第40話 魔人
雲林院達は成瀬の指示に従い17階層の守護者エリアに到着した。
大きな入口を潜るとそこにアメリカ軍特殊部隊イディオムのメンバーがいた。
「おや、ようやく追いつけましたね。アメリカ軍の皆さま」
そう雲林院はヴァージルに話しかけた。
「こんにちは、雲林院さん。そして後ろは日本のハンターの方々かな」
「どうも。ソードドールズ、日本で活動しているB+のハンターチームだ」
「B+クラスですか?」
「それが何だ」
葦原の自己紹介に対し、アメリカ軍の女性兵がチームのランクに食って掛かる。
「いえ、レベルⅣのダンジョンにB+の方々では少々荷重ではないかと思いましてね」
「あんだと?」
「よさないか、ソニア。何か深い理由あっての人選なのだろうからね。
ところで、だ。雲林院さん、もう一人メンバーがいると伺っていたのだが、どこにいるのかな?」
「もう一人……ですか。もしや玖珂隊長の事でしょうか」
「名前は知らないんだ。ただ、仮面をつけた人物という事しか知らないんだよね。まさか道中死んでしまったというわけではないのだろう?」
「ええ。少々野暮用で離れておりましてね。もうすぐ合流するかと思います」
雲林院とヴァージルはにこやかに話しながらお互いに様子を窺っている形だった。
「ご心配頂きありがとうございます。ところでここの守護者は既に?」
「ああ。ちょうど貴方たちが来る前に倒した所だね」
「ここの守護者はエリアの外に出ていなかったのですか?」
「ふむ。その口ぶりだとやはり16階層の守護者を倒したのは君たちかな」
「ええ、どうやらあなた方と入れ違いだったようです。あなた方を途中まで案内していた中華国軍の方々が襲われているのを見つけたために救助いたしました」
「そうか、それはすまないことをしたかな」
とてもそう思っていなさそうな顔をしながら謝罪するヴァージルは今後の事について考えを巡らせている。
そしてその様子を見ながら雲林院は周囲の様子を探っていた。
「――雲林院さん。先ほどからどうされました?」
「いえね。先ほど隠密性の高いネズミと遭遇したため少々警戒が解けないのです」
「ねずみ、ですか。……雲林院さん。少し腹を割って話しませんか?」
「――といいますと?」
「お互い隠し事は一旦なしにしましょう。ここまでお互い知りえた事は多くあったはず。
一つ情報共有と行きませんか?」
まさかの提案に雲林院は怪訝な様子を見せた。
「ヴァージル大尉。よろしいので?」
「構わないよ、ウィリアム曹長。恐らく日本軍の方々は我らの知らない情報を持っているようだ。
そして日本軍の方々も知らない情報を私たちも持っている。互いに秘密として隠していても良いのだろうがそうしないほうが良いと思うんですよね。どうですか雲林院さん」
「――意図が見えませんね。どういう心づもりですか?」
「警戒しないで欲しいですね。では誠意を見せるためにもこちらから話しましょうか。
例えば、ロシア連邦の裏の話など」
そうしてヴァージルはイディオムで入手していたロシア連邦とエルプズュンデの繋がりの噂、そして今回のダンジョン攻略において念のため魔人との接触を遠ざけるために政治的取引を行ったという事などを説明した。
「そのような事が……」
雲林院はヴァージルから聞いた情報をもとに先ほどの件を考えた。
「なるほど、良いでしょう。確かに共有すべき情報のようです」
「そうでしょう。そしてその反応から察すると日本軍の方はもしや?」
「ええ。エルプズュンデと思われる構成員と接触しました。詳しくはそちらの対処をしている玖珂隊長が戻らないと不明ですが、恐らく間違いないかと思います」
「なッ! エルプズュンデと接触したんですか!?」
「ソニア軍曹落ち着けって、でも、あの不気味な奴がこのダンジョンに来てるってわけですか」
そう首元を掻きながらアルフレッドは目を細めた。
「首を刎ねましたが何故か生き返りました。可能性は十分にあると考えておりましたがこれで確定しましたね」
「ちょっと待ちたまえ。エルプズュンデに魔人が存在している可能性に気付いていたのかい?」
「以前あった中華国の戦闘機による接近作戦時のパイロットの死因とダンジョン内で起きている魔力吸収現象を考えると一致していると考えられます」
「ダンジョン内の魔力吸収現象ってなんですか?」
「これはダンジョン内の情報を我が国に報告した際にそこから予想された現象の事です。
なぜ死体はすぐにダンジョン内で消えるのか、魔物だから? 違います。
人間の死体も同じように蒸発するように消えました。
なぜ消えたのか。死んだからか? ではどうやって死んだと把握できるのか。
ダンジョンに意思があるという事はお互いの認識ですので割愛しますね。
そこから導きだした結論としては――」
「死亡した事により魔力保有量が激減した事によってダンジョンに魔力を吸われた……と」
雲林院の口から白い息がこぼれた。
その事に気づき、違和感を強める。
「……息が、白い?」
突然身に起きた違和感に雲林院は混乱した。
周りをみると雲林院だけではなく、イディオムのメンバー、ソードドールズのメンバーも吐く息が白くなってきている。
「これは、ダンジョン内の温度が低下している?」
『雲林院隊長ッ! 近くに魔力反応です。かなり巨大で何者か不明です』
そう通信機から成瀬からの声が聞こえる。
その声を聴き、イディオムのメンバーも次の18階層へ続く道を見た。
「……玖珂隊長の状況は?」
『先ほど玖珂隊長がそちらに向かって移動を開始したため、もうすぐ合流できるかと思います!
』
「――了解しました」
雲林院とソードドールズ、そしてイディオムのメンバーはさらに下がっていく温度に困惑しながらも18階層から向かってくる存在に意識を傾けた。
「ウィリアム軍曹」
ヴァージルは小声でウィリアムに指示を出す。
「はい、サーチ・アーツを使いましたが間違いなく何かがこちらに接近している様子です」
その言葉を聞き、イディオムも戦闘態勢に入った。
それぞれが武器を握り、前を睨みつけている。
「全員、今以上に魔力を上げるように。どんどん温度が下がってきています」
「了解した」
雲林院の指示を聞き、葦原達は頷いた。
白い霧のようなものが辺りを包み、魔力を高めていなければすぐに凍えてしまいそうなほどにこの場所の温度が低下してきていた。
そしてその白い霧から人影がこちらに歩いてきている。
それは、古代ギリシャなどで見るようなトガを纏い人間以上に顔が整った人物だった。
外見から性別は不明で非常に中性的な顔をしている。
真っ白な長い髪の毛をなびかせ、血のようにきれいな赤い瞳をした人間のように見えた。
そんな人物がこちらに向かってゆっくりと歩いてきている。
その異様な人物を見てさらに警戒を強める一同であったが、その白い人物はそのままこちらを無視するように守護者エリアの入り口に向かって歩き続けようとしていた。
まるで、その場にいる日本軍、アメリカ軍など目に入らないかのようだ。
「――お待ちください。貴方は?」
さすがに素通しするわけにも行かず、雲林院は話しかける事にした。
「――」
雲林院が話しかけるとその人物はひどく驚いた様子でこちらを見やる。
それは本来話しかけてくるはずのないモノがいきなり話しかけてきたために驚いたかの様子だった。
雲林院が話しかけた事によってようやく歩みを止めたその人物は目を細め雲林院を観察している様だ。それを見てヴァージルはその人物に対し話しかけた。
「もしや君が
すると今度は話しかけてきたヴァージルに顔を向けている。
「……人間如きがなぜ我らの言葉が話せるのだ?」
その声はやはり中性的で男性にも女性にも聞こえる。
「そういうスキルを我々は身に着けているのです。どうやらあなたは魔人で間違いないようですが、なぜここに?」
「我の行く手を阻むな、人間。ようやく定着の作業が最終段階に入り、ここに根を下ろすことが出来たのだ。刹那のような時しかない命をこの場で散らす必要はあるまい。早々に去るがよい」
「そうもいかないのだよ。もしかしてこの先がこの場所の最奥になるのかな」
「如何にも。この奥は我が祭壇。我が寝床」
ヴァージルの質問に対し、魔人は思った以上に素直に答えた。
「ならそこにここのコアがあるのかな」
「なんだ人間共。よもや我の聖域へ入るつもりか?」
「さて、どうだろうね。でもそこに行ってみたいな」
「人間如き薄い魔力で近づけると思わぬが、我が聖域を汚すのであれば――」
「あれば、どうなるのかな」
そのやり取りを見ていたイディオム、そして雲林院とソードドールズ達は身体に漲らせていた魔力をさらに高めた。
「――死ぬがよい」
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