第28話 イディオム
目の前の不気味な大樹のようなダンジョンを見ながらアキトは全身に魔力を漲らせていた。
本能的に警戒しているのかがダンジョンに対してなのか、それともこの最奥にいる魔人に対してなのかはアキト自身にもわからない。
しかし今回の任務は一瞬たりとも油断できない場所であると改めて己自身に強く気持ちを戒めた。
「玖珂隊長、お疲れ様です」
「成瀬か……。そっちは問題なかったか?」
「はい、大丈夫です。斎藤外務大臣は先行して今回の仮拠点へ移動されました。
どうも、私たちの到着が一番最後だったようで既に各国の外交官の方が既に集まっているようです」
「そうか、それで雲林院隊長も先行しているか」
その話し合いの場でダンジョン攻略についての打ち合わせが行われるのだろう。
周りを確認すると、今回の飛行機に同乗した航空自衛隊の隊員達が荷物を下ろしている。
「我々も手伝ったほうがよいのかな」
「それが一応手伝いを申し出たのですが、大事なダンジョン攻略の前なので雑務は任せてほしいと……」
「そうか。ならより一層気合を入れなければならないな」
「……玖珂隊長。何かありましたか?」
「ん、何故だ?」
そういうと成瀬は少し微笑みながらアキトに答えた。
「今周囲には玖珂隊長と私しかいません。いつも私しかいない時は素の話し方をしてるじゃないですか。
それなのに今は零番隊の隊長としての仮面を脱がないのでどうしたのかと思いまして」
「ははは。仮面か……。詩人じゃないか成瀬」
「誤魔化さないでほしいですね」
「――自己嫌悪に苛まれていただけだよ」
「自己嫌悪ですか?」
首を傾げ不思議そうにしている成瀬に対し、どこか自虐的に話をするアキト。
「勝手に期待して、勝手に失望して、相手に当たってしまった。バカな事をしたなって思ってね」
「はぁ、もしかして雲林院隊長の娘さんですか?」
「まぁね。鴻上隊長から今の若い子は異能の力で人を差別する人が多いと聞いていて、でも雲林院隊長、斯波副隊長の子供に対して、どこかで彼女は違うだろうって思っていた。そうやって勝手に自分の考えを押し付けておいて、それが否定されたからといって僕まで怒ってしまってはね。結局僕自身もまだ子供って事だよ」
「もう、そんな自虐的にならないで下さい」
「対魔以外では僕の異能は説明する許可が下りてないからなぁ」
「玖珂隊長の異能を正しく知っているのは対魔でも隊長クラスだけですからね」
「はは、そうだね。……ん」
遠くに魔力を感じアキトはそちらに視線を向けた。
アキト達のいる場所から約1kmほど先の所にこちらを伺っている様子の女性がいた。
身長は遠目だからわからないが、成瀬と同じくらいだろうか。
「玖珂隊長。どうしたんですか?」
「向こうに人がいる。地元民かと思ったが、この辺り一帯は封鎖させていたはずだが……」
「確かにいますね。あの紺色の迷彩タイプのボディアーマーは……イディオム?」
「イディオム……アメリカ軍か」
アキトと成瀬はその謎の人物の様子を伺っていたが、一瞬の間にその女性は
「え? 消えた!?」
「いや、ただ
アキトは首を傾け女性が消えた方向を見る。
当然そこには何もおらず、本当にアメリカ軍の女性がいたのかと考えてしまうほどだ。
「私も異能で見ていましたが、完全に反応があの場所で消えました。
まるで瞬間移動みたいに……。玖珂隊長は見えたんですか?」
「かろうじてだね……。魔力をあまり感じなかった。おそらく異能の力だと思うが」
(とてもじゃないが人間が出せるスピードとは思えないな)
「いつまでもここにいても仕方ない。みんなの所へ移動しようか」
「……はい、そうですね」
****
何かが地面に着陸する音を聞き、アルフレッドはその方向を見やった。
さきほどまでそこにいなかったはずの女性の姿が土煙と共に見えてくる。
「セレス。どこに行っていた」
「ロシアと日本の所、暇だったしね」
ここはアメリカ軍に与えられた仮設拠点だ。先ほどアメリア代表者として、
自国の外交官とアメリカ軍特殊部隊イディオム第一特殊部隊の大尉がこの後のダンジョン攻略に向けての話し合いに行った後、
目の前の女性、セレスティア・エルナトがいなくなりアルフレッドは他国に迷惑をかけていないか少々心配していた。
「軍曹。あまり規律を乱すのはどうかと思うが?」
「ごめんごめん、アルフレッド准尉。あんまり暇だから観光してたんだよ」
「おい、観光ってどこへだ? まさか
ここに到着した時も目を離した際にセレスが消えたため、少し騒動になってしまった。
あとから姿を現した本人に聞いた所、先にダンジョンへ先行で入っていたと言っていた。
後でヴァージル大尉に説教して貰ったが、まさか今度は他国の所へ行っているとはアルフレッドも思わなかったのだ。
「セレスティア軍曹。もう少し落ち着きは持てないのか?」
「だって暇なんだもの。あのダンジョンは面白かったから早く行きたいわ」
ショートボブの灰色の髪が風に煽られ、それが心地よいのか目を細めて嬉しそうにしているセレスを見て、アルフレッドはため息を抑えられなかった。
「それで、他国の連中はどうだったんだ。セレス」
「んー。最初に見てきたロシア特殊部隊の『エリダラーダ』はまぁ普通かな」
「普通ってなんの参考にもならんな」
「しょうがないですよ、アルフレッド准尉。セレスティア軍曹に掛かれば同じ特級異能者であってもそういう感想なのでしょう」
アルフレットの言葉に反応したのは医療班のソニアであった。
「って言ってもなぁ。一応ロシア連邦軍のダリア・ゲルボルトって言えば有名だろう?」
「その人いなかったよ?」
「ん? あぁそりゃ会議に連れ出されるか……」
「あ、でもね。日本に面白い人いた」
「――セレスが面白い……?」
セレスティアは名実ともにアメリカ、いや世界最強の異能者だ。
以前、中華国の喧嘩を吹っ掛けてきた時もたった一人で赤龍軍の主力達を倒してしまった事件もある。
当時は中華国の度重なるセレスティアに対する暴言も多く、
ネットを通じてありもしない記事を作るなどもしてきたために、軍の上からの許しもあった事もあって大体的な模擬戦をする事になった。
そして、セレスティアはまったくの無傷で勝利し、物理的な形で中華国を黙らせる事になったのだ。
もっとも、アルフレッドから見ても決して赤龍軍は弱くない。ただセレスティアが圧倒的だっただけだ。
そしてこれを機にアメリカの発言力は確かなものへと変わっていった。
そんなセレスが日本に面白い人がいるという。
日本。小国であり、軍で抱えている特級異能者が僅か6人しかいない弱小国。
所詮、梓音エリザの力に頼っているだけの小国。
そのため、今回のダンジョン攻略でも特に日本の対魔という部隊には一切警戒をしていなかったのだが……。
「もしやサツキか?」
「そんな事言われてもボクはサツキなんて人の顔しらないよ」
「我が国のデータベースに機密情報として乗っていますよ。私達なら問題なく閲覧できます。ほらこれです」
ソニアが手持ちのタブレットから日本軍対魔部隊の一番隊隊長であるサツキの顔写真を表示してセレスに見せた。
「んー。違う。この人じゃない」
「何? では誰だ?」
「このリストの6人の中にいないよ」
「はぁ?」
これはイディオムが極秘に集めた日本の対魔部隊の隊長の写真なのだ。
その中にいないという事はないはず。
「変なフルフェイスタイプのヘルメット、いや仮面かな。そんな装備を付けてた」
「データにないな」
「でも、対魔の隊長が来てる白い外套来てたから隊長クラスだと思うけど」
「……新しい隊長って事ですかね?」
「とはいってもだ。6人が7人になっただけだろう。気にする必要はないさ」
「いや、その人かなり強いと思う。だって私の移動を視線で追ってたから」
「――はぁッ!? おい本当かそれは!」
セレスの移動速度を視認したという事実にアルフレッドは驚愕の表情を隠せなかった。
仮にもセレスは隠密行動として他国の場所へ行っていたはず。ならばセレスが手を抜いていたという事は考えにくい。
「一応聞くが、
「うん、1kmくらい離れてたんだけど見つかっちゃってね。すぐ移動したんだけど、あの仮面付けた人だけボクの移動先を追っていた。
多分見えてたんだと思うよ」
「冗談はよしてくれ……」
「それが本当なら報告が必要ではありませんか、アルフレッド准尉」
頭に手をやり、ため息がこぼれる。
そうしてアルフレッドはヴァージルが向かった会議に目線をやった。
(こりゃ、当初の予定通りとはいかないようですぜ、ヴァージル大尉)
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