第29話 4カ国会議

「どういうつもりですか。聞いていた話と違うようですが」

「それはサイトウ殿が遅れて到着したからでしょう。既に話はついているのです」


 ここ 黄竜江省ダンジョン近くに作られた仮拠点。もっとも当初は仮の拠点として作られていたが、

既に3年近く中華国とハンター達が使っているため、それなりに建物なども建築され小さな村のような状態になっていた。

もっとも、黄竜江省付近は現在立ち入りが禁止されており、軍関係者とCランク以上のハンターのみが入れる場所となっている。

そのため、外にはハンター達が使っているテントや、中華国軍がハンターに向けて食糧、生活用品などの売買も行っている様子だ。

 そして、今日本、アメリカ、ロシア、そして中華国の4か国の代表者数名が一つの建物の中にいた。

スーツに身を包んだ、50代くらいの女性と肩幅が広く背が高い70代の男性、そして50代のやせ形の男性が話している。

この少し白髪がある女性は、アメリカ外務長官であるエドナ・ストルツ。

そして、彼女の護衛として共にいるが、特殊部隊イディオムのリーダー、ヴァージル・ベイヴィアだ。

エドナが話している70代の男性。ロシア連邦外務大臣であるセルゲイ・レウシン、

そのすぐ近くの壁に寄りかかっている長い銀髪の妙齢の女性がダリア・ゲルボルトである。

そして、護衛を連れず立った一人でこの場にいる少し細めの男性が中華国外務大臣をしている李芳リーファンだ。

何故か赤龍軍は連れていない様子だ。

 この場にいるのは各国で有名な人物であり、斎藤も当然、この場にいる全員の事を知っている。

それぞれ各国で重要な立ち位置におり、各国代表者が集まってから既にダンジョン攻略に向けての会議が行われいた。


「そもそも、我々は定刻にここへ到着しています。だというのに先に話し合いを始めているというのはどういう事ですか?」

「サイトウ殿。これは既に決定事項なのですよ。既にロシア連邦と中華国、そして我々アメリカ合衆国も納得している。何か問題でもありますか?」

「問題どころではないでしょう。なぜ!?」

「斎藤殿、落ち着いて下さい」

「しかし、雲林院殿……」


 外務大臣である斎藤と雲林院は日本軍の代表としてこの会議に出席していた。 

定刻通りに到着した二人であったが、会議用の部屋として用意されていた場所には既にロシア、アメリカ、中華国の代表者がおり、

既に話し合いがされていた。

最初二人は談笑でもしているのかと思ったが、話を聞くとどうも内容が違う事にすぐに気づいたのだ。


「エドナ殿。これは妖精国ファータエールデンと共に結んだエピコス人界条約にてレベルⅣは国家の垣根を越えてこれに当たらなければならないはずでは?」


 エピコス人界条約とは、国連と妖精国との間に取り決められた条約だ。主な内容は魔物の脅威度の共通化、レベルⅣ以上の脅威に対しては国家の垣根を越えて対処、ハンターギルドを各国へ配置、ハンターの戦争利用禁止、ハンターライセンス所持者の幾つかの特権等など様々な取り決めが定められていた。


「サイトウ殿。誤解しないで欲しい。ロシア連邦はあくまで前線へ参加しないだけですよ。

踏破したダンジョンの管理は中華国と共同で行う予定なのです。

詳しい話はセルゲイ殿、説明をして頂いてもよろしいですかね」

「ああ。ワシの方から説明しよう」


 エドナの話を受けてセルゲイは話を始めた。


「サイトウ殿。今ダンジョンの話をどの程度聞いていますかな?」

「先日送られてきた中華国からの資料のみですが」

「我らロシア連邦は中華国から近いという事もあり早くここへ到着していたのだ。そして赤龍軍と共に我らエリダラーダもダンジョン内の様子を先に見てきた。あの大樹のようなダンジョンは第一階層は迷路のようになっているが、既に外から踏破されておるからな。外見上だとかなり巨大な作りだが前線である14階層までは思ったより早く到着出来た。そこで例の魔物、カラベラがおったのだ。

その数は軽く30体を超えていた……」

「30体ですとッ!?」


 セルゲイはまるで恐ろしい存在を見てしまいその恐怖に駆られているかのような表情で語っていた。


「ワシも残念ながらダンジョン内で使用可能な記録媒体がなかったために直接確認していないが……」

「どうかなさったのか?」

「我がロシア連邦の精鋭であるエリダラーダ、特級異能者である精鋭がまるで人形のように手足を引きちぎられ無残に殺されたと報告があったのだ」


 エリダラーダは日本の対魔と同じくした魔物を殲滅するために作られた特殊部隊であった。

そしてそこに所属する特級異能者が死んだという情報に斎藤も心臓の鼓動が早くなってしまう。


「何があったのですか?」

「そこからは私が話しましょう」


 そう先ほどまで沈黙していた中華国大臣の李が口を開いた。


「ちょうど、赤龍軍で手が空いている兵と共にロシアのエリダラーダ達をダンジョンの先に案内していた。

踏破している14階層までは問題なく到着出来たのだが、ちょうど15階層で戦っていた魔物達が14階層の近くまで来ていたのです。

我ら中華国もロシア連邦軍の方々も戦いになりました。そこで件の魔物カラベラの集団が襲ってきたのですが、妙だったのです」

「妙とは?」

「動きが統一されていました。我々も今まで幾度となくカラベラと戦ってきておりましたが、あそこまでカラベラが互いに協力して戦うのは初めてみたのです。原因は分かりません。しかし今ダンジョン内で何かが起きようとしています」

「悔しい話だか、我が国では前線の魔物達と戦えるか正直怪しい。そのため我らロシア連邦は前線での戦いはアメリカ合衆国に預け、踏破された階層の維持を中華国と行うという形で話がまとまった。

とはいえ、元々エリダラーダは小隊しか連れていないからあまり広い範囲を守るのは心許ないかと考えている。

そこで、現在踏破している14階層までは引き続き中華国軍に預け、我らロシア連邦はアメリカ合衆国軍が踏破した後の15階層から先を保全しようという話になったのだ」


 李の話を聞いても斎藤はまだ納得できなかった。


「しかし、元々中華国の要請で我らは小隊以上の参加は認められていないはず。仮にこの先の攻略は日本とアメリカで行ったとして、ダンジョンが何階層まであるか分からないのですよ? ロシア連邦軍が15階層から先をずっと保全するのは無理があるのでは?」

「そこは赤龍軍と臨機応変に対応する形になるだろう。幸い我が国は中華国から近い距離だからな。追加で援軍を呼ぶ予定だ。

その辺りの予算はアメリカ合衆国も援助してくれると言ってくれている」


 これの流れはまずいと斎藤は考えた。

そして案の定、アメリカ外務長官のエドナが斎藤に話しかけた。


「そこで日本の部隊にも同じようにお願いしたいのです。

我らイディオムが踏破する階層の保全をロシア、中華国と共にやって頂けませんか?」

「……アメリカ軍だけでダンジョンの攻略をすると?」


 斎藤は沸騰する頭の中で何とか冷静になろうと試みていた。

ここまでくれば魂胆は見えている。アメリカだけで攻略し、やはり今後の国の立ち位置をより確かなものにしようとしているのだ。


「ええ、そうです。幸い我が国が誇る特殊部隊イディオムには世界最強の異能者セレスティアもいます。

今回のダンジョン攻略、つまり魔人の撃破も問題なく行えると確信しています」

「……いくらなんでも貴国だけで攻略するのは無謀かと思いますが?」


 斎藤は怒りで震える声を我慢しながらエドナに質問をする。


「問題ありませんよ。どこかの国と違い、我が国は人材に恵まれています。その中の精鋭中の精鋭がここにいるのです。心配はいりません」


 どこか勝ち誇ったような顔をするエドナに対し、下唇をかむ事で何とか怒りを斎藤は堪えている。


「中華国とロシア連邦はそれでよろしいので?」

「我が国としては、恥ずかしながら自国だけではもうこのダンジョンを攻略するのは不可能だ」

「アメリカはいくらかの物資を融通してくれ、さらに我国から連れてくる援軍のための予算まで出してくれておるからな。

ワシらとしてもアメリカ合衆国がそれでよいというならそれでよいさ」


(くそ、やられたッ!!)


 斎藤はテーブルに乗せていた両手を爪が食い込むほどの力で拳を握りこむ。

恐らく、アメリカはロシアが先行して中華国に入ることを知っていた。そこで日本が介入するより前に、今回の一連の流れを裏で作っていたのだと直感する。元々ロシアは現在異常気象のために国全体で特に食糧が不足していると聞いていた。

そのために食糧などの援助を理由にこの攻略作戦から手を引かせたわけだ。

こうなってくるとロシアのエリダラーダの特級異能者が死んだというのも疑わしいものだ。

そして中華国は以前のセレスティアと赤龍軍の一件、そして今回のダンジョン問題の件で元々発言力が弱くなっているから、

アメリカの意見に逆らう事など出来るはずがないのだ。


「我が国は、予定通りダンジョン攻略のために全力を尽くしましょう。むろん、前線で戦ってです」

「おや、よろしいのですか? ダンジョン内の魔物は非常に強いと聞きます。

ただでさえ、特級異能者が少ない貴国はあまり無理をなさらないほうが良いと思いますが」

「……心配無用ですよ、エドナ殿。我が日本が誇る精鋭は屈強ですからな」

「できれば日本の方には足並みをそろえて頂きたかったのですがね……。あぁ、そうです。梓音エリザはなぜ連れて来ていないのです?

我が国が誇る最高の頭脳である彼女がいればよりダンジョン攻略も捗るかと思いますが」


 (この女狐め。梓音博士は日本人だぞ)


「ええ。どこかの国が日本国民である梓音博士に手を出そうとしているそうでしてね。

今回は通信越しでこちらの情報を提供し、協力を仰ぐ予定なのですよ」

「おや、梓音エリザの祖母はアメリカ人です。彼女の身体にはアメリカの血が流れているのですよ。

彼女ほどの才能をあまり狭い場所で押しとどめるのは世界の損失では?」

「それは、日本を指していらっしゃっているのか?」

「ふふ、さてどこでしょうね。それに先ほどの発言からすると狙われているのでしょう? なら余計アメリカを頼るべきです。

私たちなら確実に梓音エリザを守る事が出来ますよ」

「それは不要です。優秀な護衛が既にいるのでね。それこそ、灰の綺羅星アッシュグリッダーに劣らないような護衛がね」


 灰の綺羅星アッシュグリッダー。それはイディオムのセレスティアの異名だ。

戦う様が星々のようだと言われているためいつのまにかアメリカ国民達からそう呼ばれていた通り名である。


「――それはそれは。大きく出ましたね。それが本当ならなぜここにいないのです?」

「同じくらい優秀な者がいるからです。だから、どうぞご心配なく」


 斎藤とエドナはしばらく睨み合い、沈黙が流れた。

こういったやり取りは斎藤も初めてではない。国連などでエドナと会う度に何度も煮え湯を飲まされてきたのだ。

しかし、今回日本の対魔には切り札が存在する。

それこそ、彼に任せれば単独でダンジョン攻略さえも可能ではないかと考えるほどの切り札だ。

だからこそ、斎藤はいつも以上に強気の姿勢を崩さない。

しばらくの沈黙を李が破った。


「それくらいにしてください。斎藤殿が納得されないのであれば、当初の予定通りに行きましょう。

アメリカ軍、日本軍の皆さまで15階層より先を攻略して頂き、ロシア連邦と我が中華国で踏破されたダンジョンの保全を行う。

攻略自体は明日より行って参りましょう。お二人ともそれでよろしいですか?」

「ええ。といってもお荷物を抱えたくないのですが……」

「先ほども申した通りです。心配無用。ハイエナのようにアメリカ軍の後は付けないと約束しましょう。

雲林院殿もよろしいですね?」

「はい、問題ありません」


 雲林院の頼もしい返事を聞き、思わず笑みを浮かべる斎藤。


「そうですか。ではお互い頑張りましょう」

「ええ。早くダンジョンを何とかしないといけませんからな」


 そうして、明日。本格的なダンジョン攻略が開始される。

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