという話であった。
また、それだけではなく日本にもロシアと同様にアメリカの後に続いて攻略した後の階層維持に努めるように要請があったという話であった。
斎藤は当然それを拒否したという事だが、結果として未知のダンジョンをアメリカ、日本の2か国で攻略する形になったとの事だった。
「俺たちハンターとしてはその方が安全なんで構いませんが、日本軍としてそうはいかないのでしょう?」
「もちろんだ。あくまで我々の手でこのダンジョンを攻略するという事にこだわる。もちろん、ただの理想論で言っているわけではない。
十分に実現可能だと判断された上での判断だ。そうだね、玖珂隊長」
「はい、問題ありません」
「ほう、言い切るじゃないか」
アキトは自信たっぷりに答えた。斎藤の顔が憔悴しているように見えたため、安心させる必要があると考えたからだ。
そんな様子のアキトを葦原は少々怪訝な様子でみやる。
「大言壮語じゃなければいいんだがな。もっとも移動中の一件を考えればそれだけの能力は確かにありそうだ」
「安心してください。ソードドールズの皆さんはバックアップに回って下さい。私が前に出て魔物は蹴散らしますので」
「それじゃ、期待させてもらいましょうか」
アキトの大口に天沢もどこか安心した様子で話してくれた。
自分自身としては飛行機内の行動は失敗だったと考えていたが、結果的には多少の信頼が得られたのなら良しとするべきかと考える。
「はは、本当に頼もしいよ、玖珂隊長。では雲林院隊長、ここからの指揮はお願いしてもよろしいでしょうか。
私は今回の件を国に報告してまいります」
「はい、お任せ下さい。では、ここからの行動について指示を出していきます。
明日10:00にて我々はダンジョン内部へ侵入します。最前線である14階層までは魔物がいないとの事で移動までの予測時間は4時間程度となります。そこから現在攻略中の15階層へ移動します。アメリカ軍とは行動を共にする可能性もありますが、基本共闘はないと考えて問題ありません。ダンジョン内部へ移動は私、玖珂隊長、葦原さん、天沢さん、雫さんの5名。そしてここの拠点より後方支援として零番隊成瀬副隊長は異能を使いバックアップをしてください。その護衛として二番隊第二班班長の笠田隊員はここで待機するように」
成瀬自身は戦闘能力が非常に低いため、護衛として二番隊の笠田が選ばれた。雲林院より推薦された方なのでアキトも心配はしていないが、
このダンジョンが近くにあるという特異な場所で何が起きるか分からない。
「成瀬、何かあればすぐ連絡するように」
「はい、お任せ下さいッ!」
「玖珂隊長、何があってもお守りしますのでご安心下さいね」
「笠田殿、すまないがよろしく頼む」
先ほど斎藤を待っている間にアキトは笠田と少し話をしたがとても感じの良い女性であった。
どうも一時五番隊に所属していたが、雲林院が引き抜きをしたらしい。
アキトの中で五番隊に所属していたという事実だけで笠田の戦闘能力に何の不安も感じなくなっていたため、安心して任せられると思っていた。
「続いて、ダンジョン内の魔物は先ほど玖珂隊長が申した通り、私と玖珂隊長で対処しますが、実際に戦ってみないと不明な部分が多いため、戦いながら連携についてはその都度、協議して行きましょう。また、玖珂隊長」
「何か?」
「神代統括より、今回のダンジョンでは
「――承知した」
アキト自身、異能を自重するつもりは今回はない。そもそも過去20年間異能を発動していたという実績もあるため、
極端な話、ダンジョン内で異能を発現し続けていても何の問題もないのだ。
それだけの魔力量がある事はアキト自身も梓音と鴻上と行ってきた実験で自分の力は把握していた。
「最後に、状況に応じて一度ここへ帰還しますが、しばらくはゆっくりと眠れない可能性が高いですからね。
今日は早めに寝るようにしてください、では解散。あぁ、それと玖珂隊長はまだすり合わせしたい事がありますので残って下さい」
「ん? 分かりました」
そうして葦原、天沢、成瀬、笠田はこの場を後にした。雫だけがまだ残ってアキトに何か話したそうにしていたが、
雲林院の視線に気まずさを感じたのがすぐに皆の後を追って出て行った。
「玖珂隊長。娘が迷惑を掛けましたね」
「――いえ、私も大人気なかったと思っています」
「雫は才能にも恵まれたためか13歳でハンターライセンスを日本最年少で獲得し、そこから大人に混じってハンター業に勤しんでいました。どうしても今のハンターの方々は異能の力が一種のステータスとして能力判断として使われるために、同じような考え方をしてしまったと思います。私も夫である諒もあまり娘に構ってあげられなかったためにその辺りの教育に手が届いておりませんでした。
ですが、今回の一件で何か思うところがあったようです。もう少し雫にチャンスを上げて下さい」
「私もあまり偉そうな事が言える立場ではないですよ。まだ若いのですからこれからもっと成長できるでしょう」
「ええ、そうですね。さて、一応今回の任務直前に神代統括より玖珂隊長の異能の事は聞いています。
引き続き表向きは”
レベルⅣは色々と未知な部分が多いですからね、遠慮は無用です」
「無論です。出し惜しみするつもりはありません。カッコつけて後出しして負けるなんて無様な事は致しませんよ」
かつて雲林院との模擬戦で中途半端に異能を使う制限をして、痛い目を見ているために自分の異能を使う事にもう遠慮しないとアキトは決めていた。
「その意気ですね。では明日も早いですから、今日はこの辺りにしましょう」
「はい、ではまた明日に」
「それと先ほどはありがとう御座いました」
「ん、なんのことですか?」
「斎藤殿に言った言葉です。あそこまで自信満々に言って頂けたおかげで斎藤殿も気持ちがなんとか保てたと思います」
「……そうでしょうか」
「違いありませんよ。斎藤殿も我々にだけダンジョンという危険な場所へ行かせるという事に罪悪感もあるのでしょう。
正直、危険な前線において参加する戦力が減るというのは予想外でしたからね。
つぶれそうな斎藤殿を救って頂けたのです。ですから感謝を」
そうしてアキトは雲林院と別れ自分に割り当てられた部屋へ移動した。
中へ入り、鍵を閉めてからすぐに鞄からある魔道具を取り出した。
「――起動」
アキトは取り出した球体のような金属の塊に自身の魔力を通した。
すると球体は宙に浮き、赤く発光を始め、赤い波動のような魔力が部屋を満たすように広がる。
これはアキトを始め今回日本より出発した隊員全員に配られた魔道具であった。
梓音が作り現在は軍と一部のハンターが使用しているこの魔道具は魔力を込め起動すると、
仮にこの部屋が盗撮、盗聴されていたとしても今発動した魔術式によりそれを阻害する事が出来る。
もしくはそれに類似する魔術式があった場合はその式を破壊できるという優れものだ。
「さて、これで一息つけるか」
そこまで警戒してようやくアキトは仮面に魔力を流して外した。
用意されていた簡易ベッドに腰を掛け息をつく。
「大丈夫だ。僕ならやれる。そうだ。大丈夫だ」
静岡の魔物殲滅ですら神経を削っていた。正直立て続けの任務という事にアキトは少し感謝していた部分がある。
仮に少し間が空いてしまった場合、静岡任務から張り続けていた緊張の糸が途切れてしまっていたかもしれないからだ。
魔物を殺す。それは生き物を殺した事がないアキトにとってまだ苦痛を伴う行為であった。
こうやって自分自身に言い聞かせないと油断して手が震えてしまいそうになる。
でもそれはダメなのだ。
こんなちっぽけな自分を頼ってくれている人もいる。ならばその期待に応えなければならない。
そうアキトは自分に言い聞かせ気づけばそのまま意識を手放していたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます